2021年04月26日

未払決算賞与の損金算入時期と、なんちゃって私法準拠の弊害

 決算賞与の未払計上なんて、今さらブログネタにする人もいないのかもしれません。
 「節税対策」の括りで、さんざんこすり倒されていて。

【今さらシリーズ】
みんな大好き!倒産防。 〜措置法解釈手習い
「定期同額給与」のパンドラ(やめときゃよかった)
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について
支払調書における「支払金額」(支払の確定した金額)について【追補】

 が、私個人の関心事に引っかかる論点があったので、その点に絞って検討します。
 タイトルの変な組み合わせは、まあそういうことです。

 以下「12月決算、通知12/25、翌年1/20支給」を想定します。


 まずは条文。

法人税法施行令 第七十二条の三(使用人賞与の損金算入時期)
 内国法人がその使用人に対して賞与(略)を支給する場合(略)には、これらの賞与の額について、次の各号に掲げる賞与の区分に応じ当該各号に定める事業年度において支給されたものとして、その内国法人の各事業年度の所得の金額を計算する。

一 労働協約又は就業規則により定められる支給予定日が到来している賞与(使用人にその支給額の通知がされているもので、かつ、当該支給予定日又は当該通知をした日の属する事業年度においてその支給額につき損金経理をしているものに限る。) 当該支給予定日又は当該通知をした日のいずれか遅い日の属する事業年度

二 次に掲げる要件の全てを満たす賞与 使用人にその支給額の通知をした日の属する事業年度
 イ その支給額を、各人別に、かつ、同時期に支給を受ける全ての使用人に対して通知をしていること。
 ロ イの通知をした金額を当該通知をした全ての使用人に対し当該通知をした日の属する事業年度終了の日の翌日から一月以内に支払つていること。
 ハ その支給額につきイの通知をした日の属する事業年度において損金経理をしていること。

三 前二号に掲げる賞与以外の賞与 当該賞与が支払われた日の属する事業年度


 2号のイロハを満たせば期中に未払でも損金算入できる、というところまでは、各所のお役立ち記事で書かれていることでご存知かと思います。


 厄介なのが「支給時在籍要件」を設定した場合。

  通知A 『1/20まで在籍してたら支給するよ。』

 この点に関して、運営側の公式ルールとして、イの通知は「最終的、確定的に決定」したものを意味するという限定解釈が示されています。
 根拠として、3号の実際の支払日と同視できる場合に限られるからだと。

決算賞与金の税務上の取扱いについて(平成27年2月26日・金沢国税局)
 
 そこまでの限定解釈ができるのか、疑問がなくはない。

 これが、法人税法に「支払われた日その他これに類する政令で定めるとき」とでも書いてあれば、施行令の文言を支払日に引きつけて解釈する必要があるのは分かります。が、実際にはどちらも施行令に並列的に書かれているのであって、2号を3号に引きつけるとは、少なくとも文言上は読み取れない。
 せいぜい、1号が支給予定日(かそれより遅い通知日)・3号が実際の支給日だから、間に挟まれた2号もそれに近づけて解釈すべき、というくらいじゃないでしょうか。

 これ、当ブログでおなじみ「文言解釈×趣旨解釈」の相克の一場面です。
 裁判になったとして、最高裁がいずれを重視するか正直予測がつかない。どっちに転んでもおかしくない。

 と、疑問はあるものの、この限定解釈に従うならば「支給時在籍要件」がある場合には、実際に支給するかどうかは支給日まで不確定ということで、期中に損金算入できないことになります(用語として「未確定」と書くか「不確定」と書くか迷うところですが、さしあたり「不確定」としておきます)


 問題はここから先。
 じゃあってことで、通知を次のように定めたらどうでしょうか。

  通知B 『支給するよ。でも1/20までに退職したら放棄したことにするよ。』

 これは民法上の用語でいうところの「解除条件」にあたります(対して、通知Aは「停止条件」)。

民法 第百二十七条(条件が成就した場合の効果)
1 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。
2 解除条件付法律行為は、解除条件が成就した時からその効力を失う。
3 当事者が条件が成就した場合の効果をその成就した時以前にさかのぼらせる意思を表示したときは、その意思に従う。


 こういうふうに書いておけば、
  ・通知時点では支給することは確定している
  ・辞めて放棄したのは事後の事情だから翌期の処理になる
とできるでしょうか。

 さすがに無理があるんじゃないですかね。


 この点、「純粋私法準拠説」によるならば、民法上、通知時に
  通知A 効力未発生(停止条件)
  通知B 効力発生 (解除条件)
となるのを、税法上の結論にも直結させることになるのでしょう。

 確かに、民法上効力が未発生ならば税法上も不確定といえると思います。
 が、民法上効力が発生しているからといって、税法上も確定しているとまでいえるのかどうか。

  民法    税法
 ・未発生 ⇒ 不確定
 ・発生  ⇒ 確定??

