フローチャートを作ろう(その1) 〜文理解釈(付・反対解釈)
フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈
フローチャートを作ろう(その3) 〜縮小解釈(縮小系)
フローチャートを作ろう(その4) 〜拡大解釈(拡大系)
フローチャートを作ろう(その5) 〜慣習法
『判例』なるものについては、当ブログでもしばしばネタにしてきました。
判例の機能的考察(タイトル倒れ)
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
今回は、判例が法解釈のフローチャートとどう絡んでくるか、という観点から検討します(判決と判例は、文脈にあわせて使い分けます)。
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少なくとも、スタートの「制定法」のポジションに入ることはないと考えてよいでしょう。
判決というのは、何かしらの制定法を解釈したものであるはずなので。
もし何らの制定法もないにも関わらず解釈論を展開するならば、裁判官による「法創造」になってしまいます。とはいえ、現実には「法の欠缺領域に一般条項を適用する」ということも行われているわけで、実質、裁判官による法創造とかわらないのでしょうが(おそらく「条理」もこのへんにかかわります。)。
ここでは、そのような実質論ではなく、あくまでもチャート化したらどうなるかという観点から論じています。ので、制定法のポジションには入らない、という整理をしておきます。
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以下、記述が抽象的になりそうなので、具体例として「ホステス報酬源泉徴収事件最高裁判決」(最判平成22年3月2日)を想定しながら記述していきます。
裁判例結果詳細(最高裁サイト)
所得税法 第二百四条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金の支払をする者は、その支払の際、その報酬若しくは料金、契約金又は賞金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。
六 キャバレー、ナイトクラブ、バーその他これらに類する施設でフロアにおいて客にダンスをさせ又は客に接待をして遊興若しくは飲食をさせるものにおいて客に侍してその接待をすることを業務とするホステスその他の者(以下この条において「ホステス等」という。)のその業務に関する報酬又は料金
所得税法 第二百五条(徴収税額)
前条第一項の規定により徴収すべき所得税の額は、次の各号の区分に応じ当該各号に掲げる金額とする。
二 前条第一項第六号に掲げる報酬から政令で定める金額を控除した残額に百分の十の税率を乗じて計算した金額
所得税法施行令 第三百二十二条(支払金額から控除する金額)
法第二百五条第二号(報酬又は料金等に係る徴収税額)に規定する政令で定める金額は、次の表の上欄に掲げる報酬又は料金の区分に応じ、同表の中欄に掲げる金額につき同表の下欄に掲げる金額とする。
上欄 法第二百四条第一項第六号に掲げる報酬又は料金
中欄 同一人に対し一回に支払われる金額
下欄 五千円に当該支払金額の計算期間の日数を乗じて計算した金額(当該報酬又は料金の支払者が当該報酬又は料金の支払を受ける者に対し法第二十八条第一項に規定する給与等の支払をする場合には、当該金額から当該期間に係る当該給与等の額を控除した金額)
(以下では所得税法を「法」、所得税法施行令を「令」と略します)
なお、条文に「ホステス等」と書いてあるので、当記事でも「ホステス」と記述しますが、この言葉には違和感あり。下記記事の「145頁」への指摘として書いたことと同じ趣旨です。
三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
判旨は次のとおり。
(1) 一般に,「期間」とは,ある時点から他の時点までの時間的隔たりといった,時的連続性を持った概念であると解されているから,施行令322条にいう「当該支払金額の計算期間」も,当該支払金額の計算の基礎となった期間の初日から末日までという時的連続性を持った概念であると解するのが自然であり,これと異なる解釈を採るべき根拠となる規定は見当たらない。
原審は,上記4のとおり判示するが,租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではなく,原審のような解釈を採ることは,上記のとおり,文言上困難であるのみならず,ホステス報酬に係る源泉徴収制度において基礎控除方式が採られた趣旨は,できる限り源泉所得税額に係る還付の手数を省くことにあったことが,立法担当者の説明等からうかがわれるところであり,この点からみても,原審のような解釈は採用し難い。
そうすると,ホステス報酬の額が一定の期間ごとに計算されて支払われている場合においては,施行令322条にいう「当該支払金額の計算期間の日数」は,ホステスの実際の稼働日数ではなく,当該期間に含まれるすべての日数を指すものと解するのが相当である。
この判決、表向きの理解としては、令322条の「期間」を《文理解釈》したものとして紹介されます。が、判決では実際にはそれだけで終わらせずに、ホステス報酬源泉の《趣旨》にも触れています。
そうすると、この判決の解釈の型としては、文理に基づき「命題1」を導いた上で、さらに立法担当者の説明等からうかがわれる制度趣旨に基づき「命題2」を導いたものと表現することができます(「命題1=命題2」型)。
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さて、この判決が先行判決として存在することを前提に、後続判決にはどのような影響があるでしょうか。
これが、一般的に『判例の拘束力』として論じられているものにあたります。
この判決が判例として機能する場合には、後続判決においても命題1・2を同じように解釈する必要があります。
後続事案の業務形態が本判決と同じ業務形態であれば、本判決の判例としての射程がそのまま及ぶといってよいでしょう。
他方で、異なる業務形態にまで本判決の射程が当然に及ぶと考えるのは、『判例を一般化しがち』。
『判例は事案との関係で理解すべき』だというならば、本判決と異なる業務形態にも当然に及ぶ、などと考えるべきではないです。
【法6号列挙の業務形態】
・キャバレー、ナイトクラブ、バーその他これらに類する施設で
・フロアにおいて客にダンスをさせ 又は
