「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
前回検討した「生活に通常必要な資産/生活に通常必要でない資産」が問題となった裁判例、いわゆる「サラリーマンマイカー訴訟」について、私の関心事のかぎりで検討します。
高裁と最高裁の判決は最高裁の検索サイトにあったので、リンク貼っておきます。
神戸地判 昭和61年9月24日
大阪高判 昭和63年9月27日
最高裁 平成2年3月23日
○
本訴訟では、自動車の譲渡損失を給与所得と損益通算することの可否が争われました。
結論は、いずれの判決でも納税者敗訴。
ざっくり要約すると次のとおり。
・地裁
レジャーよりも通勤・業務の使用割合が多いので「生活に通常必要な資産」に該当する。
よって、譲渡損失はないものとみなされる(法9A一)。
・高裁(最高裁も是認)
業務使用は使用者負担でなすべきものだし、通勤も定期代が支給されている。
残るはレジャーなので「生活に通常必要でない資産」に該当する。
よって、給与所得とは損益通算できない(法69A)。
どっちにしろ損益通算できないじゃん、と思いますよね。
そのとおりで、なぜこれが訴訟として成立しているのか、一般的な判例解説ではおよそ読み取れません。

この点は、納税者の主張の独自性に依存しています(のに、一般的な判例解説では無視されがち)。
○
前回の記事では、本概念を整理した図を作成しました(再掲)。

これは「生活の用に供する動産」は、必ず「通常必要」か「通常必要でない」かいずれかに該当するという前提で作成しています。
そんなの当たり前、と思うかもしれません。私自身もそう思います。
が、そうじゃない、という主張をされているのが本件納税者。
この図の外側に、「通常必要」でも「通常必要でない」でもない資産があるんだと。
この手の、条文から離れ気味な「ピーキー」な主張、裁判所が採用する見込みはほぼない。
独自の見解を主張するにしても、あくまでも一般的な見解から地続きの「経路依存」な主張に納めるのが望ましい。
税務訴訟におけるゴリ押しVS誉めごろし 〜税務トロイの木馬(Tax Trojan horse)
もちろん、訴訟戦略を練る段階では、一旦従前の枠組みの「外側」から眺めてみる、という考えも大事です。一度上記のような図を作ってしまうと、どうしてもその枠の中でしか考えられなくなってしまうこともあるわけで。
「9つの点を最も少ない直線で一筆書きしなさい。」という問題。

答えを知ってしまえばなんてことはないわけですが、初見で、点で形成された見えない枠の外側にでる、という思考に至れるかどうか。
ではありますが、現行の訴訟実務を前提とするかぎり、枠の外側からのゴリ押し一辺倒では難しいのが現実。内側から攻めるのも必須。
本件納税者の独自の主張も結局のところ、最高裁からあっさりと、「原審の右判断の不当を抽象的に主張するものにすぎず失当」「ひっきょう、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず」などと、酷い言われようをされて終わってしまっています。
○
それはともかく、このような「ピーキー」な見解のおかげで一連の裁判例が出来上がっているわけです。
にもかかわらず、判例解説の類でも、本納税者の主張は(私の見る限りではありますが)ことごとく省略されています。
まったく感謝が足りていない。
といいつつ、私自身も同見解の中身をここで扱うつもりはおよそなく。
そういう見解を主張されていたおかげで訴訟が成立していたんですよ、という限りでご紹介するまでです。
最高裁までいっておきながら、結局のところ事例判断どまり。「通常必要/必要でない」についての規範定立がなされることもなく。
どっちでも同じじゃん、という事案では、わざわざ最高裁が規範定立をするに及ばないのでしょう。
一般的な教科書では、あたかも『規範を示した判例』であるかのように記述されることがあります。が、本件はあくまでも当該事案かぎりでの判断で、他の事例の参考にし難い。
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結論の違いはあるとして、それぞれの裁判所が前提としている枠組みは次のようなものです。
・レジャー →通常必要でない
・通勤 →地裁:通常必要、高裁:給与所得者は通常不要
・業務 →地裁:通常必要、高裁:給与所得者は通常不要
これら実際の使用状況の割合で判断するんだと。
「レジャーは生活に通常必要でない」というのが、今どき通用するのか疑問はあります。
いかにも《贅沢は敵》的な発想をする所得税法には適合的なのでしょうが。
なお、高裁が通勤・業務に使っていても通常不要としたのは、あくまでも本件納税者のかぎりです。すべての給与所得者にとって当然に通常不要と判断されるとはかぎりません。
○
一応この枠組みを前提とするとして、私の思う疑問。
実際の使用状況で判断するというならば、買った直後に災害損失が生じた場合はどうやって判断するのか。
これからどう使う「つもり」(使用目的)だったかで判断するのか。
では、当初は通勤(通常必要だとする)に使うつもりだったのが、しばらくしてからレジャー(通常不要)だけに使うようになった、といった場合はどうか。
使用割合で判断するとしたら、どの期間の使用割合で判断するのか。取得時からなのか直近から遡った一定期間なのか。
また、用途変更した直後は「通常必要」のままで、それが徐々に「通常必要でない」に変化していくということか。それともこれからの見込みで判断するということで、用途変更した時点から「通常必要でない」に切り替わるのか。
○
そもそも、どの事実が「通常必要/必要でない」の主要事実となるものなのかがよくわかりません。
地裁・高裁とも、「実際の使用状況」を主要事実として理解し、それらを総合考慮して通常必要かを判断しているように読めます。
評価的要件:通常必要
主要事実:実際の使用状況
が、「使用目的」が主要事実で、「実際の使用状況」はそれを事実上推定するための間接事実と構成することも可能です。
評価的要件:通常必要
主要事実:使用目的 ←間接事実:実際の使用状況
取得直後でも判断する必要があることからすると、後者で判断しないと一貫性を保てないように思えますがどうなのか。
○
また、「通常」必要といっている以上、当該納税者個人にとってどれだけ「必要」であっても、それだけでは「通常」とはいえないのではないでしょうか。
たとえば、納税者が払い下げの「特殊車両」を実際に通勤に使っていたとして、これが「通常必要」と認められるのかどうか(装甲車とか消防車とかなんでも。公道を走行できるかは別として)。
納税者がそれしか車両をもっておらず、公共交通機関が壊滅的な地域であれば、納税者にとって必要なのは間違いないでしょう。ですが、車両それ自体は通常とはいいがたいです。
とすると、納税者には必要だけど通常ではない、と判断されてしまうのでしょうか。
では、そのような特殊車両でなければ通行できないような僻地に住んでいるとしたらどうか。
納税者にとっての必要性が高まるのはそうだとして、通常性のほうは影響されるのか。そのような地域に住んでいる人にとっては通常、などとでも判断するのかどうか。
他方で、一般人にとっては通常必要なものでも当該納税者には不要な場合はどうなのか。
たとえば、スキンヘッドの人にとっての櫛・ブラシは、「通常必要」といってよいのかどうか。
あるいは、通勤に自動車が必要な地域に住んでいたとして、納税者の現在の職場がリモートワークを実施していたら「通常必要でない」となるのかどうか。
法的な評価は別として言葉だけの問題でいえば、『通常は必要だが今の本人には必要でない』という言い方になるのが自然です。
要するに、ここで判断すべき事項として「通常性」と「必要性」の2つがあり、これらを一般人レベルで判断するのか本人レベルで判断するのか、という問題があるということです。

