2021年05月31日

珍奇な新規 〜人材確保等促進税制における「国内新規雇用者」について(令和3年度税制改正)

 法解釈フローチャート作成の途中ではありますが、条文出揃ったので例のヤツ検討しておきます。


 散々おイジりあそばせてきた「継続雇用者」概念。令和3年度改正で無事お亡くなりになりました。
 ブログネタをご提供いただきありがとうございました。

【所得拡大促進税制(令和3年度改正前)】
税務における事前判断と事後判断 〜所得拡大促進税制の適否判定(また改正するので)
武器としての所得拡大促進税制 〜労働者にとっての。
ここがヘンだよ所得拡大促進税制 〜委任命令におけるゆらぎとひずみ
さらば所得拡大促進税制(Arrivederci) 〜評判良ければ続くやつ

 ところが令和3年度改正では、性懲りもなく、新たに「国内新規雇用者」なる概念を産み出しています。
 例によって判定の仕方が怪しいので、以下検討します。

 ブログネタをご提供いただきありがとうございます。


 なお、「中小企業版」の所得拡大促進税制については、この珍奇概念は利用せずに、単純に前期→当期の雇用者給与支給額での比較になっています(要件ごとの助成金を含む・含まないの見極めは必要ですが)。

 計算の仕組みをみるかぎり、ほとんどの中小企業は中小企業版を使うことになるはずです。そうだとすると、この珍奇概念の直接的な影響を受けるのは中小企業版を受けられない法人ということになります。


 まずは、検討事項を限定します。

 「人材確保等促進税制」の要件検討にあたって、気をつけなければならないこととしては他にも、
  ・一般被保険者だけかどうか
  ・役員等の除外者に該当しないか
  ・雇用安定助成金額を控除するか
  ・0円の場合はどう判定するか
などがあります。
 が、今回はあくまでも「国内新規雇用者」の『新規』の部分のみに絞って検討を加えます。

 また、現時点では、イジりの対象になりうる『令和3年度 改正税法のすべて』がまだ出ていません。
 ので、条文のみが検討の対象となります。

 ちなみに、今回は正面から「労働基準法」を絡めた概念規定をしているので、たぶんまた変なことを書いてくれるはずです。


 今回の検討事項に関わる箇所に絞って、大胆に省略しつつ条文を列挙します(租税特別措置法、同施行令、同施行規則)。

法 第四十二条の十二の五(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)
1 青色申告書を提出する法人が、平成三十年四月一日から令和五年三月三十一日までの間に開始する各事業年度において国内新規雇用者に対して給与等を支給する場合において、(略)

3 この条において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
二 国内新規雇用者
 法人の国内雇用者のうち当該法人の有する国内の事業所に勤務することとなつた日から一年を経過していないものとして政令で定めるものをいう。
五 新規雇用者給与等支給額
 法人の適用年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内新規雇用者に対する給与等の支給額をいう。

令 第二十七条の十二の五(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)
3 法第四十二条の十二の五第三項第二号に規定する政令で定めるものは、当該法人の国内雇用者のうち国内に所在する事業所につき作成された労働者名簿(労働基準法第百七条第一項に規定する労働者名簿をいう。)に当該国内雇用者の氏名が記載された日として財務省令で定める日(次項において「雇用開始日」という。)から一年を経過していないもの(次に掲げる者を除く。)とする。(略)

規 第二十条の十(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)
2 施行令第二十七条の十二の五第三項に規定する財務省令で定める日は、当該法人の国内に所在する事業所につき作成された同項に規定する労働者名簿にその氏名が記載された同項各号列記以外の部分に規定する国内雇用者の労働基準法施行規則第五十三条第一項第四号に掲げる日とする。


 以下では、条数を省略して、法・令・規のそれぞれ項・号で特定します。
 なお、私が財務省サイトの新旧対照表を閲覧した時点では規2の冒頭が「施行令第二十七条の十二の四の二第三項に規定する」となっていましたが、これはアレですか。一太郎濡れ衣騒動のひとつ?