客に接待をして遊興若しくは飲食をさせるものにおいて
・客に侍してその接待をすることを業務とするホステスその他の者
本判決の射程を理解するのに手がかりとなるのが、ホステス報酬源泉の趣旨を「還付の手数を省く」と述べているところ。
法列挙の業務形態のうち、この趣旨が及ぶかぎりは同じように解釈すべきであるし、そうでなければ及ぼすべきではないと解釈することができます。
本判決を単純な「文理解釈の判例」と理解してしまうと、このような発想がでてこない。同じ条項の同じ文言なのになぜ別意に解する余地があるのか、文理だけでは区分のしようがないでしょう。
が、一般的に説かれている『判例は事案との関係で理解すべき』を正統に実践するかぎりは、判例の射程を分析するにあたっては「事案が同じかどうか」から入るべきです。
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判例の射程を検討するのに、制定法解釈のフローチャートとは別にサブチャートを作成してみてもよいかもしれません。
・事案が同じであればそのまま適用する、それが不当であれば縮小系の解釈にすすむ
・事案が違えば適用しない、それが不当であれば拡大系の解釈へすすむ
あくまでも判例の射程を検討するためのサブチャートであって、本筋は制定法解釈のチャートのほうです。
このサブチャートは、先行判決をどこの解釈手法に入れ込むかを検討するためのものです。
なお、このチャートの形状をみて、マ・クベ氏が搭乗していそうとか、アッザム・リーダー出しそうとか、銘々思うところがあるかもしれません。が、それは『他モビルアーマーの空似』というやつです。
U.C.ガンダムBlu-rayライブラリーズ 機動戦士ガンダム
参照:第18話「灼熱のアッザム・リーダー」
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本来であれば、各業務形態ごとの判決が積み重なることで、本判決が判例として確立していくものだと思います。
が、実務的には、本判決に右に倣えとばかりに、6号報酬はすべて歴日数で計算となるのでしょう。
納税者有利とはいえ、判例を一般化しがちな運用はいまいち腑に落ちない。今回はたまたま納税者有利なだけで、納税者不利な場合にも一般化されるおそれがあります。
有利だろうが不利だろうが、「一般化してもよいか」の検討はしっかりしておくべきです。
とはいえ、さすがに他の条項の「期間」という文言にまで、本判決の『判例としての』射程を広げることはできないでしょう。
せいぜいできるとしたら、本判決から「後から返す手間を減らすため、先に多めに取るのは避ける」という一般命題を抽出し、他の条項にもその命題の趣旨を及ぼす、といったところでしょうか。
なお、「住所」に関して完全なる横流しを敢行したのが「武富士事件最高裁判決」(最判平成23年2月18日)だと、私は思っています。
裁判例結果詳細(最高裁サイト)
ただし、過去の判決を「参照」とだけあって「当裁判所の判例とするところである」とまでは言い切っていません。ので、「判例の一般化」とまではなっておらず、セーフですかね。
なんせ「民集」に登載されていませんし。
なのに、住所につき客観説を採用した判例として崇め奉る風潮には、大変違和感あり。
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「判決」と「判例」の違いについて、解釈の素材にとどまるのが「判決」、命題として扱えるものが「判例」と整理するのがよさそうです。
この区別を前提とすると、『判例を一般化すべきでない』というのは、異なる事案にまで「命題」として扱うべきではなく、あくまでも「素材」として使うべき、と言い換えることができるでしょう。
この説明であれば、武富士事件の最高裁判決は、過去の異なる事案に関する判決を「素材」として参照しただけだからセーフということができますね。のに、本判決をもって、あたかも客観説が判例であるかのように評価するのは『判例を一般化しがち』。
今のところは、客観説的に判断した事例判決がいくつかある、という評価に止めておくべきでしょう。
で、判決が素材として繰り返し使われることで「判例法」と呼ばれることになり、安定した運用がなされるようになれば「判例の明文化」ということで制定法に組み込まれることもあると。
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判例についても慣習と同じく『判例は法源か?』という問いが立てられます。
これについては、素材としての「判決」は法源ではないが、命題化し解釈される側となった「判例」は法源のように機能する、と整理しておけばよいと思います。
なお、慣習と同様、実際の機能を理解することが重要なので、法源と呼ぶかどうかにはそれほどこだわりません。
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「判決」の解釈についても、「制定法」の解釈と同じように【縮小系】や【拡大系】といった様々な手法が想定できるはずです。が、そのことを明示的に論じている書籍の存在を存じ上げておりません。
ので、さしあたり思いついたものだけ列挙しておきます。
【縮小系】
・事案は同じようにみえるが、よく分析すれば違う事案なので射程は及ばない。
・事案は同じなので射程は及ぶが、命題が広すぎるので本件では狭めて適用する。
【拡大系】
・事案は違うようにみえるが共通要素があるので適用する。
・事案が違うが、似ているので適用する。
・事案は同じなので射程は及ぶが、命題が狭すぎるので本件では広げて適用する。
・判決から一般命題を抽出して本件に適用する。
事案(≒要件)と命題(≒効果)のそれぞれが、縮小・拡大の対象となるということです。
判決の構成要素:事案→命題
今後、先行判決を判例として引用している判決を読むにあたっては、このあたりを気にしながら読んでみることにします。
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以上、6回にわたって解釈手法ごとに検討をすすめてみました。
が、あくまでも「法解釈をフローチャート化する」という側面からの分析に留まります。フローチャート上にどのように表現したら思考過程にそった形になるか、という観点からのものにすぎません。
ので、今回作成したフローチャートも完成品ではなく、暫定版として都度見直しの対象となります。(完)
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