2021年07月05日

多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)

※2024年に第2版がでるそうです。以下は初版(2021)の書評

 私個人は国際私法の入門書を読むような学習段階にあるわけではないのですが。

 図表やらフローチャートが豊富だったので、法学入門書ソムリエとしては嗜んでおく必要があるかと思いまして。

多田望ほか「国際私法 第2版 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2024)


 確かに、個々の単位法律関係ごとの解説については、逐一具体例と図表・チャートで説明してくれているので非常に理解しやすい。
 文章も、一読して意味が取りにくいようなところはあまり見当たらない。
 初学者が誤解しがちな箇所を指摘してくれたりも親切。

 通則法の内容、実質法とはかなり異なるので、どうしても馴染めないという人がいるかと思います。
 そういう人にとっては、本書はとてもありがたい存在になるはずです。
 
 ちなみに、これと同じノリなのが『簿記』。
 資産と費用が同じ左側とか、どうにもしっくりこない人がいるんじゃないかと(私もかつてそのクチでした)。


 が、「国際私法の」「入門書」としてこれでいいのか、と思わないでもない箇所が。
 以下、順不同で列挙していってみます。

※なお、税法とは違って、あくまでも国際私法ド素人である法学入門書嗜み屋の感想にすぎません(予防線)。


 帯に『なおかつコンパクト!』とか書いてあるのですが、通則法の条文が巻末付録とかで載っていない。
 ので、結局のところ重たい「小型六法」(形容矛盾)を別途持ち歩かなければならないです。

 「いまどきはそれくらいスマホで見ろよ」ということならまだいいのですが、「重たい小型六法も買えよ」だとしたらコンパクトの意味がない。


 いわゆる「狭義の国際私法」しかのっていません。のに、税込2,530円は強気の値段設定。

  「国際私法」(広義)
   ○ 国際私法(狭義)
   × 国際民事手続法
   × 国際取引法

 国際私法の本でどれか一冊だけ買うなら、といわれたら、お値段同等でカバー領域が広い他書をおすすめしてしまいますよね。

 神前禎「プレップ国際私法」(弘文堂2015)
 沢木敬郎ほか「国際私法入門 第8版」(有斐閣2018)
 神前禎ほか「国際私法 第4版」(有斐閣2019)
 松岡博「国際関係私法入門 第4版補訂」(有斐閣2021)

 本書をオススメするとしたら、どうしても他書では通則法の内容が理解できなかった人くらいになってしまいます。


 「国際民事手続法」の記述がないのですが、せめて『裁判管轄』の説明くらいはしたほうがよいのではないでしょうか。

 本書は、事例が豊富なのはいいのですが、どこの裁判所に提起しているのかが明記されていないので、どうも地に足がつかない感じがしてしまいます。
 そもそもの大前提として、日本の通則法が適用されるのはあくまでも日本の裁判所でだけ、ということも明記されていませんし。

 5条・6条の解説に限っては、行きがかり上裁判管轄の説明がされています。が、唐突感が否めません。
 これら条項の特殊性を理解するにも、通常の裁判管轄の説明はしておいたほうがよいはずです。


 事例における日本以外の国名が「オレンジ国」「レモン国」などといった、架空でありながら特定の国名になっています。
 ではあるのですが、各事例で同一の「オレンジ国」等を想定しているわけではありません。そのため、同じ国名が出てきたら、先の事例で作ったその国のイメージを逐一無かったことにする必要があります。
 だったら、甲国、乙国のような抽象名のほうがまだましです。

 また、A、Bといった当事者の絵がなぜか「猫」なんですが、こちらも各事例共通の同一人物をさしているわけではありません。

銀河鉄道の夜 [Blu-ray]
 ↑このような擬人化ですらなく、通常の猫姿です。

 どこの裁判所でやっているのか不明ということともあいまって、次から次へと出てくる事例がなかなか入ってこない。その都度、前の事例のイメージをリセットしなければならないので。

 特定の国名でやるならば、各国の法文化やらの舞台設定を統一したほうがよいのではないでしょうか。同じく、登場人物のキャラ設定も固定するとか。
 大垣尚司先生が会社法の教科書で実践されているのが、よい例です。

