2020年12月28日

大塚英明ほか「商法総則・商行為法 第3版」(有斐閣2019)

※以下は「第3版」の書評です。

 商法総則・商行為法において、本格的な理論書とよべるもの、このところ殆ど見かけないです。

大塚英明ほか 商法総則・商行為法 第4版(有斐閣2023)

 たとえば「匿名組合」などを思い浮かべてもらえればいいと思いますが、実務でフル活用されている制度があるわけです。
 なので「実務本」はあれこれ出回っているものの、「理論的基礎」をしっかり固められる理論書というのが直近で見当たらない。

 もちろん個別論文レベルでは出ているのでしょうが、それら実務おもねり系ではなく、学術的に一つの体系としてまとめ上げられたものがないということ。

 私が直近で読んだのは、商法総論・総則に関する関俊彦先生のものが最後。

関俊彦「商法総論総則」(有斐閣2006)

 なお、江頭憲治郎先生の「商取引法」は別格。
 言わずもがなのお供え本。

 江頭憲治郎「商取引法 第9版」(弘文堂2022)

供え本(法学体系書編)


 条文・判例なぞり系の「概説書」ばかりが出版されていて。

 本書も共著の教科書なので、類書同様なぞり系かと思いつつ、目を通してみたところ。

 大塚英明先生の執筆箇所だけが、やたらと論述が深くて視野が広い。

【大塚先生執筆箇所】
 第1編 商法をかたちづくる概念 general remarks
 第1章 商人、商行為そして企業
 第5章 商業登記
 第9章 商業登記と外観主義
 第5編 商法が掲げる伝統的営業 general remarks
 第6編 企業活動への資金提供−投資

 たとえば商業登記の積極的効力に関する悪意擬制説と異次元説の対立について、(「第三者おじさん」の変なイラストを挟みつつ)それぞれの論理展開を非常に丁寧に解説されています。
 論理飛躍することなく、ひとつひとつ順を追った説明になっている。

 ここの論述は、当該論点にかぎらず、条文からスタートして判例や学説の論理構造を内在的に理解・分析する方法として、とても参考になると思います。


 他方で、他の執筆者の執筆箇所は、まあ類書よりは多少わかりやすいかな、くらいの印象で、基本はなぞり系。

 この記述のノリの不揃い感の発生原因を邪推するに、大塚先生が自分が書きたい箇所だけを文字数気にせず書いて、他の執筆者は余った紙幅で残りの項目を書かざるをえなくなった、と考えると、そうなるのかなあと。
 あ、あくまで邪推です。
 

 ところで、本書の記述で気になるところが。

 商事売買における売主の自助売却権(商法524条)に関する記述。

本書 P.221
「もっとも、商法の自助売却権も、その行使の前提として、売主は履行の提供をして相手を遅滞に付する必要があるし、競売によることが要求されるため任意処分ができず、競売前に催告を要し、競売の代金も弁済期の到来した売買代金にしか充当することができないなどの点で、売主の立場からは機動性を欠いている。そこで、当事者間の特約として、売主による催告を不要とするとか、代金の弁済期が未到来でも買主の期限の利益を喪失させて代金の支払に充当することを可能とするなどの定めが置かれることがある。」

 この記述自体がおかしいというのではなく、この文章どこかで読んだことがあるなあ、と思って。

江頭前掲書 P.27(頁数は第8版のもの)
「しかし、商法524条の自助売却権も、その行使の前提として、売主は常に履行の提供をして相手方を遅滞に付す必要があるばかりでなく、競売によることが要求されるため任意処分ができず、しかも競売前に催告を要し、また、競売の代価も弁済期の到来した売買代金にしか充当できない(買主が当然に期限の利益を喪失するわけのものではない)等の点において、売主の立場からすれば機動性を欠いている。そこで、当事者間の特約として、売主による催告を不要とする、競売によらず任意処分の方法によることを可能とする、代金の弁済期が未到来でも買主の期限の利益を喪失させて代金支払に充当することを可能とする等の定めがなされることがある。」

 こちら、江頭先生の『商取引法』の記述。
 ものすごく似ていますよね。ベタ打ちしたらIMEが学習してくれて、後の記述が楽に入力できたくらい。

 もちろん、条文引き写し系の記述ならば必然的に似ざるをえないでしょう。
 が、この記述は、条文をなぞったその先の任意の特約に関するものです。
 それがここまで似ますかね、という話。

第五百二十四条(売主による目的物の供託及び競売)
1 商人間の売買において、買主がその目的物の受領を拒み、又はこれを受領することができないときは、売主は、その物を供託し、又は相当の期間を定めて催告をした後に競売に付することができる。この場合において、売主がその物を供託し、又は競売に付したときは、遅滞なく、買主に対してその旨の通知を発しなければならない。
2 損傷その他の事由による価格の低落のおそれがある物は、前項の催告をしないで競売に付することができる。
3 前二項の規定により売買の目的物を競売に付したときは、売主は、その代価を供託しなければならない。ただし、その代価の全部又は一部を代金に充当することを妨げない。


 どちらが先かは版を遡らなければならないでしょうし(初版自体は江頭先生のほうがはるか前)、実はオリジナルが両書とは別にあるのかもしれません。この2書だけしか確認していないので、他書も同じような記述になっているのかもしれませんし。
 が、論述の運びがそっくりでちょっとした表現だけイジっているのが、どうもね。

 たまたまこの箇所に気づいたというだけで網羅的にチェックしたわけではないので、他の箇所がどうかは未確認。
 どこかの大学内でしか出回らない講義レジュメ、ではない一般書籍同士ですので、何らかの申し合わせはあるのかもしれませんけども。
posted by ウロ at 00:00| Comment(0) | 会社法・商法
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