 通知AとBを比べれば分かるとおり、書き方のオモテ・ウラを変えただけで、実態はなにも変わっていません。

  通知A もし在籍してたら払う
  通知B もし辞めたら払わない

 このあたりは「原則例外モデル」の欺瞞性と同じ匂いを感じます。
 例外的に考慮するだけ、といいながらバックグラウンドで必ず混入させている例の状態。

【原則例外モデルの欺瞞性】
からくりサーカス租税法 〜文言解釈VS趣旨解釈、そして借用概念論へ

 「実際に支給したのと同視できるか」という観点からすれば、停止条件で書こうが解除条件で書こうが、等距離にあるはずです。

 数値で表現するならば、通知時に予測される在籍確率が80%だとして、通知Aでも通知Bでも、実際に支給する確率は80%です。通知Bで書いたからといって、在籍確率がおもむろに上昇するわけではありません。
 何を当たり前なことを書いているんだ、と思うかもしれませんが、これを違うと見せかけるのが「条件トリック」です(叙述トリック的な)。

 運営ルールが、「通知時点での支給確率100%」を要求しているのだとしたら、通知Aも通知Bも要件を満たしていないことになります。

 そもそも、民法上の「条件」というもの自体が、『将来の不確定な事実』をトリガーとしています(ここが「期限」との違い)。
 ので、停止条件だろうが解除条件だろうが、条件を付けた時点で不確定になります。
 発生を不確定と書くか(停止条件)、消滅を不確定と書くか(解除条件)の違いにすぎません。

 対して、支給時の在籍を要求しない場合(通知C)は、いずれ必ず到来する「期限」のみとなるので、セーフとなるわけです。

  通知A 期限+停止条件 (支給するか不確定)
  通知B 期限+解除条件 (支給しないか不確定)
  通知C 期限 (支給するか確定)


 以上は法人税法上の問題ですが、それ以外に気になるのが「所得税法」の扱い。
 仮に、「解除条件で通知時確定」スキームが認められたとして、自動的に放棄扱いとなった個人の給与所得はどうなるのでしょうか。

 この点、通常の「支給日に確定」扱いであれば、確定前の放棄ということで所得税が課税されないことは、素直に導かれると思います。

 他方で、通知時に確定扱いとされたものを、確定後に放棄した場合でも同じに扱ってよいのかどうか。
 一度実現した所得を勝手に捨てただけ、と評価されることはないか。

 結論として課税すべきでないのは間違いないです。が、その理屈はすんなり導かれるものなのかどうか。


 さらに、賞与の放棄ということで気になるのが、「労働法規」絡み。
 「辞めたら放棄と扱う」のが、一連の労働法規上有効なのかどうか。

 賞与に関しては、給与と比較して権利性が弱いものとして扱われています。
 ので、「支給時在籍要件」を定めること自体は認められています(ただし、労働の対価の後払要素が強い場合ならば、その評価は怪しいですが)。

 ではあるのですが、通知Bのように一旦権利として「確定」したと扱っておきながら、一方的な通知のみで事後的に放棄させることができるのかどうか。
 少なくとも、そこに自由意思による任意の放棄があるようには思えません。

 だからといって、「権利として弱い」ことを、個別の放棄意思までいらないことの理由としてしまうと、「解除条件で確定」の前提が怪しくなってしまいますし。


 「解除条件で確定」という発想が出てくるの、「私法準拠説」の弊害ではないか、というのが私の見立て。

 民法上の
  停止条件=条件成就時に効力発生
  解除条件=条件成就時に効力消滅
という図式を無批判に税法に取り込むことによって産まれたのが、この発想ではないかと。

 実態は何も変わらないのに、表から書くか裏から書くかで税法上の取り扱いが真逆に変わる、なんて通常は思わないでしょう。私法準拠に殉教した信徒にしか到達しえない境地。

 「停止条件/解除条件」という概念を知らずに実態を評価するならば、いずれの通知であっても支給日がくるまでは支払われるかどうか不確定、と思うのが素直な見方でしょう。
 これを『税務署・税理士は民法を知らない』などとして一笑に付せるものなのか。中途半端な民法理解が、逆に誤った税法解釈を導いているのではないでしょうか。

 いわゆる「中級者の罠」。

 第一層
  通知Aも通知Bも中身同じじゃん
 第二層
  停止条件=条件成就時に効力発生/解除条件=条件成就時に効力消滅
 第三層
  停止条件も解除条件も「将来の不確定な事実」がトリガー
 