 あわせて労働基準法、同施行規則も。

法 第百七条(労働者名簿)
1 使用者は、各事業場ごとに労働者名簿を、各労働者(日日雇い入れられる者を除く。)について調製し、労働者の氏名、生年月日、履歴その他厚生労働省令で定める事項を記入しなければならない。
2 前項の規定により記入すべき事項に変更があつた場合においては、遅滞なく訂正しなければならない。

規 第五十三条
1 法第百七条第一項の労働者名簿(様式第十九号)に記入しなければならない事項は、同条同項に規定するもののほか、次に掲げるものとする。
一 性別
二 住所
三 従事する業務の種類
四 雇入の年月日
五 退職の年月日及びその事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)
六 死亡の年月日及びその原因



 国内新規雇用者の定義部分を並べると次のとおり。
 枝葉を落として『新規』にかかわる部分のみ抽出します。


 国内の事業所に勤務することとなつた日から一年を経過していないものとして政令で定めるもの

 国内に所在する事業所につき作成された労働者名簿に当該国内雇用者の氏名が記載された日として財務省令で定める日から一年を経過していないもの

 施行令3に規定する財務省令で定める日は、国内に所在する事業所につき作成された同項に規定する労働者名簿にその氏名が記載された国内雇用者の労働基準法施行規則第五十三条第一項第四号に掲げる日

 これ、ちゃんと委任の枠内に納まっていますか?
 さらに削ぎ落としてみるとこうなります。

  法 勤務することとなつた日
  令 労働者名簿に氏名が記載された日
  規 労働者名簿の雇入日

 法では「実態」としての勤務開始日を要求しているのに対して、令は名簿への氏名記載日、規は同名簿の雇入日とそれぞれ別の日を指定しているように読めます。
 法と規は、同じものの実質/形式で対応しているようにもみえますが、そうすると令は何だっていうんですか。

 規の読み方として、「記載された」という文言が、
  A 氏名が記載された「国内雇用者の雇入年月日」
と、雇入年月日にかかると読むか、あるいは、
  B 氏名が記載された国内雇用者の「雇入の年月日」
と、年月日にはかからないと読むか、いずれでしょうか。
 Bであれば、法・規は同じものの実質で完全一致することになります。

 言い回しだけからすれば、Bが素直な読み方にも思えます。
 が、実質判断でよいのであれば「勤務を開始した日」と直接いえばいいのであって、わざわざ労働基準法施行規則をかます必要はあるでしょうか。


 仮に、雇入日を間違えて記載してしまった場合、実質と形式どちらで判断するのか。

 「継続雇用者」のときは、労働基準法24条2項違反な支給を認めちゃっていたくせに、労働者名簿は必ず真実に従って記載されていることを前提としているのでしょうか。
 ちなみに、違反時の法定刑はどちらも同じです(労基法120条1号)。

 たとえばですけど、実際は3/1が勤務開始日なのに、3/5に労働者名簿を作成し、そこに間違えて雇入日を3/10と記載してしまった場合、いつが起算点となるのでしょうか。

  勤務開始日 3/1
  氏名記載日 3/5
  記載雇入日 「3/10」(3/5に記載)

 法・規については、上記A読みならば3/1と3/10でズレる、B読みならば3/1で一致ということになります。
 他方で、令では3/5です。

 あるいは、雇入日は勤務開始日に正しく記載したものの、氏名の正式な漢字が分からなかったので、氏名欄だけ空欄の労働者名簿を作成しておいて、後日氏名を追記した場合はどうか。

  勤務開始日 3/1
  氏名記載日 3/15
  記載雇入日 「3/1」(3/1に記載)

 法・規はABいずれでも3/1で一致します。
 他方で、令はあくまでも「氏名」の記載日なので3/15となります。

 このような疑問はあるものの、以下ではすべて同日であるとして話をすすめます(記述は常識的にそぐう「勤務開始日」で代表させます)。


 では、勤務開始日を起算点とした1年経過の判定日はいつになるのでしょうか。

 当然に「事業年度終了日」なのかと思ったんですが、条文上ははっきりと書かれていません。
 ので、可能性としては「各支給日」(または各締日)ごとに判定することも考えられます。 

 事例で考えてみましょう。

【事例1】
 ・3月決算
 ・給与〆日末日・翌月10日支給
 ・給与は支給時に損金計上
 ・Aさん 勤務開始日 2021年3月1日
 ・適用年度 2022年3月期

