今回は、そこから先の掘り下げです。
【小規模宅地等の特例】
パラドキシカル同居 〜或いは税務シュレディンガーの○○
イタチ、巻き込み。 〜家なき子特例の平成30年改正
ヤバイ同居 〜続・家なき子特例の平成30年改正
関場修 山口暁弘「小規模宅地等の評価減の実務 第4版」(中央経済社2018)
タックスアンサーの中の譲歩と抵抗 〜小規模宅地等の特例を素材に
「要件書き込み」は趣旨解釈を駆逐する。〜小規模宅地等の特例を素材に
オーバーホール租税法・序論 〜小規模宅地等の特例を素材に
僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
【条文】
租税特別措置法69条の4
租税特別措置法施行令40条の2
【タックスアンサー】
No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
【家なき子の取得者要件】
(原則要件)
1 被相続人に配偶者・同居法定相続人がいない
2−1 相続前の3年間に
ア 自分と自分の配偶者
イ 三親等内の親族
ウ 特別の関係がある法人
の持ち家に住んでいない
2−2 相続開始時に住んでいる家を過去所有したことがない
3 相続から申告期限まで継続保有
(除外要件)
2−1 「相続開始直前に被相続人の居住の用に供されていた家屋」は除く
以下、相続人A、配偶者なし、長男B(同居)、次男C(家なき子)とします。
○
前回の記事で家なき子特例の各要件を検討してみたところ、いずれの要件とも本気で「出戻り」を保護する気がなさそうに思えました。
そもそも、出戻りを保護するならば、要件の組み立てとしては直接、
・出戻ったらOK
または、
・出戻る見込みならOK
とするのが素直でしょう。
出戻りと直接関係のない回りくどい要件をあれこれ要求したところで、《出戻り促進税制》にはなりません。
要件3以外は「ない」「ない」「ない」と、何か見えない敵から家なき子特例を守ろうと一生懸命で、肝心の出戻りそのものを積極的に保護しようとする気がない。
「よーしお父さん、はりきって出戻り保護しちゃうぞー」とか言ってこんな消極要件詰め合わせを持ってきたら、娘からガン無視されること必定。
金持ちCさんがよくて貧乏Cさんがダメな理由は、一体なんなのおじさん。
「特例クイズ!一体何を保護しているのでしょ〜う、か!?」
とかいって、何の特例かをいわずに要件だけを順番に出していっても、最後まで誰も正解できないんじゃないですかね。
一般正解率、たぶんこんな感じ。
第1問 原則要件1 一般正解率0%
第2問 原則要件2−1 一般正解率0%
第3問 原則要件2−2 一般正解率0%
第4問 原則要件3 一般正解率0%
第5問 除外要件2−1 一般正解率0%
むしろ、相続直前で持ち家に住んでいようが、過去所有していた家に住んでいようが、将来出戻るなら適用受けられる、と設計したほうが、出戻り促進に資するでしょうよ。
なお、「見込み」なんてあやふやな要件、課税要件としては許容できない、と思った方。
もしいらしたとしても大丈夫です。
組織再編税制における適格要件などという大事な要件で、支配継続の「見込み」が要求されていることに対して、定評のある教科書では、
「事後の事情を考慮しないという意味で、法的安定性を重視した結果として評価できる」
などという評価が出されていますから、安心してください!安定していますよ!
