が、バックグラウンドでチラチラ見え隠れしていたのが「違法所得」の問題。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
「権利確定主義」にとっての鬼っ子。
こいつの収入実現を肯定するために、清く美しい「権利確定主義」に泥っぽい「管理支配基準」を混入させられたといっても過言ではない(実際の「史実」と一致するかは未確認)。
が、この「違法所得」という括りがどこまでの射程を含んだ問題なのか、いまいちつかめていません。
「違法」という用語が厄介で、単に民法上の無効・取消事由があるにすぎないものやら刑事罰が課せられるものなど、様々なレベルのものが含まれます。
以下では「違法」の中身として、AがBに暗殺を依頼したという「暗殺請負業」(事業所得)を軸にして、問題点の整理だけしておきます。
なお、これまでの記事では「いつ収入を計上すべきか」という年度帰属の側面から論じてきましたが、今回は「どのような場合に収入が実現するか」という側面から論じます。
とはいっても、これは記述の仕方が変わるだけで実質は同じです。今回は後者のほうが表現がしやすい、というにすぎません(所得概念と年度帰属を切り離す、という特殊な見解は別として)。
また、事業概念についても「違法」如何に影響されないか、ということが問題になりそうですが、この点は省略します。
以下、引用条数は民法のものです。
第九十条(公序良俗)
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
第百二十一条の二(原状回復の義務)
1 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
第七百三条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
第七百五条(債務の不存在を知ってした弁済)
債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない。
第七百六条(期限前の弁済)
債務者は、弁済期にない債務の弁済として給付をしたときは、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、債務者が錯誤によってその給付をしたときは、債権者は、これによって得た利益を返還しなければならない。
第七百七条(他人の債務の弁済)
1 債務者でない者が錯誤によって債務の弁済をした場合において、債権者が善意で証書を滅失させ若しくは損傷し、担保を放棄し、又は時効によってその債権を失ったときは、その弁済をした者は、返還の請求をすることができない。
2 前項の規定は、弁済をした者から債務者に対する求償権の行使を妨げない。
第七百八条(不法原因給付)
不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
○
《事例1》
AがBに暗殺を依頼。
B履行済み(合掌)。A代金支払い済み。
契約無効ではあるものの(90条)、不法原因給付となるのでAは代金返還請求できなくなります(708条本文)。
ただし、(本事例では想定しにくいですが)Bのほうが一方的に悪い場合には返還請求できることになっています(同条但書)。
さて、税法上の収入実現は、このような民法上の返還請求できる/できないに影響されるでしょうか。
おそらく代金受領した以上は「管理支配基準」により収入実現となって、あとは返還した場合にマイナス処理ができるかどうかの問題になるのでしょう。
《事例2》
AがBに暗殺を依頼。
B未履行。A代金支払い済み。
民法上の規律は《事例1》と同じく、Aは原則として代金返還請求できないことになります。
そして税法上も「管理支配基準」からすれば収入実現となりそうです。
しかし収入実現は、B側の(違法な)役務が未履行であることに影響を受けないのかどうか。
代金受領さえあれば収入実現を肯定されてしまうものなのでしょうか。
事例をかえて、次の事例と比較してみましょう。
《事例3》
CはDの預金口座に誤って振込んでしまった。
CD間には何らの関係もない。
この場合に収入実現したという人は、さすがにいないでしょう。
仮にDが年をまたいで返還したからといって、一旦申告させてから更正の請求をさせる、などということにはならないはずです。
とすると、収入実現には現金受領のみならず、何らかの「取引関係」に基づく交付であることが要求されるのでしょうか(基づく交付説)。
《事例4》
事例3でCがわざとDの口座に振り込んだ。
この場合は、Cは返還請求できないことになっています(705条)。
何らの取引関係もありませんが、DはCにお金を返さなくてよいことになります(銀行取引約款の規律は考慮外)。
この場合、Dにとっては何某かの所得になるのは間違いないのであって、結論的には収入実現を肯定することになるのでしょう。
が、いかなる事実をもって肯定すればよいのか。
《事例5》
買主Eと売主Fが売買契約を締結。
F引渡未了。Eは間違って支払期日前にFに代金を振り込んでしまった。
この場合、Eは代金返還請求できません(706条)。
引渡基準からすれば収入未実現となるはずですが、「管理支配基準」により返還不要の代金の受領をもって収入実現となってしまうのかどうか。
Eに間違って振り込まれただけなのに収入実現となってしまうのはかわいそう、ということであれば、収入実現には「引渡」(または支払期日の到来?)が必要と解すべきことになります。
が、《事例2》や《事例4》では引渡(役務提供)がなされていません。それでも収入実現を肯定したいのであれば、「引渡」は必要条件ではないと解さなければなりません。
○
《事例1》から《事例5》までを並べてみましょう。
効力 引渡 返還請求 収入実現
事例1 無効 完了 ×(708条) ○
事例2 無効 未了 ×(708条) ○
事例3 なし − ○(703条) ×
事例4 なし − ×(705条) ○
事例5 有効 未了 ×(706条) ×?
