浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
(以下「本書」といいます)
今回は「留保金課税」について(126頁)。
○
第1刷では、盛大な間違いをおかしています。
最初、知らない間にこんな大改正が入ったのかと思って一瞬焦ったのですが、単なる本書の間違いでした。
出版社のサイトに正誤表が載っていますので、そちらをご確認ください。
https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8378.html
訂正前の記述では、留保金課税が適用されるかどうかにつき、
・資本金1億円以下の会社に適用される
・資本金5億円以上の大法人の100%子会社は除かれる
などと、まったく正反対のことが書かれていました(※念のため、上記間違いですよ)。
ただ単にひっくり返しちゃっただけじゃん、と思うかもしれません。が、たとえば『課税売上高1000万円超の場合には消費税免税事業者となる』などといったとしたら、その感覚を疑われますよね。
参考まで、このひっくり返しによる違いがどれくらいの「ボリューム感」となって現れるかを、以下の統計資料で見てみましょう。
令和元年度分 会社標本調査結果
統計表⇒第11表法人数の内訳によると、資本金1億円以下/超で区切った同族会社数とその割合は次の通りとなっています(ついでに特定同族会社も)。
資本金1億円以下/超
同族会社 2,632,648/10,012 99.62%/0.38%
特定同族会社 23/3,829 0.6%/99.4%
これを反転させるって、なかなかの致命傷。
普通の教科書だと、このあたりの定義は条文引き写しで済まそうとするので、むしろこの手の間違いは生じにくいところです。本書では親切にも噛み砕いて説明しようとしたことが、逆に仇になったといえなくもない(擁護)。
○
邪推するに、次のような先入観があったのではないでしょうか。すなわち、
・留保金課税は利益を溜め込みがちな会社向けの制度。
・規模が小さく、大企業に支配されていないような会社のほうがより溜め込みやすいはず。
・そういう企業を狙い撃ちするため、より規模の小さい会社に絞って適用するはずだ。
あくまでも邪推ですが、そうとでも勘違いしなければこんな反転やらかしませんよね。
実際にご本人の意図がどうだったかは別として、このような勘違いが生じうる要因というのを以下検討してみます。
なお、間違えをあげつらう趣旨ではなく。超頭のいいはずの先生でさえ勘違いした要因を辿ることで、我々常人はどのようなことに気をつけておく必要があるかを理解する、という趣旨です。
○
留保金課税制度では、
ア 株主構成基準 (支配が強ければ適用)
イ 資本金基準 (規模が小さければ除外)
のふたつの基準で適用範囲をコントロールしています。
このうち、アが「溜め込みやすさ」の指標であり、留保金課税制度の内在的な要件ということができます。他方で、イは「溜め込みやすさ」とは直接関係がなく、規模が小さいのに税負担重くするの可哀想、という趣旨でしょう。ので、こちらは外在的な制約要素ということができます。

本書(訂正前)は上図の×を適用あり、○を適用なしと間違えたということです。
上図ではアイはそれぞれ別々の観点からの基準だということで、それぞれを縦軸(株主構成基準)・横軸(資本金基準)に配置しています。他方で、法の規律を気にしないで「大小」という観点から横並びにすると次のようになります(上下に並べてますが慣用句としての「横並び」)。


もちろん、特定同族会社だからといって規模が小さいとは限らないわけですが、なんとなくのイメージだけを先行させるとこういう配置になります。そして、上段で左にいけば留保金課税の適用を受けるということは、下段も左にいけば留保金課税の適用を受けるはずだ、と勘違いをすると上記の間違いを導くことができます。
実際にどういうつもりだったかはご本人のみぞ知るところです。ですのでこれは、間違いの要因を推測することで自らの勘違い防止に役立てる、という限りでの検討ということです。
○
「趣旨解釈」というのは、いかにも法解釈のお作法に則った正統な解釈手法であるかのように思われがち。ですが、いうところの「趣旨」が、実定法以外のどこかから持ってきたものによるならば、砂上の楼閣にすぎない、ということが分かります。
このことは、TPR事件の高裁判決に対しても指摘をしたところです。
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