 民法理解が第二層どまりだと、税法上の扱いを異ならせてもよいように思ってしまいます。が、第三層にまで理解を及ぼすならば、いずれも不確定であることが分かります。
 『税理士は民法を勉強すべき』などという煽りにノセられて、第二層どまりの中途半端な民法知識を植え付けられるくらいなら、第一層の健全な事実感覚を育てたほうがハズさないはず。


 もちろん、最初に疑問を呈したとおり、「この程度の不確定をもって通知要件を満たさないという運営ルールは、施行令の解釈として狭すぎる」という主張は成り立ちえます。

 あるいは、事実評価の問題として、たとえば「当社は設立以降数十年経っているが、定年退職以外の退職実績は皆無」という場合ならば確定と同視してもよいのではないか(貸倒実績率的な)とか、ゼロではないがほぼ起こり得ない条件であれば確定と同視してもよいのではないか、などと主張する余地はあります。
 ですが、これらの場合もあくまでも100%確定と「同視できる」というにとどまり、100%確定そのものというのは無理筋でしょう。

 いずれにしても、実際の確率の評価問題であって、単なる通知の書き方だけで動かせるものではありません。


 なお、ここまで随所に「権利」とか「確定」とかが出てくるので、「権利確定主義」がちらつくかもしれません。
 が、ここでは(ここでも)何ら規範たりえません。

 あくまでも「お主義」どまりで、肝心の「権利」とか「確定」の中身を「権利確定主義」から導くことができないことは、以前論じたとおりです。

【さよなら権利確定主義】
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得


 決算賞与に限らず、「停止条件/解除条件」を裏返すことで課税関係をイジる所作、あくまで私の感覚ですが、税法的にはほとんど認められることはないんじゃないですかね。
 それによって実態が変わる場合ならば別ですけども、単に書き方をひっくり返しただけで課税関係が変わるとは思えません。

 以上の考えを別の場面に発展させると、たとえば「所得の収入計上時期」について、一律、
  停止条件付き契約 条件成就時に実現
  解除条件付き契約 効力発生時に実現
と扱うのはおかしいのでは、という発想に至ります。

 条件の内容や所得区分によっては、停止条件付きでも効力発生時に前倒しすべき、とか、解除条件付きでも条件成就時に遅らせるべき、といったことがありうるのではないでしょうか。

 逆に、収入計上時期のこの図式を決算賞与の場面に持ち出して、やはり「解除条件なら通知時確定」は正しいと主張する人がいるかもしれません。
 が、こういうの、まさに「経路依存」による論証の弱点。

 あくまでもこの図式が正しいことが前提になっているわけです。が、実態からすれば、この図式が全面的に通用するとは言い難い。
 たとえば、引渡も代金決済も完了しているにもかかわらず、『サボテンが花をつけたら効力発生』という停止条件が成就していないからまだ収入計上しなくてよい、とはさすがにならないですよね。
 停止条件/解除要件はあくまでも収入実現の目安にすぎず、絶対的な基準とはなりえない。

 こういったテーマについて、下記のような『税法×民法』ものの書籍で展開してくれることを期待しているのですが、残念ながら及ばない。

「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)

 思い違いがあったら失礼なので、ということで一応読み返してみましたが、案の定、上記図式がそのまま開陳されているだけでした。
 条件の中身や所得区分によっては違った評価がありうるのでは、などといった深堀りはそこにはなく。

 「実務家のため」とは何か?


 確かに、実務家の発想が基本的に「経路依存」であるのは間違いないです。
 本ブログでも、珍奇な独自説を唱えているつもりはなく、現状の道具立てを未解決の問題にあてはめたらどうなるか、というところから発想をスタートさせているはずです(自称)。

 スタート時点では「依存される側」を正しいものとして、一旦ピン留めするのはいいとして、どうも雲行きが怪しいなと思ったら、すぐに引き返して見直しをする、というのが経路依存による論証には必要な態度です。


 本ブログは、私法準拠×税法独自の枠組みでいうと、税法独自の観点を強調することが多いです。
 が、それは私法準拠が理論的におよそ間違っている、というのではなく。

 私法に準拠するといいながら、具体的にどうやって準拠するのか、その座組がいまだに(いまだに!)はっきりしていないと思うからです。
 だったら、私法は一旦カッコに入れて、税法の側から決め打ちしたほうが、さしあたりの判断はしやすいだろう、という戦略的な考慮からにすぎません。

  税法独自T⇒私法準拠T⇒税法独自U⇒私法準拠U⇒・・・

 私のつもりとしては、上記流れの中の「税法独自U」あたりを自分のポジションとして意識していて、いずれ準拠の仕方を精緻化した「私法準拠U」により止揚していただけることを、待望しております。
posted by ウロ at 10:06| Comment(0) | 法人税法
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