先週の時点ではさっぱり書ける気がしていなかったのですが、どうにかひねり出せたかぎりで検討します。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
○
通達ルールは次のとおり。
36−5(不動産所得の総収入金額の収入すべき時期)
不動産所得の総収入金額の収入すべき時期は、別段の定めのある場合を除き、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 契約又は慣習により支払日が定められているものについてはその支払日、支払日が定められていないものについてはその支払を受けた日(請求があったときに支払うべきものとされているものについては、その請求の日)
(2) 略
これを文字通りに理解すると、
例:1月分家賃の支払日が、
・12/31 ⇒12月計上
・1/31 ⇒1月計上
・2/28 ⇒2月計上
・なし ⇒支払受領日
となります。
○
細かいことをいうと、支払時期が「毎月末日まで」という定めだったとして、これが「支払日が定められているもの」に該当するのか、という疑問はあります(これこそが通達の文言解釈の展開)。
たとえば「12月31日」(キリッ)と定めていれば、それが「支払日」であることは間違いないでしょう。
が、「12月31日まで」となると、それは「支払期間」でありしかも始期が明示されていないわけです。
この場合に「契約締結日」が始期となって、それ以降12/31までの全日が支払日ということになるのか(支払日:契約締結日〜12/31)。
あるいは、支払日が特定されていないから、支払日なしとなって支払受領日が収益計上日となるのか。
おそらくいずれでもなく、「12月中」が1月分家賃の支払日という扱いでいくのでしょう。
ので、12月末日まで支払期限の1月分家賃が、先走って10月とか11月に支払われても、12月に計上することになると思います。
(とはいえ、契約書に定められた支払期限をガン無視して融通無碍に支払ったとして、それでも支払期日どおりの収益計上が認められるかは疑問ありです。)
○
では、お馴染み「みんな大好き私法準拠」から、この通達ルールが説明できるでしょうか。
民法 第六百十四条(賃料の支払時期)
賃料は、動産、建物及び宅地については毎月末に、その他の土地については毎年末に、支払わなければならない。
何月分とは書いていないものの、「12月分は12月末日に支払え」(当月払)ということですよね(以下、建物賃貸借契約を前提とします)。
で、これは契約に支払日の定めが「ない」場合の補充規定です。
《支払日の定めがない場合》
支払請求 収入時期
(民法) (税法)
毎月末日 支払を受けた日 ←税法独自
さっそくずれてやがる。
民法上、支払日の定めがない場合は毎月末日に支払ってもらえるのに、税法では実際に支払いを受けるまで収入計上しなくていいんだと(まさか前払しか想定していないわけではないですよね)。
○
では支払日を定めた場合はどうなるか。
《支払日の定めがある場合》
支払請求 収入時期
(民法) (税法)
支払期日 支払期日 ←私法準拠
こちらはイコールになります。よかったね。
支払日の定めがない場合なんて現実には想定しがたい、ので無視してもいいんでしょうか。
もしかしてですが、民法614条の補充規定が適用される結果として、税法側からみると支払日の定めのない場合が消失する、ということか。
契約書 民法614条 税法
支払日の記載なし → 毎月末日が支払日 → 支払日あり?
あるいは、「慣習」で無理やり支払日があることを認定してしまうか。
契約書 慣習 税法
支払日の記載なし → 前月末日が支払日 → 支払日あり?
「支払日が定められていない」というのは、積極的に「支払日は定めん!」とでも明記した場合だけに限られると。
なんか「自己言及のパラドックス」が生じそうですが、まるで実益のない議論なのでこれ以上は進めません。
ということで、以下では支払日の定めがない場合を無視して検討を進めます。
※例により、支払日は「支払期日」と言い換えます。また、あくまで通達ルールであるものの、これに対する異論を見かけたことがないので、通達ルール=税法解釈としておきます。
○
この支払期日ルールを「権利確定主義」といってよいのかどうか。
書いてあることだけ眺めれば、まんま給与所得と同じルールなので、(その1)で論じたことと地続きな議論になりそうです。
36−9(給与所得の収入金額の収入すべき時期)
給与所得の収入金額の収入すべき時期は、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(1) 契約又は慣習その他株主総会の決議等により支給日が定められている給与等(次の(2)に掲げるものを除く。)についてはその支給日、その日が定められていないものについてはその支給を受けた日
(略)
ただし実態として、給与は後払い・家賃は前払いがそれぞれ多いという違いがあります。
ではあるのですが、年度帰属ルールとしては同じタイミングだと。
事業所得含めて並べるとこうなります。
不動産所得 支払期日(ほぼ前払い)
事業所得 役務提供完了時
給与所得 支払期日(ほぼ後払い)
これら違いを「権利」と「確定」というお言葉で統一的に説明しきることができるでしょうか。
私にはさっぱり思いつきません。
どうにかこじつけることは、できなくはないのでしょうが所得区分ごとに中身を弄る必要があるはずです。
それはもはや、ひとつの言葉の中で説明できていないのと同じ。
○
「まだだ、まだ俺たちには管理支配基準がある」などと思っている人がいるかもしれません(往生際の悪い)。
不動産所得の場合は給与所得と違って前払いだから、今度こそうまく説明できると。
が、あくまで支払期日であって支払受領日ではありません。
実際に受領していないのに、期日が到来しただけで「管理支配」しているというのは無理があるでしょう。