大垣尚司「金融から学ぶ会社法入門」(勁草書房2017)

 なお、佐藤英明先生の所得税法の教科書は、「大量の事例」と「大量の変な名前の当事者」の組み合わせ。

佐藤英明「スタンダード所得税法 第3版」(弘文堂2022)


 「サビニャー先生」という猫の人が、各所でやや発展的な問題に触れています。
 が、口調がなぜか「オネエ言葉」と「ですます調」のハイブリッド。

 どちらかに統一したほうがよいのでは。


 第2章で重国籍者・無国籍者、反致、公序などのいわゆる「総論」領域の事項が扱われています。
 が、1冊目の入門書ならば、これはうしろにまわすか各論に溶け込ませたほうがよいのでは。

 反致とか、「行き」のルールを十分に学ぶ前から「帰り」のルールを学ばせるとか、どう考えても変ですよね。まあ、転致とか間接反致に一切触れていないのは、潔くてよいと思いますが。

 入門書段階で、総論と各論を分ける必然性は全くないはずです。「範囲は狭いが値段が高い」というハンディキャップにもかかわらず、「指定教科書として採用されたい」という下心ゆえんのものでしょうか。

法学研究書考 〜部門別損益分析論


 「フローチャート」が本書の売りのひとつになっていて、たしかに個々の制度の判断過程はわかりやすくなっています。
 が、5条と35条を連結させたフローチャート(173頁)がどうもおかしい。

 自分でもフローチャートを作成してみたりしたのですが、長くなりすぎたので次回に別記事として検討します。

法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論

○147頁
 「旅行中にアクセサリーをなくしてしまって、それを見つけた人ともともと持っていた人の間でどちらが所有者なのかで争いとなったとしたら、実際にそのアクセサリーが所在している国の法でどちらに所有権があるのかを決めることになります。」

 『論点飛びつき思考』の典型例。

 なくした人A、見つけた人Bとすると、この事例で最初に検討しなければならないことは、Aがアクセサリーの所有権を過去取得したか、と、Bが見つけたことによって所有権を取得したか、です。
 そしてこれらはそれぞれ、Aが取得したときの所在地法、Bが見つけたときの所在地法により決まります。

 現在の所在地法の出番があるのは、AなりBに所有権があるとされたあと、その所有権者が相手方に対しどのような物権的請求権を行使できるかを決める段階です。「先に1項の説明をしたい」という思いが先走ることで、本来先に検討すべき2項のあてはめが抜け落ちてしまっています。
 本書は、多数の事例が挙げられていることから《事例思考》を展開しているかのようにみえます。が、実際のところは、このような《条項順列思考》です。事例にあわせて条文をあてはめるのではなく、条文にあわせて事例をあてはめている。

 通則法13条の1項・2項がこの順番になっているのは、まず物権の得喪以外について述べてから、得喪は別ルールを適用する、という構成になっているからです。
 事例において検討すべき順番とは、何らの連関もありません。
 逐条解説(逐項解説?)でもあるまいし、事例をベースに通則法の解説をするというならば、1項→2項の順番で説明する必要はまったくないはずです。

 なお、誤解してはいけないのは、物権の準拠法につき、1項が「原則」で2項が「例外」なわけではありません。2項が得喪のルール、1項がそれ以外のルール、と、いわばそれぞれが原則ルールであって「原則・例外」の関係にはありません。

 そもそも、全体の章立てを通則法の単位法律関係ごとに分断していること自体、入門書として相応しいとは思えません。
 やはり指定教科書としての採用を狙ってのことでしょうか。豊富な図表・フローチャートから受ける見かけの印象とは違って、どうも入門書としての役割に振り切れていない印象を受けます。


 もしも《抵触法的思考》というものがあるのだとしたら、それを身につけるために最初の学習段階でやるべきことは、当該事例からもれなく法律関係を取り出し、それらすべてに(被りなく)通則法上の単位法律関係を貼り付けていくことです。
 問題となっている論点だけ準拠法を決めればいいのではありません。

 当事者間で争いがない箇所なんて気にしないでいいでしょ、というのかもしれません。
 が、それが許されるかどうかそれ自体も準拠法を選択しなければ判断できないことです。
 実質法レベルの同意と抵触法レベルの同意は別物です。