なんとなく、通常性は一般人、必要性は納税者本人、に対応しているっぽくみえます。が、「通常必要」とつながっている以上、どちらも一般人レベルで判断するのが語義には合います。
これ、刑法学説にでてくる、主観説・客観説・折衷説の対立と似たような問題構造です。判断基準を一般人とするのか当該個人とするのか、判断対象につき個別事情をどこまで取り込むのか、などという例のやつ。
まあ、あちらは条文のないところでの空中戦ですが、こちらは一応条文があるところでの問題です。
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なんら根拠はありませんが、私が望ましいと思う枠組みを示しておきます。
1 まずは「モノの性質」だけで通常必要かどうかを判断。
納税者の個別事情は考慮しない。櫛・ブラシは誰がどういうつもりで保有していようが通常必要と評価する。
私個人としては、自動車も一家に一台までなら誰がどう使おうが通常必要でいいと思うのですが、一般的な理解とはズレるでしょうか。
なお、令25条では、「30万円超の高級品」に該当すれば、納税者個人の利用状況を問わずに問答無用で生活用動産から除外されています。これも「モノの性質」だけで判断する趣旨だと捉えることができます。
2 「モノの性質」だけで判断できない場合は、その「使用目的」が何かをみる。
そして、そのモノをそのような「使用目的」で使うことが、一般的にみて「通常必要」と評価できるかを判断すると。
「実際の使用状況」は、この「使用目的」を推認するための間接事実のひとつとして使います。いくら本人が通勤目的で買ったと言い張っても、実際にレジャーにしか使っていなければそれは違うんだろうと。ただ、通勤目的で買った直後に会社がリモートワークに切り替わってしまった場合などは、別の評価がありえます。
また、納税者個人の「使用目的」をそのまま通常必要の判定に反映させるのではなく、それが一般人からみて通常といえるかを挟み込むと。
そうはいっても、せいぜい納税者個人の特殊な嗜好を排除する程度でよいのではないかと思います。個人の生活に対して、むやみやたらと「それは通常ではない」などと評価すべきではないでしょう。
特殊車両を持っているとか僻地に住んでいるとか、それ自体は通常でないように思ってしまうかもしれませんが、通勤に供しているかぎりは通常性を肯定してよいと思います。
・
このような枠組み、別にこれが理論的に正しいとかそういうことを主張しているのではなくて。
現状の、使用状況の割合から判断しているかにみえる判決の存在を尊重しつつも、取得直後でも判定する場面があることや、必要/必要でないかが都度都度変化してしまうのは望ましくないのではということなどを諸々配慮した上での枠組みにすぎません。
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こういった問題があるにもかかわらず、本訴訟では、あくまでも個別事案限りでの判断しかなされず。
もしも本訴訟が「チャレンジ系」なのだったとしたら、「ピーキー」な見解を主張するだけでなく、こういった制度内在的な問題についても議論してほしいところでした。
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ちなみに、この点に関して「所得税基本通達」がダンマリを決め込んでいるのは、不思議ではあります。
何がしか、いっちょ噛みしてきそうなものですが。
確かに、施行令25条各号の書きっぷりが、いかにも通達のお株を奪う感じではあります。
規範も示さず、ずらずらと断片的な例示を並べるだけの。
へそ曲げちゃってんのか。
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さて、次回は、前回記事の冒頭に書いた「とある書籍」についてです。
前回と今回の記事を踏まえて、どのように理解できるかを検討します。
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
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