小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社 2018)
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潮見佳男先生の「契約各論」の体系書が出ましたので、気になるところをふんわり眺めていたんです。
潮見佳男「新契約各論I」(信山社2021)
潮見佳男「新契約各論II」(信山社2021)
そうしたところ、例によってひっかかる記述が(I巻199頁)。
(引用ここから)
マンションの販売業者であるAが,「マンションの北側ベランダから富士山を眺望でき,当社の調査によれば,マンションの敷地の北にある空き地には視界を遮るような建物は建たない」との触れ込みで,分譲マンションの一室(甲)をBに売ったところ,3年後に隣地に高層マンションが建設されたため,Bの居室から富士山を眺めることができなくなったとする。
このような場合には,@一方で,くA・B間の売買契約において,『マンションの北側ベランダから富士山を眺望することができるマンションを引き渡すこと』が売主Aの債務の内容を成している〉という点に着目したならば,売買目的物(マンション)の品質面での契約不適合を理由とする売主Aの債務不履行責任(民法562条以下)が問題となりうる(もちろん,売主Aの負担した債務の内容が何であったのかをA・B間の売買契約に即して確定する必要がある)。
他方で,AAとBは,くマンションの北側ベランダから富士山を眺望でき,マンションの敷地の北にある空き地には視界を遮るような建物は建たない〉との事実認識を基礎とし,この認識を合意の内容に取り込んだ(=法律行為の内容とした)という点に着目したならば,法律行為の内容とされた事実認識に誤りがあった(「法律行為の基礎とした事情」についての認識が真実に反していた)ところ(民法95条1項2号にいう行為基礎事情の錯誤),その認識が「表示」されていたとの観点から,Bは,この行為基礎事情の錯誤が民法95条1項柱書の定める重要性要件を充たしたならば,表意者の意思表示は取消しの対象となるその意思表示に錯誤があったことを理由に,意思表示を取り消すことができるのではないかということが問題となりうる。
この例のように,売買目的物の「品質面での契約不適合」を理由とする債務不履行責任による処理(@)が問題となる局面では,「法律行為(売買契約)の基礎とした事情」についての認識の誤り(行為基礎事情の錯誤)を理由とする取消しによる処理(A)もまた,問題となりうる。そこで両者の適用関係が問題となる。
債権法改正前の民法のもとでは,この問題をめぐって,錯誤優先説,瑕疵担保責任優先説,選択可能性説が主張されていた。
(引用ここまで)
錯誤主張、できるってよ。
この記述自体が、何かおかしいわけではありません。
が、これと、以前に引用した《不能じゃないと思った⇒錯誤不可》テーゼとは整合するのでしょうか(新債権総論T巻84頁)。
(引用ここから)
契約に基づく債務の履行が原始的に不能であるものの、当該契約が有効とされる場合には、給付が契約締結時に可能であることに関する錯誤が「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」(民法95条1項柱書)ことを理由に、意思表示を取り消すこともできない。「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」とは、旧法95条が「法律行為の要素」と述べていたものに対応する表現であって、その意味としては、表意者がその真意と異なることを知っていたとすれば表意者はその意思表示をせず、かつ、通常人であってもその意思表示をしなかったであろうことを指すものであるところ、原始的不能であるものの当該契約が有効とされる場合は、給付が契約締結時点で可能か不能かは「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」とみることはできないからである。
もとより、契約に基づく債務の履行が不能であったことが無効事由・取消事由に該当するときは、このことを理由として契約が無効となったり、取り消されたりすることが妨げられるものではない。
(引用ここまで)
ドキッ!?ドグマだらけの民法改正
潮見佳男「新債権総論1(法律学の森)」「新債権総論2(法律学の森)」(信山社 2017)
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マンション事例については、隣地マンションの建設時点でのバリエーションがありえます。
1 契約締結前に建設済み
2 契約締結後、引渡前に建設完了
3 引渡後に建設完了
もちろん、マンション建設自体、予定から建設完了まで幅のあるものです。が、改正後は、いつ時点云々は契約解釈のための一要素にすぎず、原始的/後発的かどうかでガラッと結論がかわるものではありません。
ので、記述としては建設完了時と一時点に単純化して表現しておきます。
同じように、かつての原始的不能の事例であげられていた「契約締結時には別荘が全焼していた」という別荘事例も、全焼時点でのバリエーションがありえます。
1 契約締結前に全焼
2 契約締結後、引渡前に全焼
3 引渡後に全焼
こう並べると、別荘事例1が原始的不能だというならば、マンション事例1も原始的不能なんじゃないのかと。
マンション事例1が原始的不能でないというのだとしたら、まさしく《特定物のドグマ》そのものよ。マンションそのものを引き渡しているから不能じゃない、などといった理由付けをせざるをえないわけで。
そして、両事例の1〜3は時点が違うだけの「不能」グループとしてひとつに括れるのではないかと。「不能」というと紛らわしいなら「契約不実現」でもいいです。
