2020年12月07日

あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)

 前回までの記事で、「家なき子特例」の各要件から立法趣旨が抽出できるか、ということを検討してきました(真面目に表現するとそうなる)。
 そういう個別要件のあれやこれやを検討しながらも、頭の中ではうっすら別のことを思い浮かべていました。

 今回は、それを表に出して一連の記事のまとめとします。

【小規模宅地等の特例】
パラドキシカル同居 〜或いは税務シュレディンガーの○○
イタチ、巻き込み。 〜家なき子特例の平成30年改正
ヤバイ同居 〜続・家なき子特例の平成30年改正

関場修 山口暁弘「小規模宅地等の評価減の実務 第4版」(中央経済社2018)

タックスアンサーの中の譲歩と抵抗 〜小規模宅地等の特例を素材に
「要件書き込み」は趣旨解釈を駆逐する。〜小規模宅地等の特例を素材に
オーバーホール租税法・序論 〜小規模宅地等の特例を素材に

白井一馬「小規模宅地等の特例」(中央経済社2020)

僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2

【条文】
租税特別措置法69条の4
租税特別措置法施行令40条の2

【タックスアンサー】
No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)

【家なき子の取得者要件】
(原則要件)
 1   被相続人に配偶者・同居法定相続人がいない
 2−1 相続前の3年間に
    ア 自分と自分の配偶者
    イ 三親等内の親族
    ウ 特別の関係がある法人
    の持ち家に住んでいない
 2−2 相続開始時に住んでいる家を過去所有したことがない
 3   相続から申告期限まで継続保有

(除外要件)
 2−1 「相続開始直前に被相続人の居住の用に供されていた家屋」は除く



 前回までで展開したこと、法における「趣旨解釈」と「要件書き込み」の相剋の一局面だったりします。
 牧歌的な草食系の趣旨の世界を、脳筋な肉食系の要件書き込みが蹂躙するさま。

 発生史的にどちらが先に発生したかは私には知見がありませんが、現状をみるかぎり、要件書き込みが「攻め」で趣旨が「受け」といってよいでしょう。

【法における攻めと受け】
小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社 2018)
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法

 本特例でも、形式要件増し増しによって、もはや出戻り保護という趣旨が維持できていない。
 美容整形を繰り返した結果クリーチャー化した、みたいな話。


 さらに焦点を引いて話を壮大にすると、「自然法主義」と「法実証主義」という英霊同士の抗争を背後に観測することができます。

 《法の本質》としてどちらが正しいか、などということは私には語り得ないところです。
 が、少なくとも税法世界では「法実証主義」ベースに考えるべきなんでしょう。
 それこそが、みんな大好き「租税法律主義」「租税法規の明確性」「納税者の予測可能性」に資するはずですよね。
 「自然法」の出番があるとしても、あまりにも租税正義に反するといった極限的な場面にかぎられるでしょう。

 立法担当者ちゃんが、みんなの予測可能性を高めてあげるために頑張って形式要件を集めてくれたのだから、今さら実質がよかったとか言わないであげて。
 実質論を展開するのは、余った実質要件のところだけにしておきましょうね。

 なお、税法とは違い「民法」では、かつては条文がゆるめで趣旨解釈の活動範囲が広めだった、のに、こちらも近時の改正により「要件書き込み系」が徐々に侵略しつつある、というのが私の見立て(大平原に着々と高層ビルが建設されていくイメージ)。


 個別論点にはあまり触れたくないのですが、ちょっと気になるのでさわりだけ。

 「実質論」を展開する余地がある箇所として問題となりうるのが、「所有」要件。
 要件2−1、2−2、3にでてくるやつです。

 要件3のほうは、遺産分割なりで相続していればいいんだろうな、と思います。
 厄介なのが要件2−1と2−2。

 「所有」と聞いて、我々がまず頭に思い浮かべるのは「登記」を持っている(登記名義人である)ことですよね。で、通常は所有権の所在と登記名義は一致するから特に問題はない。

 問題はズレがあるとき。

【名義と実質がずれる例(アトランダム)】
 ・売った(買った)けど登記移転していない
 ・割賦、リース
 ・所有権留保
 ・仮登記担保
 ・譲渡担保
 ・信託の受託者と受益者
 ・匿名組合の営業者と組合員