中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)
○
同居者がいないとか持ち家がないという制約条件は、一見すると、保護すべき出戻りとそうでないものを選別しているようにみえるかもしれません。
が、前回事例をあげて検討したとおり、規制範囲が雑すぎて、実際の出戻りを保護できなかったり、逆に出戻りするつもりのないものを保護したり、結論がめちゃくちゃでした。
単純に、狭すぎるとか広すぎるというのではなく、いびつ(流行り言葉でいうと、偽陰性と偽陽性の両パターンあるということ)。
が、めちゃくちゃ・いびつという評価は、あくまでも同特例を「出戻り保護」だという色眼鏡で見るから出てくるものにすぎません。
なにか別の理由付けが見つかれば、救われる可能性はある(といいながら、私はもはや無理だと思う)。
一応、要件を標語チックに書いておきましょう。
1 同居者がいたら譲ってあげましょうね。
でも二世帯住宅の場合はワンチャンあるから諦めないで。
2−1 自分や親しい者の持ち家に住むのはやめましょう。
直前に引っ越しても間に合わないので引っ越すならお早めにどうぞ。
どれだけ不動産持っていてもいいから、とにかく自分で住むのだけはやめてね。
2−2 自分が昔持っていた家に住むのはやめましょう。
住んだことがなくても、一瞬でも持っていたらダメだからね。
もし今住んでいるなら、相続直前にでも引っ越しましょうね。
3 申告期限までは売らないでね。
そのあとはどうぞご勝手に(ニヤリ)。
なんなのこいつら。あらためて、同じ一つの制度の中の要件同士とは思えない。
出戻り保護標語コンクールに応募したら、こいつら全員落選だわ。
ちなみに、除外要件2−1はというと、
除外要件2−1 でも被相続人が住んでいたところなら大丈夫だよ。
と、一人だけ全く性格が違う(イチジ・ニジ・ヨンジとサンジの関係)。
でも、この子にしても出戻りを要求しているわけでもないので、そもそもデモコン(出戻り保護標語コンクール)への参加資格がない。
週刊「家なき子特例」。
毎号付属の要件を組み立てると出戻りを保護してくれる特例が完成する。創刊号は特別価格290円(税込)。
という謳い文句だったのでウキウキで定期購読していたのに、完成してもさっぱり出戻り保護機能が働かない。
○
先に趣旨側を決め打ちしてから要件を解釈するの、正しいようでいて間違い、というのが私の見立て。
正しくは、個別具体的な条文上の要件から制度趣旨を導き出す、その上でその趣旨解釈により要件の意味内容を充填する、というのがあるべき姿だと思います。
実際の要件とは無関係な趣旨を勝手にどこかから持ち込んで、条文に書かれざる意味内容を要件に盛り込むの、解釈論を超えた「立法論」になっています。
× 制度趣旨 ⇒ 要件解釈
○ 要件確認 ⇒ 制度趣旨 ⇒ 要件解釈
これが、複数の要件のうち一つだけが「出戻り保護」とは逆方向を向いている、という場合に、他の要件と整合するように調整を施す、ならまだ有りだと思います。
が、要件どれもこれもが出戻り保護のほうを向いていないのに、全員無理やり出戻り保護に向かせるのは"Over The Hermeneutics"でしょう。
と、自分の中では考えていながらも、こんなの単なるスタンスの違いにすぎないかなあとも思っていたのですが、例の東京高裁判決が出たおかげで、税法分野における「趣旨からスタート」の実害がはっきりとしました。
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
同判決では、趣旨から勝手に要件を創設する、などという禁忌を犯しています。
要件側から解釈をスタートする、というお作法を守らないから、支配関係のルールを完全支配関係にまで持ち込む、などという横流しを実現してやがる。
「趣旨からスタート」派の方からすれば、東京高裁様も自分たちと同じ立場だ、ということで有利に援用するのかもしれません。
が、書いてない要件を付け加えるの、書いてある要件に反する「反制定法解釈」と同罪ですからね。
もちろん、「絶対的に」許されないというわけではありません。が、相当慎重にやるべきことであって、カジュアルに発動してよいものではない。
○
非専門家向けに説明するためには、細かい要件を云々するより「出戻り保護」と決め打ちしたほうが分かりやすい、という意見もあるかもしれません。
