2021年05月17日

フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈

 前回の【文理解釈】につづいて、次は【定義付け解釈】について。

フローチャートを作ろう(その1) 〜文理解釈(付・反対解釈)

定義解釈プロセス.png


 定義付け解釈が必要となるのは、
  ア 文理解釈ではあてはめができない
  イ 反対説があって文理だけでは説得力が弱い
などといった場合です。

 イの例としてぱっと思いつくのが、「ホステス報酬源泉徴収事件」の最高裁判決(最判平成22年3月2日)。

裁判例結果詳細(最高裁サイト)

 「期間」を文理解釈しておしまいと思いきや、それがホステス報酬源泉の趣旨にも合致する、なんてことも付け足しているわけです。

 文理どおりの解釈なのに、なんでわざわざ趣旨まで持ち出すのか。
 もちろん、高裁(と課税庁)の変な趣旨解釈を否定するためでもあります。が、それだけではなく、現代の法解釈論における文理の地位が相当低いからに他なりません。

 最高裁ほどの権威がありながら、です。「『期間』は文字通り!異論は認めん!」で済ませられない。

 このような最高裁の慎ましやかさと比べて、例の高裁判決が、高裁のくせに・通達のくせに・いうほど文言どおりじゃないくせにドヤ顔で判決出しているのは、何重にもどうかしてるぜ!であることがわかると思います。

【例の高裁判決】
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決

 「最高裁は文理解釈を採用した」というだけでは、最高裁判決の慎ましやかさを余すことなく評価したことにはならないでしょう。
 そしてまた、例の勝ち抜き方式型の系統図・分類図では、この「表向き文理解釈のくせに趣旨にも触れる」解釈手法の収まり場所がありません。

金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)
法律解釈のフローチャート(助走編)

 趣旨にふれているのは、「期間」のこの読み方が通用するのはあくまでもこの趣旨が当てはまる場合に限ると、射程範囲を示唆していると見ることもできます。
 ので、最高裁阿り系の高裁判事が、この趣旨があてはまらない別の「期間」にまでこの判決を横流ししだしたら、「事案が違う!」と一喝されるのでしょう。
 
【最高裁阿り系判決】
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決

○ 
 さて、一般的な法解釈手法の解説書で、この定義付け解釈が明示されることはないです(ので、決まった名前がなく、私が勝手にネーミングしているだけ)。
 文理解釈の説明が終わったら、その次は縮小解釈・拡大解釈の話しに流れてしまいます。

 が、たとえば民法95条の「錯誤」について、「表意者の認識なしに意思と表示が食い違うこと」という帰結を文理解釈の範疇で導き出すことはできないでしょう(例は「過失」でもなんでもよいです)。
 「善意/悪意」のように、争いのない定義とはいいがたい。

 かといって、文理解釈では「勘違い」とだけ言っておいて、これに縮小解釈(拡大解釈)を施すことで上記命題を導く、というのもどこかおかしい。
 やはりこの間に、錯誤を法的に定義付ける解釈という段階を挟んだほうがしっくりくるのではないでしょうか。

 この解釈手法を暫定的に【定義付け解釈】(定義解釈)と呼んでおきます。
 が、いまいちしっくりこないので、何か相応しい名称があればご紹介ください。

 税理士らしく、たまたま手近にあった税法解釈の例もあげておきます。

 『国税通則法74条1項の「その請求をすることができる」とは、法律上権利行使の障害がなく、権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることを要すると解する。』

 こんな解釈、文理だけからはでてこないし、かといって何かを縮小・拡大しているわけでもないですよね。


 定義付け解釈が明示されない風潮、法学が「異常事例思考」であることの一局面だというのが、私の見立て。

【通常事例思考】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)
内田勝一「借地借家法案内」(勁草書房2017)

 文理解釈についてはさすがに触れざるをえないということで最初に出てくるものの、定義付け解釈のような「普通の」解釈手法が意識から抜け落ちてしまっているわけです。
 縮小解釈・拡大解釈などのアブノーマル系の解釈手法に、すぐ飛びつきたがる。

 学生に対しては「論点に飛びつくな」とか指導をしているはずなんですけども。


 定義付け解釈で使われる素材としては、立法者意思、制度趣旨、法体系、先行判決、慣習、外国法などといったものがあります。
 文理解釈では手法も素材も形式的だったところに、実質的な考慮を加えることになります。

 この定義付け解釈を文理解釈に含めてしまうという整理も可能ではあります。が、「まずは形式判断から」という形を明確にするためには、段階を分けておくのが望ましいでしょう。
 ましてや、「国民の予測可能性」を文理解釈重視の根拠とする見解なら、なおさら分ける必要があるはずです。

解釈手法分類.png



 他方で、縮小解釈・拡大解釈との区別については、固定的・絶対的なものではありません。
 
 たとえば、民法177条の「第三者」。

民法 第百七十七条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)
 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。


 『当事者もしくはその包括承継人以外の者で、不動産物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有する者』というのが確立した解釈になっています。