 これらの場合に、どちらが「所有」していることになるのか。

 登記はあくまで「対抗要件」にすぎません。「国税庁に特例適用を対抗するために登記が必要」(対抗関係)などという関係は、ここでは存在しない。
 ので、実質判定でよさそうなんですが、その実質とやらは上記例ではそれぞれどうなるのか。

 ここでもし、要件2−1、2−2の趣旨が明確ならば「その趣旨からすればこういう基準で判定すべきだ」などと趣旨解釈できたのでしょう。
 が、すでに検討したとおりこれら規定の趣旨は謎なまま。趣旨解釈を展開できるだけの中身がない。


 こういう場面こそ、まさに通達に決め打ちしておいてもらいたいところ。
 のに、通達の、かゆいところに手が届かない感がもどかしい。

 法改正が頻繁すぎて、通達の目地埋めが追いついていないのでしょうか。
 「いろんな同居」のcルールもそうですが、法令とのカップリングがうまく噛み合っていないように思える。

【古き良き、牧歌的な通達世界】
 渡辺淑夫 通達のこころ (中央経済社2019)

 上記書籍で展開されているような、法令と通達とのきれいな役割分担は、現代型税法のもとでもはや存続しえないのかもしれない。

 同書は、過去制定の通達語りで一冊の読み物として完成されています。
 他方で現代型税法では、法令側の規律領域が歪なせいで、通達の規律領域もその影響を受けて歪にならざるをえません。結果、今どきの通達を題材にしても読み物として面白みがなくなってしまう気がします。

 再三掲載している「いろんな同居」ですが、そもそもの話として、法律・政令・通達を横並びのルールとして書けてしまうの、おかしいんですよね。
 
 【いろんな同居】
a どの範囲で特例の適用を受けられるかを判定するときの同居
 ⇒一棟の建物で判定 (令40条の2第4項)
b 同居親族が適用を受けるために、同居しているかを判定するときの同居
 ⇒一棟の建物で判定 (法69条の4第3項2号イ)
c 家なき子が適用を受けるために、他の相続人が同居していないかを判定するときの同居
 ⇒独立部分で判定 (通達69の4-21)
d 家なき子が適用を受けるために、被相続人が居住していたかを判定するときの居住
 ⇒???

 「法段階説」のピラミッドによる説明を想像してもらえればいいんですけど、本来の法律・政令・通達の関係は、法的効力において明確な優劣関係があって、自ずから規律レベルの棲み分けもきれいに分かれているはずでした。
 のに、「いろんな同居」においては、abcが同じようなことを規律している。

 まさしく、法令と通達が「ガチ同居」しちゃっている。「なんちゃって同居」ですらない。
 同じような、といいましたが、通達が法令側に越権しているのではなく、法令が通達側にはみ出しているイメージ。通達は、法令の抜けているところを埋めてあげただけ(が、dが抜けたまま)。
 法令のほうから、通達の住居に押しかけてきたと捉えてもらえれば結構です。

 『おめえ、通達みてえな法令だな!』
 
 括弧内の引用元を書かないでおいて、「どこに規定されているでしょうかクイズ」を出しても、全く見当がつかないでしょうね。
 結論がわかったとして、なぜそこに規定されているのかの説明もできませんし。
 レベルとしては「あだち充キャラクタークイズ」と同等の難易度(男主人公、女主人公、ふくよかな男友達、髭のおじさま、など)。


 と、文言アゲ・趣旨サゲな煽り文を書きながらも、これはあくまでも「日常系税務」レベルでの話にとどまります。

 例の東京高裁判決のようなものがあることからも分かるとおり、裁判所は時としてお作法無視の飛び道具的判決を出すことがあります(ただし上告受理申立中で正座待機中)。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

【こちらは東京高裁判決破棄差戻例(納税者敗訴)】
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決

 ので、条文突き破った裁判チャレンジをかますことまでもを、否定するものではありません。
 日常系税務と紛争系税務とでは、頭の使い方を切り替える必要があるということ。日常系のノリを紛争系に持ち込むべきではないし、その逆もまたしかり。

 この点、税法学者や弁護士が《税理士向け》という謳い文句で書く「税法本」が、時として税理士に理解しがたいのは、紛争系のノリを日常系に持ち込もうするから。
 税理士は通達大好きとか趣旨解釈が苦手とかリーガルマインドを知らないなどと煽られても、およそ卑下する必要はない。取り扱っている領域が違うだけで。

