2020年12月21日

アレオレ租税法 〜立案者意思は立法者意思か?

 本ブログは、あれやこれやを論じている風で、基本的には同じところをグルグルしているのが実相です。
 グルグルしながらでも、少しづつ上昇していると信じたいところ。

 先日の「家なき子特例」の一連の記事も、当初は同特例の制度趣旨を論じていたはずが、最終的には「文言解釈/趣旨解釈」「納税者の予測可能性」「借用概念/固有概念」といった、本ブログでお馴染みのネタ(いつものやつ)につながっていきました。

僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)
からくりサーカス租税法 〜文言解釈VS趣旨解釈、そして借用概念論へ

 記事を書きながら過去記事を読み返してみたりするのですが、その中で若干違和感のある記述が。

 金子宏・中里実「租税法と民法」(有斐閣2018)

「全面的にそのとおりだなあ、とは思うのですが、前田達明先生の「法解釈論」に関する論文を最近読んだばかりの私からすると、その解釈のスタートは「立法者意思」だ、とされていないのがやや残念(註に「議会の意図」という文言があるので、そこにそういった意味合いを見出すことができるかもしれませんが)。」

 法解釈において立法者意思からスタートすべき、といった物言いをしています。
 が、他方で下記の記事だと、それとは逆方向っぽいことを言っています。

ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2

「立案担当者が開陳する見解、というのも必ずしもあてにならない。

 たとえば民法415条但書の帰責事由について、契約(=合意)を重視するか取引上の社会通念も重視するか、すでに解釈割れてますからね。改正したばっかりだというのに。
 それを外野が云々するならともかく、立法に関与した人の中でも争われているという。

民法第四百十五条(債務不履行による損害賠償)
 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

 そうすると、やはり出来上がった文言をベースに解釈するしかないでしょう。
 この場合だと、文言上優先劣後の関係をつけているわけではないのだから、どちらも重視すべきと解釈すると。」


 これは、無意識のうちに改説したってことなのか。
 と思ったのですが、この違いは《仮想/現実モデル》で説明ができそうなので、以下、言い訳を重ねてみます。

 なお、『租税法と民法』を含めた一連の書籍群、例によって「マケプレのクレプラ」(アマゾンマーケットプレイスのクレイジープライス)になっていますね。
 さすがにこうなってしまったら、誰も買わないよなあ。


 後者の記述で想定していた意思の主体は、国会議員ではなく立案担当者です。
 そこでは、立案担当者執筆にかかる改正本の記述を、そのまま立法趣旨・立法者意思として理解することに対する、強い違和感があったわけです。

 こう書いてみて気づくことは、
 
  ・立案趣旨 ≒立案者意思(立案担当者の意思)
  ・立法趣旨 ≒立法者意思(国会(議員)の意思)

のふたつは、別概念として明確に区別しておかなければならないということです。

 そして、区別をした上で、
  ・立案趣旨を立法趣旨とみてよいか。
  ・その立案趣旨=立法趣旨を法解釈において重視すべきか。
と段階を踏んで検討すべきなのでしょう。

 このような区別は、もしかしたら一般的な見方ではないのかもしれません。
 が、本稿の主題上区別せざるをえないので、以下では、用語の使い分けをしていきます。

 なお、ここで「=」ではなく「≒」としているのは、式の左辺を「客観」・右辺を「主観」として区別しておく必要があるからです。
 立案者・立法者のつもり(主観)が条文に反映されていないのであれば、その主観は法解釈において重視すべきでない、となるはずです。
 明らかに「立法の過誤」だというならば、話は別でしょうが。


 この区別を前提に、立案趣旨を立法趣旨として理解してよい「条件」をあげるとしたら、次のようなものになるかと思います(以下これを《仮想モデル》といいます)。

【仮想】
 ・立案者は1人
 ・その立案者の意思が過誤なくそのまま条文案に投影されている
 ・国会でもその意思が立案趣旨として明瞭に説明されている
 ・国会では何らの反対もなく可決

 このような条件が綺麗に整っている場合であれば、立案趣旨=立法趣旨といえるでしょうし、それをそのまま法解釈に使うべきなのでしょう(もしかして、極めてマイナーな制度であれば、今でもこんなノリで成立しているのかも)。

