2022年03月28日

長崎年金二重課税訴訟の要件事実(と称するところのもの)

 全く全然、続ける気はなかったのですが、あまりにも酷かったので。気力を振り絞って整理しておきます。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

 同書には、いわゆる長崎年金二重課税訴訟の要件事実だとかいって、次のような記述が出てきます(同書43頁)。

【長崎年金二重課税訴訟】
 最高裁平成22年7月6日判決(最高裁のサイト)

(引用ここから)
訴訟物
 本件更正処分の違法性

請求原因
(行政処分の存在)
@ 処分行政庁による,Xの平成14年分の所得につき,年金払保障特約付生命保険契約に基づき支払われた第1回目の年金支給額を雑所得と認定して行った所得税に係る更正処分が存在する。
(違法性の主張)
A 本件更正処分は違法である。

〔争点:本件生命保険契約に基づき支払われる年金受給権は,相税3条1項により,相続により取得したものとみなされて,相続税の課税財産に含められているところ,旧所税9条1項15号は,相続税により取得するものを非課税所得としているから,本件年金受給権に基づき取得した本件第1回目の年金支給額を雑所得として認定判断してなした本件更正処分には,法条の解釈を誤った違法があるといえるか否か。〕

抗弁(更正処分の適法性に関する評価根拠事実)
1 本件年金受給権は,本件生命保険契約によれば,亡Aを契約者兼被保険者とし,Xを保険金受取人とする有期定期金債権であり,相税3条1項1号所定の相続財産に該当する。
2 Xは,本件生命保険契約に基づいて,本件年金受給権という基本権とは異なり,保険事故が発生した日から10年間毎年の応当日に発生する,年金受給に係る支分権に基づき,保険会社から現金を受領した。

〔主張の趣旨:当該定期金は,相続税の課税対象たる年金受給権(基本権)とは異なる,別個の定期金請求権(支分権)に基づくものであるから,所得税の課税対象となる。〕

再抗弁(更正処分の適法性に関する評価障害事実)
3 本件生命保険契約によれば,本件支分権が行使されることにより,生命保険金に係る基本的権利である本件年金受給権は徐々に消滅していく関係にある。
4 本件支分権たる有期定期金の価額は,相税及び財産評価基本通達によれば,その残存期間に受けるべき給付金の総額に,その期間に応じた一定の割合を乗じて計算した金額とされているところ,この割合は,将来支給を受ける各年金の課税時期における現価を複利の方法によって計算し,その合計額が支給を受けるべき年金の総額のうちに占める割合を求め,端数整理をしたものとされている。

〔主張の趣旨:相続法による年金受給権の評価は,将来にわたって受け取る各年金の当該取得時における経済的な利益を現在価値に引き直したものであるから,これに対して相続税を課税したうえで,さらに個々の定期金に所得税を課税することは,実質的に,同一の資産に対して相続税と所得税を二重に課税するもので,所税9条1項15号の規定に違反するものである。〕
(引用ここまで)


 (抗弁・再抗弁の数字を1〜4に変えてあります。)

所得税法 第九条(非課税所得)
1 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
十七 相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和二十五年法律第七十三号)の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)



 前回の記事をご覧いただくとおわかりになるかと思いますが、以前と全く同じ愚挙をおかしています。

 2で「基本権と異なり」などと書かれていますが、基本権と支分権が異なるかどうかはもっぱら裁判所による「評価」の問題です。これを要件事実の中に混ぜ込むことなど、およそ許されるものではありません。

 (およそありえない想定ですが)仮に、納税者が「2は認める」などと認否したとしても、裁判所が2の《評価部分》に拘束されることはありません。当事者の認否の対象となるのは「事実」であって「評価」ではないからです。

 そもそも、本件最高裁の立場からすれば、2の《事実部分》がすべて認定できたとしても、更正処分が是認されることにはなりません。端的にいえば「主張自体失当」。

 「評価的要件」の場合、プラスっぽい事情を評価根拠事実として課税庁に、マイナスっぽい事情を評価障害事実として納税者に、なんとなく割り振れば、なんか要件事実の分配をしたかのように見せかけることができてしまいます。
 が、このようなものは、学部生が聞きかじりの要件事実論の真似事をしてみたレベルの話。実体法の勉強があやふやな段階で、要件事実論に手を出そうとするとやりがちな間違い。

 上記の抗弁・再抗弁(1〜4)で分配されているのは要件事実などではなく、単にA説(二重課税否定説)の理由付けとB説(二重課税肯定説)の理由付けが並んでいるだけです。当事者の主張責任・立証責任の対象となる事実として純化されていません。
 確かに、「当該見解の根拠はその主張者が主張すべきである」という言い方をするならば、主張責任・立証責任《風》な表現は可能です。が、すくなくともそれは要件事実論とは別の何かです。