 日常系の税理士にとってもっとも必要なのは、通達ベースの「税務本」です。小難しい法曹解釈お作法は、不要とまでは言わないが二の次。「分かっている」よりも「知っている」が先。

 ただし、税務本の読み物としての超絶つまらなさは認める。特に表本。

【税務本における表と裏】
西村美智子 中島礼子「組織再編税制で誤りやすいケース35」(中央経済社2020)

 ので、退屈しのぎに要件を標語化したり、シザーハンズなどと擬人化(人?)してみたりするのですが、それもあくまでも制度理解をするための補助デバイスにすぎません。寓話はあくまで寓話であって、必ずしも現実とは一致しない。

 日常系税務で「趣旨」を活用するとしたら、未知の税制をお勉強する際に、(暗記ではなく)理解をするために使うものでしょう。
 まかり間違って、それをもって税務署職員との「交渉」に臨んでも、大した武器にはならない。水中戦に剥き出しのアンパンマンを駆り出すようなものよ(なお、ガンダム(RX-78)はアムロが異能なだけの超例外)。
 武器になるのは「書かれたもの」としての通達・国税庁のサイト、それから法令・裁決・判決。
 趣旨は紛争モードに切り替えるまで、「お守り」として心の中にしっかりしまっておきましょう。


 「趣旨からスタート」は、必ずしも納税者有利にだけ働くとは限りません。
 上記最高裁のように、趣旨解釈によって納税者敗訴判決も出されることもあります。どちらかに有利などということはない。

 そうすると、日常系税務においては『課税庁側が主張できるのは事前に通達で公表しているかぎりで、それ以上の書かれていない趣旨を課税の根拠として持ち出すことはできない』という制約を設けておくことにも意義がある。
 それにより、納税者の予測可能性・法的安定性も高まりますし。で、お互い納得いかなければ、紛争系にフィールドを移行すればいいと。

 日常系税務に趣旨を持ち込むことが許されるのは、日常を修羅道に貶める覚悟のある者だけよ。


 なお、上記最高裁の事案、「文理解釈(高裁)対 趣旨解釈(最高裁)」という文脈で語られることがありますが、これは不正確。

 最高裁判決のほうは譲渡所得課税の《趣旨》から解釈を導いているので、こちらはそのとおり。
 他方で、高裁判決のほうは文理解釈を自称しているものの、およそそうではない。

 高裁判決が文理解釈の対象としているのは通達であるし、文理解釈といいながら、とても文理からは出てこないような強引な解釈を展開しています。

解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決

 宮崎裕子最高裁判事は、補足意見にて通達の出来の悪さを論難しています。
 が、むしろ、高裁判決の無作法解釈を嗜めるべき。

 通達のほうは、非法曹が作成するものであるし、課税庁としてのお立場上、純粋な法解釈論によれないこともあるでしょう。
 どちらかといえば日常系税務で運用できることを主眼において作成しているものですし。
 法解釈論としては多少怪しくても、大量の事案を捌いていくためには、ある程度の割り切りが必要になるものです。

 それを法解釈の正しいお作法に従って是正をしていくのが司法の役割のはずです。
 のに、この高裁判決のように、《通達を文理解釈する》などという判決を出すのは、「こいつ司法の役割を完全放棄しやがった」と言われても文句はいえないでしょうよ。

 もちろん、「裁判官の独立」というお題目はあるわけですが、そもそも司法の役割を放棄しているんだから、保護すべき独立がそこにはないと思うんですけど。

 本件で文理解釈の対象となるのは「その時における価額に相当する金額」です。こんな抽象的な物言いのおかげで、譲渡所得課税の趣旨直結の解釈を展開することができるわけです。
 もし、法律レベルに時価評価についてのルールがあれこれ書き込まれていたとしたら、これら規定をガン無視した自由な趣旨解釈は展開しづらかったでしょう。


 以上、「出戻り保護」を掴みとしながら、直接関係のないところまで記述を広げてきました。

 私自身、家なき子特例については、過去にもいくつか記事を書いておきながら、実は腑に落ちていませんでした。
 今回、出戻り保護を軸としてあらためて検討することで、「うん、これは腑に落ちなくていいやつだ。」ということが分かったのが収穫。

 他方で、記述がふざけすぎていて数週間後には恥ずかしくなることが、予め見えている。

 事前確定黒歴史(津軽海峡冬景色と同じ発音です)。
posted by ウロ at 11:11| Comment(0) | 相続税法
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