要するに、マンション事例における「隣地マンション建設」と別荘事例における「全焼」とは、契約の効力にとって同じ事由なんじゃないかということです。
○
上記2つの引用の直接的な記述は、マンション事例3⇒錯誤、別荘事例1⇒錯誤不可、と契約不実現の時点が違うものを想定しています。
が、もし両事例とも同じ「不能」といえるのならば、何の違いによって、3が錯誤で1が錯誤でないといえるのでしょうか。改正法は、原始的/後発的の違いによるカテゴリカルな区別は廃棄したはずです。そして、そのことをもって「旧ドグマ潰してやったぜ」とイキリちらしていたはずです。
もし、契約締結時に「建設/全焼」であることが当事者にとって「重要」でないといえるのだとしたら、それが契約締結以降に生じた場合であっても、同じく「重要」でないことになるのではないでしょうか。
・契約締結時に建設されていないこと/全焼していないこと
・契約締結後に建設されないこと/全焼しないこと
むしろ、契約締結から時間が経過するに従い、リスクは売主から買主に移っていくものではないのかと。
契約締結時点で別荘が現存していることが重要だとした場合でも、引渡後に出火しないことまではカバーしないのが通常でしょう。隣地マンションの建設についても、不建設が契約の前提となっていたとしても、一定の年限があるはずで「エターナル眺望保証」はありえない。
ので、かつての《原始的不能のドグマ》が契約無効とまで主張していたのは言い過ぎだとしても、後発的不能と比べて売主側にリスクを寄せていたのは、方向性としては間違っていなかったといえます。
他方で、3が錯誤で1が錯誤でないというのは、リスクの分担が逆転しているわけで、どういう理由がつけられるのでしょうか。
旧ドグマ 原始的不能: ⇒契約無効
後発的不能: ⇒債務不履行・危険負担
新ドグマ 原始的不能: ⇒錯誤不可
後発的不能: ⇒錯誤可
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412条の2第2項の解釈として、《ここに直接書いてあることは「原始的不能でも損害賠償できる」ということだけだが、実は、原始的不能の場合のみ意思表示ルールを排除するという内容が隠れている》とでも読み込めばよいのか。
なかなかのアクロバティック解釈。ですし、2つ目の引用の記述では、錯誤以外の無効事由・取消事由がありうることは排除されていません。同条の解釈で錯誤の場合だけを排除するのは無理がある。
なぜ原始的不能だけ除け者にされるのかの実質的な根拠も示されていませんし。
そうすると、95条の「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」の解釈として読み込むしかないのでしょう。が、以前述べたとおり「契約締結時に履行が可能か不能かなんて契約当事者にとって重要でない」などという、いかにも非常識な理由付けをしなければならなくなります。と同時に、「契約締結後の不能は重要である」ともいわなければなりません。
なかなかの狭き門。
同条の「表意者が法律行為の基礎とした事情」の解釈でコントロールするにしても同じことです。
別荘が契約締結時に現存しているかどうかは法律行為の基礎とならないが、引渡後に隣地にマンションが建たないことは法律行為の基礎となる、などというだけでは《僕がそうするべきだと思った》以上の理由になっていない。単なるご都合解釈。
その物を引き渡せば履行になる、という《特定物のドグマ》のある意味逆バージョン。その物を引き渡せるかどうかはおよそ法律行為の基礎にならないのに、それ以外の事情は法律行為の基礎になるといっているわけで。
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この原始的不能を錯誤から排除しようとする所作、不能の問題を債務不履行に一本化したいのでは、と以前邪推しました。
が、請求権競合問題について、潮見先生は「選択可能性説」を採用しています(規範調整とかおよそありえないわー、ぐらいのノリで書いている気がする)。
そうすると、マンション事例のような場合においては一本化を志向していないということになります。
ますます別荘事例でのみ錯誤を排除することとの違いが分からない。
《原始的不能のドグマ》を徹底的に毛嫌いしていることと、原始的不能「だけ」を錯誤「だけ」から追い出そうとしている、というところまではわかりました。
一体ここまでの見解を主張させようとする因子は何であるのか。なにがしかの《ドグマ》(新・原始的不能のドグマ)が背後に存在しているのでは、と思わずにはいられない。
旧・原始的不能のドグマ:原始的不能なら契約無効
新・原始的不能のドグマ:原始的不能の思い違いは錯誤にならない
旧・特定物のドグマ:その物を引き渡せば債務不履行にならない
新・特定物のドグマ:その物を引き渡せば原始的不能にならない
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以上、散々なことを書いたものの、自分自身が何らかのドグマに囚われていないとは言い切れない。
○民法
第九十五条(錯誤)
1 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
第四百十二条の二(履行不能)
1 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
2 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。
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