2021年06月07日

珍奇な新規(続) 〜『人材確保等促進税制御利用ガイドブック(令和3年5月31日公表版)』

 前回記事をアップした5/31と同じ日に、経済産業省の「ガイドブック」「Q&A集」がでてました。

珍奇な新規 〜人材確保等促進税制における「国内新規雇用者」について(令和3年度税制改正)

賃上げ・生産性向上のための税制(経済産業省)

 今まで「ご利用」だったのが「御利用」になったのは、何か理由があるのでしょうか。
 P.1の「ご覧下さい。」はひらがなのくせに。

 それはさておき、前回いくつかあげた疑問のうち、回答となっているのは「支給日判定」という点だけでした。
 それ以外は条文をなぞっただけ。

 ということで、「ガイドブック」をベースに、前回記事に関わる部分の検証をしていきます。

 以下、頁数は「ガイドブック」のもの、「A○○」は「Q&A集」のものを指します。
 また、前回同様、条数を省略して、法・令・規のそれぞれ項・号で特定します。
  法 第四十二条の十二の五 3項
  令 第二十七条の十二の五 
  規 第二十条の十 2項


P.3
国内雇用者とは
 法人の使用人のうちその法人の有する国内の事業所に勤務する雇用者で国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に記載された者をいいます。


 前回述べたとおり「国内勤務」は要件ではありません。令の「賃金台帳」で上書きされてしまっているので。

法九 国内雇用者
 法人の使用人(略)のうち当該法人の有する国内の事業所に勤務する雇用者として政令で定めるものに該当するものをいう。

令18
 法第四十二条の十二の五第三項第九号に規定する政令で定めるものは、当該法人の国内に所在する事業所につき作成された労働基準法第百八条に規定する賃金台帳に記載された者とする。


 A24には、その旨書いてあります。
 ので、国内勤務が要件であるかのようなガイドブックの書きぶりは誤解を招く。
 法の「雇用者として」を勝手に「雇用者で」に変換してしまっているのが問題。

P.3
国内新規雇用者とは
 法人の国内雇用者のうち、当該法人の有する国内の事業所に勤務することになった日(労働基準法第107条に規定する「労働者名簿」に氏名が記載された日)から1年を経過していない者をいいます。


 令どまりで、なぜか規の「雇入の年月日」が反映されていません。

法二 国内新規雇用者
 法人の国内雇用者のうち当該法人の有する国内の事業所に勤務することとなつた日から一年を経過していないものとして政令で定めるものをいう。


3 法第四十二条の十二の五第三項第二号に規定する政令で定めるものは、当該法人の国内雇用者のうち国内に所在する事業所につき作成された労働者名簿(労働基準法第百七条第一項に規定する労働者名簿をいう。)に当該国内雇用者の氏名が記載された日として財務省令で定める日(次項において「雇用開始日」という。)から一年を経過していないもの(次に掲げる者を除く。)とする。(略)

規 
2 施行令第二十七条の十二の五第三項に規定する財務省令で定める日は、当該法人の国内に所在する事業所につき作成された同項に規定する労働者名簿にその氏名が記載された同項各号列記以外の部分に規定する国内雇用者の労働基準法施行規則第五十三条第一項第四号に掲げる日とする。


労働基準法施行規則 第五十三条
1 法第百七条第一項の労働者名簿(様式第十九号)に記入しなければならない事項は、同条同項に規定するもののほか、次に掲げるものとする。
四 雇入の年月日



 また、法・令の繋げ方が、上記『国内雇用者』の定義の書きぶりとは違って、こちらでは令を(カッコ)に入れています。
 この不揃い感、どういうつもりなんでしょうか。

 ということで、前回検討した「実際の雇入日」なのか「記載雇入日」なのか問題は、未解決のまま。

P.4
新規雇用者給与等支給額とは
 国内新規雇用者のうち雇用保険の一般被保険者に対してその雇用した日から1年以内に支給する給与等の支給額をいいます。


 ここだけが唯一、条文に解釈を加えた部分となります。1年以内は「支給日判定」なんだと。
 法5号に同2号を代入するとそう読めるということなんでしょう。

法五 新規雇用者給与等支給額
 法人の適用年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内新規雇用者に対する給与等の支給額をいう。


P.6
 「支給日判定」に従った具体例が図示されています。

 A〜Gまで例があがっているものの、いずれも「月単位」での例になってしまっています。
 が、条文上は「雇入年月日」から1年と、「日単位」で判定することになっているはずです。

 雇入日と支給日がきれいにそろわない場合の悩みが、ここでは一切表現されていません。


 また、「締日判定」が認められるのかどうかがはっきりしません。

 この点、A31、A32には、損金算入した未払給与も含めると書いてあります。これ自体は条文記載のとおりです(法5号)。
 が、これと1年以内判定との関係が不明です。未払計上日で判定してよいということでしょうか。

 もしそうだとすると、3/30で1年が経過してしまう場合は、3/31未払計上分は含めないということになりますか。どうしても含めたければ、3/30で未払計上すればいいのかどうか(30日締めとする合理的な理由があるとして)。


 上述した、A24について気になる点。

 同箇所には、国内事業所で作成された賃金台帳に記載されていれば「海外に長期出張等していた場合でも」「一時的に海外で勤務をしていても」国内新規雇用者に該当する、と書いてあります。