また、小規模宅地等の特例の家なき子特例の趣旨を「出戻り保護」だと決め打ちしていることに対しても、個別の要件にそぐわないことを指摘しました。
白井一馬「小規模宅地等の特例」(中央経済社2020)
僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)
解釈に用いる「趣旨」は、あくまで現行法から取り出すべきものでしょう。
近時、税理士向けの研修・セミナーの類で、弁護士先生が税理士にリーガルマインドを教える、ということで「趣旨から解釈すべし」というようなことを強調しているのを見聞きします。それ自体はそのとおりなのでしょうが、その趣旨なるものをどうやって見出すかが問題です。
立案担当者の解説など、条文の外側にあるものを鵜呑みにするのではなく、個々の条文上の要件から抽出すべきものだと、私は思います。
○
また、大法人の100%子会社については、「除かれる」から「含まれる」に訂正されたわけですが、その「理由づけ」はそのままになっています。
いわく、中小法人向けの軽課措置を受けることが問題だからだと。
が、留保金課税は同族会社向けの「重課措置」であって、そのままの記述では文意がとりにくいです。
確かに算術的には、
プラス(軽課)を受けるのが問題 = マイナス(重課)を受けないのが問題
と同じ意味にはなります。ですが、日本語の表現としてはすんなり理解し難いですよね。
なので、ここの記述を無理やり活かすならば「中小法人として重課措置を受けないことが問題」とでも修正すべきでしょう。
・留保金課税(特定同族会社)
資本金1億円超 重課措置
資本金1億円以下 除外
大法人の子会社 除外の除外
○
また、中小法人扱いが問題であることの理由として、「親会社の信用力を背景に資金調達等が可能」ということが書かれています。
が、資金調達しやすいことと税負担を重くすることとは、どう連関するのでしょうか。資金調達しやすいことそれ自体は担税力を高めることにはなりません。借入金も所得だとする立場を採用しないかぎり。
資金を集めやすければ稼ぎやすいはずだ(現金⇒利益)、ということでしょうか。
ただ留保金課税の場面でいうと、「資金調達しやすいんだから利益溜め込むんじゃねえ」ということができるかもしれません。外部調達できるなら内部留保しておく必要ねえだろ、と。
ではあるのですが、その資金調達を新株発行で行うと100%子会社でなくなって留保金課税から一度外れる、資本金が1億円超になったら再び留保金課税の適用を受ける、ただしそのときの資本構成如何では同族会社ですらなくなっている、という変遷を辿ることになるかもしれません。ややこしい。
1 A法人5000万円(B大法人100%) (Bは被支配会社)
↓ ⇒適用あり
2 A法人1億円(B大法人50%、C50%)(BCは資本関係なし)
↓ ⇒適用なし(大法人100%支配が外れるので)
3 A法人1億5000万円(B大法人1/3、C1/3、D1/3) (BCDは資本関係なし)
⇒適用なし(資本金1億円超だが同族会社でなくなるので)
資本金基準と株主構成基準は、それぞれ額面と割合という違う物差しを基準としているものの、上記例のように連動して動くことがあるわけです。
なお、ここでいう「親会社」が「被支配会社でない法人」であるならば、その子会社は特定同族会社から外れます。ので、信用力云々といっているときに「上場企業」を想定しているのだとしたら、それは不正確ということになります。
いずれにしても、立案担当者の解説などを鵜呑みにするのではなく(下記239頁あたりの解説)、制度ごとにその趣旨を探求すべきものでしょう。
平成22年度 税制改正の解説
○
ちなみに、上記統計表によれば、資本金1億円未満の特定同族会社は23社しかいないわけで、この選ばれし精鋭のためだけに「除外の除外」規定を設けたということなんですよね。
普通に教科書に並んで書かれていると、一般的な制度との捕捉領域の広狭が意識されにくいところです。が、どれくらいのボリューム感のある制度なのかも記述しておいてくれると、イメージがしやすくなるかもしれません。
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さて、次回は「組織再編税制」についてです。
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引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税
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