 他方で、現実にはすんなり一気通貫で通過するわけではない。

【現実】
 ・立案者は多数
 ・立案者間での合意形成のため、条文案は妥協の産物となる
 ・国会では立案者のうちの一部の人が趣旨説明を行う
 ・国会で条文の修正が行われる

 と、このように、各段階で様々なノイズが入る。

 「ノイズ」とは言いましたが、意識高い系の立案担当者が『あの法律、俺が作ったんだぜ!』と我が物顔でドヤるための条件にとって、にすぎません。
 むしろ、このような立法過程こそが「議会制」の本来のあり方であって、《仮想モデル》にはある種の優成思想あるいはエリート主義を感じざるをえません。

 「国民にわかりやすく」などといった立法目的を掲げながら難解な条文を積み上げている人たちの、いかにも考えそうなことよ。


 《仮想モデル》の条件がきちんと整っている場合であれば、法解釈において立案趣旨=立法趣旨を重視するのは当然、ということになるでしょう。

 が、現実には、立案者が示す見解であっても、それがそのまま実際の制度に反映されるとは限りません。
 他の立案者や国会議員の意思が混ざり込む、あるいは誰の意図とも異なる条文ができあがる、ということがあるわけです(立案者・立法者と条文(案)作成者が異なる場合)。

  ア 立案者意思 ≠ 他の立案者意思
  イ 立案者意思 ≠ 立法者意思
  ウ 立案者意思 ≠ 立案趣旨
  エ 立法者意思 ≠ 立法趣旨
 (さらに、これらに条文(案)ともズレるパターンが加わります)

 「国民にわかりやすく」といいながら難解な条文案を積み上げる所作、ここでいうウに相当すると思います。
 もしかして、立案者のつもりとしては本気でそう思っていたのかもしれませんが、実際の条文(案)をみるかぎり、およそそのような親切心が読み取れるような仕上がりにはなっていない。

 私が、意思・主観重視の法解釈論に与しない理由はこのあたりにあります。
 口先ではいくらでも綺麗事を言うことはできます。が、条文(案)には隠しようのない本音がダダ漏れ。

 法解釈においてはあくまでも条文から読み取れる客観を重視すべきであって、主観はあくまでも客観を解釈するための一資料という位置づけに甘んじさせるべき。
 立案者の見解だからといって、他の見解と比べて当然に優先的な採用がなされるものでもない。
 特に、できあがった条文と矛盾するような見解なら、なおさら。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)


 以上を踏まえて、前述の記述を整合的に説明するならば、次のようになります。

 当初の記事では、(立案者云々にかかわらず)「立法者意思」が明確で条文とも整合する場合を想定して同意思を法解釈のスタートにすべきと書いた、これに対して、適格要件や家なき子特例の記事では、これら実際の制度・条文に「立案者意思」(事業・従業者引継、出戻り保護)が反映されていないことから、「立案者意思」は重視すべきでないと書いた、と。

 もちろん、常に立案者意思を軽視してよいのではなく、出来上がり方が《仮想モデル》に近いものであるのならば、立案者意思を重視すべきということになるのでしょう。


 ここで、私が《立法回路》としてイメージするモデルを図解しておきます(あくまでモデルです)。
立法回路.jpg

 一番下の立案者意思から条文を読み解くの、迂路ってんなあって感じですよね。
 立案担当者の解説本というのも、この回路を経てきたことを踏まえた記述になっているのならばいいのです。
 ではなく、立案者意思を前面に押し出した解説となっているとすると、それは違うんじゃないのと思うわけです。

 「国民にわかりやすく」なんて大義名分も、最初にこの回路に電気を通すスターターとして使われるだけで、そのあとはこの回路を通ることがない。にもかかわらず、出来上がった後に「国民のために改正したんです。」とか言って改正理由のお題目として再度引っ張り出されがち。

 一番上と下だけ本物で、あとの中身が新聞紙な札束みたいなものよ。


 《言い訳の数だけ法解釈が上手くなれるよ》とは、皮相的な見方ではありますが、少なくとも今回は、どうにか整合的に説明できないかと考えたことで、うまい筋道が見つかる結果となりました。

 間違いだと思ったら素直に認めることも大事ですが、他方で、すぐに白旗あげるのではなく、どうにか辻褄合わせられないか足掻いてみることも同じくらい大事、みたいですね。
タグ:立法者意思
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