 「一時的」な「長期出張」とは何ぞや、という疑問はありますが、それはさておき。
 「一時的」ではなく1年以上の予定で出国した非居住者の場合はどうなるのか。いやに「一時的」を強調していることからすると、非該当と考えているようにも読めますが、はっきりしません。
 『賃金台帳に記載されていればいい』のであれば、非居住者だろうがなんだろうが、給与等を支給しているかぎり該当するでしょうし。

 ここで問題となるのが、令の文言。

 「労働基準法第百七条第一項に規定する労働者名簿」
 「労働基準法第百八条に規定する賃金台帳」


 (日本の)労働基準法を引用しているわけです。
 これの読み方として、

 A 日本の労働基準法が適用される労働者の名簿・台帳に限られる。
 B 日本の労働基準法が定める名簿・台帳の様式に従ってさえいればいい。

のいずれなのか。

 もしAだとした場合でも、非居住者だから当然に非該当になるわけではありません。
 日本の労働基準法が適用されるかどうかについては、僕たち私たちの『法の適用に関する通則法』が存在するからです。

国際私法(カテゴリ)

法の適用に関する通則法
第七条(当事者による準拠法の選択)
 法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。

第八条(当事者による準拠法の選択がない場合)
1 前条の規定による選択がないときは、法律行為の成立及び効力は、当該法律行為の当時において当該法律行為に最も密接な関係がある地の法による。

第十二条(労働契約の特例)
1 労働契約の成立及び効力について第七条又は第九条の規定による選択又は変更により適用すべき法が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法である場合であっても、労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。
2 前項の規定の適用に当たっては、当該労働契約において労務を提供すべき地の法(その労務を提供すべき地を特定することができない場合にあっては、当該労働者を雇い入れた事業所の所在地の法。次項において同じ。)を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。
3 労働契約の成立及び効力について第七条の規定による選択がないときは、当該労働契約の成立及び効力については、第八条第二項の規定にかかわらず、当該労働契約において労務を提供すべき地の法を当該労働契約に最も密接な関係がある地の法と推定する。


 「労働基準法第百八条に規定する賃金台帳」に該当するかどうかを判定するのに、法適用通則法を経由する必要があるのかどうか。
 それとも、税法の側で勝手に、非居住者・国外源泉所得は対象外などと決め打ちしてしまうのか。

 仮に、法適用通則法を経由させるとどうなるか。

 同法の規律では、原則として当事者の選択に委ねることになっています。最密接関連地の強行規定についてさえも、あくまでも労働者の意思表示に委ねられています。
 これをそのまま認めると、名簿・台帳について日本法・外国法の準拠法選択をコントロールすることで、本制度の適用の可否・控除税額を調整できることになりかねません。

 労働者名簿・賃金台帳の作成については罰則による規制があるといっても、それはあくまでも日本法が適用される場合に限られます。
 『強行法規の特別連結』的な発想で、無理やり日本法が適用されることにするのか。
 「的な」というのは、ここで保護しようとしているのは国家の課税権であって、労働基準法上の保護法益などではないからです。およそ当事者が望んでもいない規律を、国家の都合で適用しようとしている。

 A24は、「一時的」という言い方をすることで、非居住者には適用されないかのような《刷り込み》をしようとしています。が、条文上はそういう縛りはありません。
 あくまでも「労働基準法第百八条に規定する賃金台帳」の解釈でコントロールするしかない。


 他方で、Bなら問題がないかというとそういうことではなく。

 賃金台帳を作成するかしないかによって集計範囲をコントロールできてしまうのは同じです。
 不作成による罰則を適用しようとしても、外国法を選択されたらどうなるのか、という問題も同じ。

 賃金台帳につき、「あたる/あたらない」でコントロールするか、「作る/作らない」でコントロールするかの違いにすぎません。


 根本的な問題はやはり、令が法の「国内勤務」を上書きしてしまっているところにあるのでしょう。

 国内勤務かつ賃金台帳に記載、というルールならば、問題がゼロになるわけではないものの、納税者がコントロールできる幅はだいぶ狭まります。

 なぜ、法の実質要件を令では形式要件に置き換えてしまったのか。
 国内賃金台帳に記載があれば国内勤務と「推定」する、という事実認定レベルの問題であれば理解はできます。が、要件そのものを置き換える必要があったのかどうか。

 これもある意味で「台帳課税主義」みたいなものです(逆作用ですが)。

伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)

 固定資産税の場合は、形式判断とすることに合理的な根拠があるわけです。そして形式不合理な場合は例外を認めると。
 他方で、本制度において形式判断とすることに合理的な根拠はあるでしょうか。私にはさっぱり思いつきません。


 なお、以前に、「所得税法×著作権法×法適用通則法」の絡みについて検討したことがあります。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(まとめ)

 所得税法にいう「著作権」とは、一体どこの国の著作権なのかと。

 今回は日本の労働基準法を明示的に引用していることから、意味が明確になるかと思いきやそうではなく。
 かえって、日本法に固定したせいで、そもそも適用されるかどうかの問題が生じることになっています。

 国境を跨ぐ以上、準拠法選択の問題は消去されえない。


 『借用概念は、法的安定性・納税者の予測可能性に資する』というのがいかにイリュージョンであるか、ということの一例がまたここに。

金子宏・中里実「租税法と民法」(有斐閣2018)

 お借りするのは勝手ですが、ちゃんとそのお借りの仕方まで明示しておいてくれないと困る。
posted by ウロ at 11:47| Comment(0) | 法人税法
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。