 これを細かく分けると、
  ア 当事者以外の者 ⇒文理解釈T(日常系)
 +イ 当事者もしくはその包括承継人以外の者 ⇒文理解釈U(法文系)
 +ウ 不動産物権の得喪及び変更の登記欠缺を主張する正当の利益を有する者
   ⇒定義付け解釈?縮小解釈?
となるでしょう。

 日常用語では当事者以外の者は全員第三者になるはずのところ、さらに法律用語としては包括承継人も第三者から除外すると。
 問題は、ウの実質論の部分を定義付け解釈とみるか縮小解釈とみるか。

 別に、どちらにするかで何かが変わるわけではありません。
 ではありますが、この論点に関しては、次のように整理しておくとよいと考えます(およそ正しい歴史認識ではありません)。

 1 当初はアイの文理解釈がベース。
 2 これに縮小解釈を施してウを付加した。
 3 ウが確立した解釈となることによって定義付け解釈にランクアップ。
 4 様々な事例へのあてはめにより「正当な利益」の中身を精緻化。
 5 限界事例は「正当な利益」に縮小解釈・拡大解釈を施すことによりあてはめ。
 6 それら解釈も確立することで定義付け解釈に取り込まれる。

 このように、定義付け解釈/縮小解釈・拡大解釈の区別については、形式面から固定的に区分するのではなく、流動的に可変するものだと捉えておくのがよいのではないでしょうか。当初は縮小解釈・拡大解釈だったものが、確立することによって定義付け解釈のポジションに移行すると。
 なので、確定した解釈をいまだに縮小解釈の一例として紹介するのは、私にはしっくりきません。

 ちなみに、「背信的悪意者排除論」は4の中の一作業で、「正当な利益」の下位基準のひとつだと理解すればよいと思います。
 これを「正当な利益」そのもの、あるいは縮小解釈と理解するのは正確ではないでしょう。「通行地役権」に関する例の判決のおさまり場所がなくなってしまいますので。

 上位命題   下位基準
 正当な利益 −背信的悪意者排除ルール
       −通行地役権ルール
       −・・・

 なお、「正当な利益」という定式自体は動いていないので、この論点に関してはまだ5・6にはたどり着いていないことになります。
 というか、「正当な利益」という物言いが抽象的過ぎるので、どうとでも中身が決められるということかもしれません。上記の下位基準以外も追加的に納めることができる、開かれた命題といえるでしょう。


 完全な余談ですが、いわゆる判例付き六法の類が、判決要旨を抜き出した上でベタッと横並びで陳列していることには違和感ありです。一応の項目立てはされていますが。
 これは自分で立体的に組み立てるための素材提供にとどまる、と位置づけておけばよろしいでしょうか。

 有斐閣判例六法 令和6年版(有斐閣2023)
 有斐閣判例六法Professional 令和6年版(有斐閣2023)


 さらにこの先、前回の記事で触れた民法511条1項後段のように、確立した解釈が「制定法化」されることでさらなるランクアップがなされることもあります(チャートのスタートに組み込まれる)。

 民法423条の7も、債権者代位権の「転用」と呼ばれていたものが制定法にランクアップした一例ですよね。

民法 第四百二十三条の七(登記又は登録の請求権を保全するための債権者代位権)
 登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産を譲り受けた者は、その譲渡人が第三者に対して有する登記手続又は登録手続をすべきことを請求する権利を行使しないときは、その権利を行使することができる。この場合においては、前三条の規定を準用する。


 ので、いつまでも「転用」呼ばわりするのはおかしい。

【おかしい】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)


 以降の流れは文理解釈のときと同じなので、合流させた形でフローチャートを表現しています。

 前回と今回の、文理解釈・定義付け解釈・反対解釈までを【通常系】の解釈手法として括っておき、以降の【縮小系】と【拡大系】とは区別します。

 なお、一般的な解説書では、文理解釈以外の解釈につき「論理解釈」の名前で括られることがあったりします。
 が、文"理"解釈といいながらそれを「論理解釈」から除外するのはおかしいし、それ以外の解釈も「論理」でひとまとめに括れるほど一枚岩ではないです。勿論解釈なんて特に、論理による解釈などとはいいがたい。

 前回述べた反対解釈について、一般的な解説書におけるポジション取りがおかしいのは、解釈手法の機能に即した分類をせず、一括りにしてしまっているところに原因がありそうです。

 ということで、この「論理解釈」という用語は用いません。
 どうしても、文理解釈とそれ以外を区別したいのであれば、「客観的解釈/主観的解釈」「形式解釈/実質解釈」のほうがよいかと思います。
 もちろん文理解釈は、純潔性が確保されていることを前提としてです。

 次回は【縮小系】の解釈です。

フローチャートを作ろう(その3) 〜縮小解釈(縮小系)
フローチャートを作ろう(その4) 〜拡大解釈(拡大系)
フローチャートを作ろう(その5) 〜慣習法
フローチャートを作ろう(その6) 〜判例法
posted by ウロ at 10:10| Comment(0) | 基礎法学
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