ややこしくなるので708条但書に該当する場合は省略しています。
収入実現の欄は、「管理支配基準」に基づけばこうなりそう、という結論を書いています。
ただし《事例5》を「管理支配基準」のみで×にもっていけるかは微妙。
これらを統一的に説明しきることは可能でしょうか。
結論的には以下のように整理するのがよさそうです。
イメージ的には、順番にプラス(有因)・ゼロ(無因)・マイナス(不法)です。
【金銭交付による収入実現】
・金銭交付が有因 → 引渡の有無(支払期日も?)で判定 《事例5×》
・金銭交付が無因 → 返還請求の有無で判定 《事例3×》《事例4○》
・金銭交付が不法 → 金銭受領のみで判定 《事例1○》《事例2○》
が、これはせいぜい、不当利得の「衡平説」が「類型論」に置き換わったくらいの話。
事業所得を念頭においた物言いなので、所得区分ごとの整理が必要ですし(暗殺役務の提供が給与認定されたら、とか)、不法の程度に応じたグラデーション付けも必要です。
また、相関関係説的な枠組みであることからも分かる通り、総合考慮説を二軸に並べただけにすぎません。
「箱庭説」のような統一理論、私にはさしあたり思いつきません。
加藤雅信「不当利得論 (加藤雅信著作集第三巻) 」(信山社2016)
不当利得 収入実現
漠然理論 衡平説 権利確定主義
部分理論 類型論 管理支配基準
統一理論 箱庭説 ??
○
これまでの議論を振り返って。
田中二郎先生の税法独自説から決別して私法準拠に殉教してみたものの、なんちゃって私法準拠どまりのまま、というのが私の見立て。
民法の規定を詳細に分析するでもなく、税法独自の判断手法を開発するでもなく、どっちつかず。
田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
およそ歴史認識に基づかない思いつきですが、次のような邪推が可能でしょうか。
・租税法学が未発達の時代に「税法独自説」を正面から唱えてしまうと、あたかも国家権力による融通無礙な課税を許容するかのように誤解されるおそれがあった。
・そこで、「権利確定主義」という、すでに長い歴史のある民法学に依拠し、かつ、私人の権利を重視するっぽい基準を表に立たせることで、そのような批判を回避することとした。
・本来であれば、「権利確定主義」で凌いでいる間に税法独自の統一理論を開発すべきだったのに、「支配管理基準」などといった部分理論しか開発できなかった。
・理論開発が進まないことに愛想を尽かして、課税実務は通達で所得区分ごとの独自の基準を定立することにした。
なぜ「権利確定主義」が民法の規定を詳細に分析する方向にいかなかったといえば、「始めからその気がなかったから」とでもいわなければ説明できないんじゃないですかね。
もちろん、こんなものは誇大妄想に基づく言いがかりにすぎないわけですが、ほかにどういう説明が可能でしょうか(ちなみに「借用概念論」もこれと同じノリだと、私は思っています)。
【借用概念イジり】
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
いい加減、かつての佐伯仁志先生(刑法)と道垣内弘人先生(民法)の対談のように、がっぷり四つに組んだ議論を、民法×税法についてもどなたかが実施すべきなんでしょう。
佐伯仁志,道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001)
下記書籍のような、取り急ぎパンデクテン順にペッと並べてみました、みたいなやつじゃなく。
「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)
窪田充見先生(民法)の家族法の教科書では、「特別講義 家族法と租税法」と題して佐藤英明先生(税法)との対談を掲載されています。これをオマケとしてではなく、全面的に展開してほしい。
窪田充見「家族法 第4版」(有斐閣2019)
○
以上、私自身の目的は、学問上の真理を探求したいなどというものではおよそなく。
通達ベースで実務運用をするにあたって、学理がノイズとして入ってこないか、の確認作業をしたかっただけです(「ノイズ」が表現上不穏当だというならば、「法解釈のお作法に基づく正当な解釈論の展開」と良いように言い換えてもよいです)。
なんでもかんでも「リーガルマインド」云々言うのではなく、通達ベースで運用できるならそれに越したことはない。ルール元が私法準拠だろうが税法独自だろうが、とにかく事前にルールが明確に決まってさえいてくれれば、安定した運用が可能なわけです。そのルールに納得がいかない人だけが、法解釈アタックをかませばいい。
とはいえ、法解釈として洗練されていない通達を鵜呑みにすると足元を掬われることもあるので、そのあたりの見極めをしておきたかった、ということです。
で、自分の中では落ち着きどころが見えた気がするので、これ以上の死体蹴りは本当に終わりにいたします(終わる終わる詐欺の終幕)。
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