 そもそも、本書第1章の一番最初の事例(5頁)からして、「未成年者であることを理由に契約取り消しができるか」ということしか問題としていません。「契約」の準拠法選択がすっ飛ばされています。
 第1章は「行為能力」の章ではなく、準拠法選択の全体構造を説明する章であるにも関わらずです。

 また、「離婚」(51頁)の準拠法を検討するには、その前提として「婚姻」が成立しているか、その準拠法をみる必要があります。当事者間では離婚しか争われていないから婚姻の準拠法は検討しなくていい、なんてことにはなりません。

 こういった複数の単位法律関係の重畳構造に関する説明が、抜け落ちてしまっているんですよね。
 この手の、全体構造の記述がごっそり抜け落ちる所作、どうも「分担執筆あるある」ではないかと邪推をしています。「総論の総論」を担当する人が、誰もいなくなる。合成の誤謬的な。

 本書では、単位法律関係ごとに事例があるので、個々の制度の理解はしやすくなっています。
 が、その事例はあくまでもひとつの単位法律関係かぎりでしか使われていません。
 上述した物権の例なんか、同じ条数でも1項だけに触れて2項には触れないとか。

 標語的にいえば「1事例1単位法律関係」どまり。
 ひとつの事例に複数の単位法律関係が潜んでいて、これらをそれぞれ切り出さなければならない、という視点が身につかない。ひとつ取り出したらそれでお終い。
 この調子でどれだけ大量の事例を検討していっても、複合問題を解けるようにはならない。

 確かに、一定程度学習が進んだ段階でならば、論点飛びつきで時間を省略するのも有りです。
 が、学習の最初の段階では、争いがない箇所も含めてもれなく法律関係を切り出す、という作業を徹底すべきです。
 「当たり前のことは触れない」は入門書では禁じ手、というのが入門書ソムリエとしての見解。

【通常事例思考】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)

 そしてそのためには、民法の構造(物権、債権、能力など)を理解し、その構造にしたがってどのように法律関係を切り出すかを訓練すべきです。
 ただし厄介なのは、そこでいう「民法」は日本民法にとどまらず、全世界の民法の最大公約数的な理解を要求されるということです。ついつい日本民法に引きつけて理解したくなる贔屓の引き倒しを、意識的に排除する強い公平心が求められる。
 と同時に、その切り出し単位はあくまでも「日本の」通則法が基準になるという、綱渡りのような・アンビバレントな判断を要求されます。日本語で書かれた日本の通則法の解釈なのに、日本の実質法的考慮が流れ込むのをせき止めなければなりません。
 通則法が「法律行為」「意思表示」なんて用語を使っているの、いかにも《誘っている》わけですが、これら誘惑に徹底的に抵抗しなければならない。

 こういった、抵触法特有の視点の獲得を目指すのが国際私法の入門書の役割だと、私は思うのですが。


 上述した「離婚」の例を書いていて思ったのですが、「時的視点」が欠けているというのも本書にしばしば見られる傾向です。
 制度解説の行きがかり上、条文に書いてあるかぎりでは解説されているのですが、そうでない箇所は触れられていないように見受けられます。

 「離婚」のところでいうと、前提となる婚姻の準拠法は婚姻時の、離婚の準拠法は離婚時の、といったように時点がズレます(正確には裁判離婚なら事実審の口頭弁論終結時とかですが)。
 のに、本書にはそのような記述がない(この説によらないにしても基準時の説明は必要でしょう)。

 国際私法を学習することの醍醐味は、地理的・人的・物的・時的・事項的・文化的にバラバラな法をあるがまま公平に受け入れようとする建前(理想)と、それらをどうにかして国内法に引きつけて一本化・単純化しようとする本音(下心)との相克に、どう折り合いをつけるかを学べるところにあるのだと、個人的には感じています。
 
 そういった観点からすると、本書の内容は足りていない。

○37頁
 配分的適用における双方的要件の例として、「近親婚の禁止」をあげるのは相応しくないのでは。

 たとえば、AB間が4親等だとして、
  Aの本国法 2親等以内禁止
  Bの本国法 3親等以内禁止
の場合にどうなるかというと。

 仮に近親婚の禁止が「一方的要件」だったとしても、BがBの本国法を満たさないから婚姻できない、と判断できます。
 わざわざ「Aが」Bの本国法を満たしていないことをいう必要はありません。
 親等数というものは通常、AからみようがBからみようが変わるわけではないからです。