そうするとやはり、「権利確定」や「管理支配」などという迂路を辿らず、支払期日が到来していつでも支払ってもらえる状態になったら収入計上、とストレートに説明すればいいのではないでしょうか。
○
不動産所得には、特有のルールとして以下の個別通達があります。
所個通昭和48年11月6日付直所2-78「不動産等の賃貸料にかかる不動産所得の収入金額の計上時期について」
継続記帳や帳簿書類の備付けなどを条件に「発生」ベースでの計上を許容しています。
要するに、事業所得と同じレベルの経理処理をすれば、事業所得と同じ帰属ルールを使えるんだと。
基本通達でいう下記(6)に対応します。
36−8(事業所得の総収入金額の収入すべき時期)
事業所得の総収入金額の収入すべき時期は、別段の定めがある場合を除き、次の収入金額については、それぞれ次に掲げる日によるものとする。
(6) 資産(金銭を除く。)の貸付けによる賃貸料でその年に対応するものに係る収入金額については、その年の末日(貸付期間の終了する年にあっては、当該期間の終了する日)
「ちゃんと記帳したら」なんていう税の側の都合で年度帰属ルールを大胆に変更できるなんて、私法準拠どこいっちゃったんですか。
「帳簿をつけると私法上の権利の確定日が変わるよ。」
なんて、どの民法の教科書でもそんな「権利変動原因」書いてあるのを見たことはない。
そもそも、同じ賃貸借契約なのに、事業所得か不動産所得かで年度帰属ルールのデフォルトが異なる理由は何なのか、という話です。
「帳簿つけたら」とか言っているあたり、やはり企業会計・法人税法に引っ張られているという説明がよさそうですよね。
いずれにしても、もっぱら税法側の都合であって、私法側には何の理由付けも内在されていない。
○
この個別通達、見落としがちですが「前受収益」だけでなく「未収収益」もちゃんと処理しろと書いてあります。
前払いの計上時期を遅らせるだけでなく、後払いの計上時期を早めなければなりません。
1月分家賃の支払期日
・12/31 ⇒1月計上(前受収益)
・1/31 ⇒1月計上
・2/28 ⇒1月計上(未収収益)
このように、不動産所得の収益計上時期は、原則は「支払期日」だが、事業所得と同じように処理するなら「企業会計準拠」ルールを許容する、ということになっています。
○
支払期日ルール、給与所得の場合は、雇用なら一連の労働法規により定期的な支払期日を定めなければならないし、また、役員(委任)なら、法人税法上の損金不算入ルールにより、自由に支払期日を定めることが制約されています。
そのおかげで、年度帰属ルールとしては安定した運用が可能になっています。
ただし、労基法ガン無視の支払期日を定めた場合、税の側ではそれをそのまま受け入れるか、労基法どおりに引き直すのかは要検討。
【財務省職員による労基法抵触解説?】
ここがヘンだよ所得拡大促進税制 〜委任命令におけるゆらぎとひずみ
他方で、不動産所得の場合、「借地借家法」という特別法があるものの、意外なことに支払時期に関する強行ルールがない。公序則の発動はありうるかもしれませんが、労働債権のような個別規定がないわけです。
当事者が任意の意思で合意する限り、支払時期をどのように定めようとも自由。
じゃあってことで、収益計上したいタイミングで支払期日を任意に定めたとして、それを税法上そのまま認めてもらえるか。
借主にしても、値引してもらえるとか設備を新しくしてもらえるとか、何某かの便益があれば乗っかりますよね。
極端な話、実際の支払を契約上の支払期日どおり履行しなかったとしても、「通達の文言解釈(笑)」により、支払期日をそのまま収益計上時期とできるのか。
たとえばですけど、支払期日を「3年ごと前払」と定めておけば、実際は毎月支払っていたとしても3年ごとの計上が許されるのかどうか。
【通達の文言解釈(笑)】
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決
もちろん、「臨時所得」の適用可能性はあるわけですが、これはあくまで「納税者の選択」によるものであって、他の所得との兼ね合いであえて適用を受けないこともあるでしょう。
所得税法 第九十条(変動所得及び臨時所得の平均課税)
1 居住者のその年分の変動所得の金額及び臨時所得の金額の合計額(その年分の変動所得の金額が前年分及び前前年分の変動所得の金額の合計額の二分の一に相当する金額以下である場合には、その年分の臨時所得の金額)がその年分の総所得金額の百分の二十以上である場合には、その者のその年分の課税総所得金額に係る所得税の額は、次に掲げる金額の合計額とする。
(略)
4 第一項の規定は、確定申告書、修正申告書又は更正請求書に同項の規定の適用を受ける旨の記載があり、かつ、同項各号に掲げる金額の合計額の計算に関する明細を記載した書類の添付がある場合に限り、適用する。
この、偉そうな4項の手続規定が裏目にでている。
所得税法「記載かつ添付した場合に限って適用させてやんよ」
納税者「じゃあ記載・添付しねえよ」
まあ、さすがに完全フリーとはいかないはずです。
が、どこまで調整が可能なのか、その限界はよく分かりません。
不動産所得の性質上、定期性・継続性は要求されそうですが、それ以上にどこまでの制限がかかるのか。
実際の支払状況から逆算して、契約書記載の支払期日とは別の『真実の』支払期日を認定されることになるのかどうか。
○
と、このように、不動産所得の支払期日ルール、給与所得と同じで通達の文言も似通っていながらも、給与所得ほどの安定感はない「弱いルール」だということが分かります。
こういう場面でこそ「権利」とか「確定」が活躍してくれればいいんですけど、まるで何の役にも立たない。
先払いの場合なら「支配管理基準」で説明できそうですが、後払いの場合はどうにもならないですよね。
あとは譲渡所得あたりを検討したいのですが、記事化するのはしばらく後になりそうです。
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得
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