が、もしも前回記事の各事例におけるCさん(ただし金持ちCさん除く)から、「出戻り保護だときいていたのに、なんで自分の出戻りは保護されないんだ!」と詰められたら、説明できないですよね。
「趣旨はCさん保護してあげましょうと言ってくれているんですが、要件の奴らがいうこときかなくってですね…」などと言い訳したところで、納得してもらえるとはとても思えない。
やはり趣旨と要件が仲違いしているのがおかしいんですよ。
ましてや税理士向けの実務書ならば、なおさら、実際の要件を説明できない制度趣旨を掲げるべきではないでしょう。
これがたとえば、交際費の損金不算入の趣旨を「冗費の抑制」だとかいうのは、個別具体的な交際費該当性の判定にはさっぱり役立たないものの、少なくとも条文解釈の邪魔にはなることはないです。
他方で、家なき子特例を「出戻り保護」といってしまうと、正確な要件理解を妨げることになります。
上で標語チックに記述したあいつらに「出戻り保護しろや!」ていっても、全然言う事聞かなそうじゃないですか。
というか、彼らだって「今日から君たちには出戻りを保護してもらいます。」とか言われたら、「え、俺たちが?無理じゃね?」という反応になるでしょうよ。
エドワード(シザーハンズ)に「お前の愛する出戻り抱きしめてみろよ」と煽るみたいな。
珍妙な喩えと思うかもしれませんが、もし本当に家なき子特例の核に「デモドリ姫」が実在していたとしたら、要件2−1(右シザー)と要件2−2(左シザー)にズタズタに引き裂かれて瀕死の重傷な姿が、私にはありありと思い浮かぶ(ものすごい妄想力ですね)。
瀕死の姫を救うには、聖剣や秘石などによる奇蹟(立法論に相当)に賭けるしかない(いろんなテイルズ要素が混入)。
でも大丈夫。実際にはそんな姫いないから。
『一体いつから 鏡花水月を遣っていないと錯覚していた?』
○
制度趣旨はあくまでも「出戻り保護」であってイタチごっこ改正のせいで歪になっているだけだ、という見方も可能かもしれません。
が、イタチな要件のせいで出戻り保護が侵食されているのだとしたら、もともとの制度趣旨はもはや維持できない、と考えるほうが素直でしょう。
そして、条文が解釈を施せないほど明確になってしまった以上、出戻り保護へ回帰させるのは立法論として展開するっきゃない。
すでに重機が入ってあちこち掘り起こされているにもかかわらず、「ここは旦那様がいた頃の美しい庭園のままだ。」などと、在りし日のあの頃を思い浮かべている老庭師が思い浮かぶ。
白井一馬先生が「組織再編税制」に対する評価として述べている『マニュアル化』、家なき子特例もそうみたほうがいいんじゃないですかね。
○
立案担当者が開陳する見解、というのも必ずしもあてにならない。
たとえば民法415条但書の帰責事由について、契約(=合意)を重視するか取引上の社会通念も重視するか、すでに解釈割れてますからね。改正したばっかりだというのに。
それを外野が云々するならともかく、立法に関与した人の中でも争われているという。
民法第四百十五条(債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
そうすると、やはり出来上がった文言をベースに解釈するしかないでしょう。
この場合だと、文言上優先劣後の関係をつけているわけではないのだから、どちらも重視すべきと解釈すると。
○
さて、ここまで検討してきたのは、「家なき子特例」の立法趣旨などという極めて限局された論点にとどまります。
が、その背後には、実は壮大な物語が広がっています(神々の大地)。
そこで次回最終回では、壮大な物語へのプレリュードを奏でてみたいと思います(プレリュードなのに最終回なのは、未完成交響曲を意識)。
ということで、恒例の次回予告ワード。
・牧歌的な草食系、脳筋な肉食系
・要件増し増し
・クリーチャー化
・英霊同士の抗争
・みんな大好き「租税法律主義」
・立法担当者ちゃん
・大平原に着々と高層ビルが建設されていく
・文言アゲ・趣旨サゲ
・お作法無視の飛び道具的判決
・条文突き破った裁判チャレンジ
・小難しい法曹解釈お作法
・剥き出しのアンパンマン
・こいつ裁判所の役割を完全放棄しやがった
(せっかく大げさな惹きで煽ったのに、これら用語で台無し)
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)
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