 もし違いがでるとしたら、親等の数え方が向きによって違うとか、性別によって要求される親等が違うなどといった場合でしょう。すくなくとも本書記載の事例でみるかぎり、一方的要件と双方的要件との違いは出ません。

 以下、一方的要件/双方的要件についてあれこれ書いていたのですが、こちらも長くなりそうなので、次々回にまわします。

双方的要件は準拠実質法を駆逐する。 〜婚姻成立の準拠法

○178頁
 入門書とはいえ、これから国際私法を勉強しようという段階の人に向けて、わざわざ法人を「ロボット」に喩える必要がありますかね。

 そのせいで、一旦ロボットで考えてからそれを法人に置き換えるという、余計な思考移動を強いられます。
 《卑近な喩えが余計に理解を遠ざける》という、「入門書あるある」のひとつのように思います。


 といった感じで、本書はあくまでも通則法上の個々の制度の解説がメイン。
 そのかぎりではとてもわかり易いものに仕上がっているのは確かです。
 
 が、はしがきにある「国際私法についてワクワクする思いをみんなと一緒に共有したい」というのはどうかと思う。
 学問としての面白さを感じる箇所があるようには思えません。英語学習における、単語と文法をひたすら覚える段階に近いです(卑近な喩え)。
 それらを使いこなして会話をしたり長文を読み書きしたり、という段階には届いていない。いくら工夫を凝らした優れた学習書であっても、単語と文法だけを覚えてワクワクはしないでしょうよ(ただし、単語マニア、文法マニアの存在を否定するものではありません)。

 また、架空国家の架空猫ちゃん間の事例では、現実のひりつくような国際民事紛争を疑似体験するには程遠い。
 まるまる一章つかって「子の連れ去り」に関する制度の説明をしているのはよいのですが、架空国家の架空猫ちゃん間の事例で説明したのでは、ふざけているように思えてしまいます。


 この点、石黒一憲先生の教科書が、いきなり読んでもほとんど理解できないながら、知的好奇心を刺激されるのとは対照的。
 まるで理解できないものの、面白いことが書かれていることだけは感じ取れるという。そして、これを理解したいがために、まずは基礎からちゃんと勉強しようという気になる。

 石黒一憲「国際私法 第2版」(新世社2007)

 こういう面白い本を読めるようになるための素地づくり、として本書を位置づけるならば、とても優れた本だと思います。

 が、本書を読むことで考える力が身につく、というのだとしたら言い過ぎ。考える力を身につけられるようになる前段階の基礎体力づくり、というのが正しい評価だと思います。


 以上、国際私法ド素人の私にここまでのツッコミを書かせるというのは、ある意味で『考える力を養おう』『自分から学びを深めよう』という帯の宣伝目的に適っているかもしれない。
 あくまでも、私がいうところの「アクティブ・ラーニング」としてではありますが。

【アクティブ・ラーニング系】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社 2018)
アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民まとめ)


 あれこれ論難しているものの、これら難癖の淵源は、やはり「入門書」という自己規定と「価格設定」にあるように思えます。

 対比するのにちょうどいい感じなのが、以下の本。

法制執務・法令用語研究会「条文の読み方 第2版」(有斐閣2021)

 1,000円未満の価格設定ながら、法令用語のお作法が網羅されています。
 これを読んだところで、法令用語について「ワクワクするような思いをみんなと一緒に共有」できたりはしません。とても通読に耐えられる内容ではない。

 ではありますが、法令用語のお作法は、法解釈論を展開するにあたっては必須の知識です。必ず一度は頭に叩き込んでおかなければなりません。
 それがこのお値段でコンパクトにまとめられているので、「供え本」とするに相応しい。

供え本(法学体系書編)

 本書も、これと同価格帯で、条文と事例をひたすら列挙するだけのインデックスものであったならば、私もここまであれこれ言うこともなかったんじゃないですかね。
posted by ウロ at 09:40| Comment(0) | 国際私法
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