 「事業年度終了日」で判定するとどうなるか。

支給日計上.png


 事業年度終了日である2022年3月31日時点では、勤務開始日から1年を経過しているため新規雇用者に該当しません。
 他方で、前年度では、2021年3月31日時点で1年未経過のため比較新規雇用者に該当します。しかし、初回支給日が2021年4月10日となるため、前年度中の比較新規雇用者給与は0円となります。
 ので、Aさんの給与は、前年度も適用年度も新規雇用者給与にカウントされません。


 なお、前年度の比較新規雇用者給与が「0円」の場合は、2%増要件満たせないと令22項に書いてあります。とすると、前期の新規給与が0円だと、適用年度になってどれだけ大量採用したとしても適用は受けられないということになってしまいます。

 『前期はコロナの影響もあって新規採用を停止していたけど、今期はどんどん採用していくぞ!』の場合に適用できないという罠。
 3月決算の会社なんてもう手遅れよ。初年度適用は諦めろということですか。

 新規採用を促進する特例じゃないんですか、これ。
 教育訓練費みたいに、0→0はダメだけど0→1はOKとなっていないんですよね(令24項)。

 この事例の場合にかぎっては、前期決算が確定する前であれば、給与の計上時期を支給日から締日に変更することで、0円不可ルールを回避することが考えられます。
 が、締日計上に変更すると前期に13ヶ月分の給与が計上されてしまうので、増加率要件を満たせなかったり、仮に満たせたとしても控除額が少なくなったりするといった問題が生じます。

 なお、中小版にも「0円不可ルール」はありますが(令23)、全体での比較なのでまだましです。
 新規じゃなくても、誰かしら支給を受けていればいいので。

 前期が役員等しかいない場合はダメですが。


 では、「支給日」ごとで判定するとどうなるか。

 この場合は、2021年4月10日から2022年2月10日までに支給を受けた給与が新規雇用者給与となります。
 とはいえ、こちらも前期支給額は無しなので、「0円不適用問題」は解消されません。

【事例2】
 【事例1】で、損金算入時期が「締日」だった場合はどうでしょうか。

締日計上.png


 「終了日判定」の場合は、当然のことながら、新規雇用者に該当するかどうかは【事例1】と同じです。前期は新規該当、当期は新規非該当になると。
 が、前期中に2021年3月分給与が締日計上されているので、同給与が比較新規雇用者給与となります。ゆえに、0円不適用問題は回避できます。
 ではありますが、Aさんは当期新規非該当なので、増加率要件を満たすには、他の人が新規で入る必要があります。「継続雇用者」と違い、同じ人である必要がないのが救いですね。


 「締日判定」の場合は、2021年3月分給与から2022年2月分給与までが1年未経過となります。
 で、2021年3月分給与が前期、2021年4月分給与〜2022年2月分給与までが当期の新規雇用者給与となります。

 結論的にはこれが素直な帰結のような気がしますが、これを条文解釈として導けるものなのかどうか。


 上記事例からすると、「終了日判定」では「とにかくご新規を増やせ」という趣旨を促進できていないですよね。Aさんが当期の新規雇用者ではなくなってしまうわけで。

 また、「支給日判定」でも、勤務開始日・締日・支給日の組み合わせによっては12ヶ月目の給与が抜けてしまうことになってしまいます。
 もちろん、前期・当期の比較に使うものなので、抜けることが必ずしも不利になるわけではありません。前期・当期とで同じルールで集計することが、比較要件では重要です(ので、前期・当期で給与の計上ルールが違う場合にそのまま集計していいのかどうか)。

 とはいえ、上記事例はやはり変です。

 ので、「締日判定」とするのがよさそうです。
 ただし、上記事例では、《初日入社・末日締日・締日計上・締日判定》と、条件をきれいに揃えていたから、単純に集計できました。
 が、これらがズレたときにどうなるか・・・、ちょっと考えるのはやめておきます。


 あとひとつだけ、「退職」した場合はどうなるか。

 「継続雇用者」のときは、24ヶ月支給が要求されていたせいで、結果としてそれら支給を受けられる期間の在籍が要求されていました。
 他方で、「新規雇用者」については、在籍要件が明記されているわけではありません。

 この点、
  終了日判定=終了日在籍
  支給日判定=支給日在籍
   締日判定=締日在籍
と、判定時点と在籍要件が連動しそうですが、必ずしもそうとは限りません。