 「税法」領域で要件事実論を展開しているせいで理解しにくくなっているのかもしれません。そこで、次のような「民法」領域での例をあげれば、上記引用にかかる記述のビザール感が理解できるでしょうか。

 たとえば、2017年改正前民法で、「動機の錯誤」が民法95条の錯誤に該当するかが争われていた状況を前提とします。
 原告が、動機レベルの思い違いも錯誤にあたるから契約は無効だとして代金返還請求をしてきたとしましょう。これに対して、被告が、動機は意思表示の要素とならないから錯誤にあたらないと反論したとします。

 この場合に、次のような要件事実の分配をしたらどうでしょうか(本論と関わりない要件は省略します)。

  請求原因
   1 動機は表示されているから意思表示に含まれ要素の錯誤となる。
  抗弁
   2 動機は意思表示の内容でないから要素の錯誤とならない。

 「阿呆ですか」と突っ込まれますよね。
 ひとつのブロックダイアグラムの中で、A説、B説が同居するなんてことはおよそありえません。A説に基づくブロックダイアグラム、B説に基づくブロックダイアグラムがそれぞれ別々に存在するものです。

 もちろん、裁判所がA説・B説いずれを採用するかは、中間判決を出してくれるなり心証開示でもしてくれない限りは、事前にわかるものではありません。ので、どちらの説がでてもよいような主張・立証活動をすることになります。
 が、だからといって、A説に基づく請求原因の後ろにB説に基づく抗弁を連結させる、などということはしません。

 法解釈論レベルの争いを請求原因⇒抗弁として直列させるなどという愚挙、要件事実論というものをまるで理解していないということを如実に表しています。

 これは予備校のテキストによくある、次のような《論点学説陳列》にすぎません。

 A説(肯定説)
  理由:動機は表示されることで要素になる。
 B説(否定説)
  理由:動機は意思表示の内容に含まれない。

 別の例もあげておきます。
 たとえば、未成年者側が、未成年を理由とする契約取消しに基づき代金返還請求をしたとしましょう。これに対して相手方が、未成年であることを黙っていたことが「詐術」にあたるとして反論したとしましょう。

 抗弁
  1 未成年であることを黙っていたから「詐術」にあたる。
 再抗弁
  2 単なる沈黙は「詐術」にあたらない。

 これも、A説×B説の法解釈論レベルの争いであって、要件事実の問題ではありません。


 と、民法領域でカマしたら阿呆呼ばわりされるようなことが、税法領域だと公刊物において幅を利かせることができてしまっているわけです。
 これ、「税法」の要件事実論だから誰からも突っ込まれずに流されているんでしょう。けども、同じことを「民法」で展開したら、しばらく要件事実論出入り禁止になるレベルではないでしょうか。

 要件事実論というのは、単に事実っぽい何かを原告被告に割り付けるようなものではなく。
 その大前提として、実体法上の要件が何であるかを見極めた上で、評価と事実、主要事実と間接事実、事実と証拠、それぞれを混同することなく、主張責任・立証責任の対象となる主要事実を取り出す必要があります。
 要件事実の分配なんてのは、そこまでしっかりやった上で最後に原告被告のどっちに振るかの問題にすぎません。実体法上の要件を取りこぼしたり、実体法にない要件を勝手に付け加えたり、などといった所作に比べれば、そこまで致命的な問題とはなりません(念のため、重要でないということではなく比較の問題です)。

伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)

 ちなみに、本件最高裁の結論は「原判決破棄+控訴棄却」となっていて、控訴審の結論をひっくり返しつつも事実審に差戻しをしていません。これができるのは、事実関係が原審までですべて出揃っていて、新たな事実認定を必要としなかったからです。
 このことからすれば、本件の論点が事実レベルの問題ではなく、もっぱら法解釈レベルの問題だったということは、容易に推測できたはずなんですけども。


 本書の出版社、どちらかといえば「税務本」が多く、「税法」のしかも「要件事実論」を扱った本などというのは、同社の蓄積が及ばないジャンルなのでしょうか。

【税法本と税務本】
西村美智子 中島礼子「組織再編税制で誤りやすいケース35」(中央経済社2020)

 が、同出版社でも、次のようなとても優れた判決分析本も出版されていたりします。

 高橋貴美子 税務判例に強くなる本 (中央経済社2016)
 高橋貴美子 税務頭を鍛える本 (中央経済社2018)
 
 このことからすると、品質についてはもっぱら著者依存となっており、「出版社買い」はあまりおすすめできない、ということになりますかね。


 さて、結構なお値段のする本書ですが、私としては、ただ2箇所の要件事実の分配(と自称するところのもの)を見ただけで、これ以上読みすすめる気力が撃滅してしまったため、残念ながら終了。

 もう少し「アクティブ・ラーニング」が展開できそうですが、この記事を仕上げるだけでも相当しんどかったため、これ以上は進めなそうです。
posted by ウロ at 10:37| Comment(0) | 所得税法
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