 ここで効いてくるのが労働者名簿の「雇入年月日」。
 退職したとしても労働者名簿を廃棄しないかぎりは記載された雇入日は残っているわけです。

労働基準法 第百九条(記録の保存)
 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない


労働基準法施行規則 第五十六条
1 法第百九条の規定による記録を保存すべき期間の計算についての起算日は次のとおりとする。
一 労働者名簿については、労働者の死亡、退職又は解雇の日


 ので、終了日判定の場合であっても、退職者も含めて記載された雇入日から事業年度終了日までで1年経過しているかどうかで判定する、ということも考えられます。
 また、終了日在籍を要求してしまうと、「継続雇用者」のときと同様、事業年度が終了するまで誰が集計対象者かが決まらない、という問題が生じてしまいます。

 とすると、終了日判定の場合でも、記載雇入日〜事業年度終了日で1年経過しているかを判定し在籍要件は要求しない、とするのが簡明でよさそうです。


 「支給日判定」「締日判定」の場合はイコールでもよいでしょうか。

 が、イコールだからといって問題がなくなるわけではありません。
 たとえば最後の支給日時点では退職している場合、支給日在籍を要求してしまうと、最後の給与が対象から外れてしまいます。退職日と同日に最後の給与を支給した場合にしか含められないことになってしまいます。
 これが退職ではなく、海外事業所に転勤とかでも同じことです。国内最後の給与が支給された時点では非居住者になっていた場合にどうなるのか。

 これらのことからすると、どこか後の時点で新規国内雇用者であることを判定するのではなく、勤務開始日から1年経過するまでの勤務期間の対価であれば含まれる、と考えるのがよさそうです。
 条文に、1年の起算点だけあって後ろが書いていないのは、そういう趣旨ですか?

 ただ、雇入年月日から1年とだけあって、「1年経過後の最初の締日」などではないので、厳密には「日割り」の問題がでてきます。必ずしも、入社日と締日がきれいにそろうわけではない。
 ここはさすがに、締日単位で集計することになるのかどうか。


 なお、支給額を集計する際には、国内事業所作成の「賃金台帳」に記載されているか、という枠がハメられています。
 退職・海外転勤の場合も、そのことゆえに集計対象外となるのではなく、「賃金台帳」から外れたことにより集計対象外になるということでしょう。

 ・勤務開始日から1年以内で、かつ、
 ・国内事業所作成の賃金台帳に記載されている

 ここでも「賃金台帳」という労働基準法上の道具をお借りしてしまっているわけですが、この点も気になるので一応軽く触れておきます。

法 第四十二条の十二の五 3項
九 国内雇用者 法人の使用人(略)のうち当該法人の有する国内の事業所に勤務する雇用者として政令で定めるものに該当するものをいう。

令 第二十七条の十二の五
18 法第四十二条の十二の五第三項第九号に規定する政令で定めるものは、当該法人の国内に所在する事業所につき作成された労働基準法第百八条に規定する賃金台帳に記載された者とする。



 国内の事業所に勤務する雇用者として政令で定めるもの

 当該法人の国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に記載された者

 法では国内勤務を要求しているのに対して、令では国内事業所作成の賃金台帳に載っていればいいことになっています。「国内勤務者であって政令で定めるもの」ではなく、「国内勤務者として政令で定めるもの」という書き方なので、令が法を上書きすることになります。

 これが委任の範囲におさまっているのか疑問はあります。が、令を額面通りに受け取るならば、非居住者であっても国内事業所で賃金台帳を作成してさえいれば対象になるということになります。

 あくまでも「労働基準法108条に規定する」賃金台帳であって、日本の労働基準法が適用されない労働者の賃金台帳は同条の賃金台帳ではない、とでもいうのでしょうか。


 以上、疑問は残ったままですが、さしあたりはここまで。
 あくまでも、条文だけを読んだかぎりでの推測どまりです。

 特に措置法上の新規概念なんて、通常の法解釈のお作法が通用しにくいところなので、上記解釈がことごとく的外れであっても、驚きません。
 そういう限度のものとして、お読みいただければ。

 ・措置法通達
 ・『令和3年度 改正税法のすべて』
 ・経済産業省、中小企業庁のハンドブック

あたりが出揃って、なにか突っ込みどころがあれば続編を書きます。
posted by ウロ at 10:24| Comment(0) | 法人税法
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