2021年09月20日

どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ

 スピンオフ第4弾、今回は「租税回避」について。

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯
非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制
引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税

 本書で「例2」として挙げられているものを要約します。

 ・甲土地 A所有 取得費3億円 時価9億円
 ・A⇒B 甲土地 賃貸(無期限) 地代年1億円
 ・B⇒A 金銭9億円 貸付(無期限) 利息年1億円
 ・AB 毎年1億円の支払債務は相殺。

 これは、所得税法33条1項のカッコ書きがなければ譲渡所得を回避できたはずの例として挙げられています。で、譲渡所得を回避しながら譲渡したのと同じ状態を実現できているだろうと。

 その限りではまあそうなんですけども、ちゃんと回避しきれているのか疑問があります。当たり前のことですが、所得税は「譲渡所得」だけで構成されているわけではないからです。

 以下、順番に考えてみます(課税庁による法律構成の引き直しはされない前提で)。


 まずAは、地代収入を「不動産所得」としなければなりません。支払利息とぶつけられるんじゃないの、と思うかもしれませんが、この例では「たまたま」金銭を借りているだけなので、不動産所得の必要経費にはなりません。
 事業所得あたりの必要経費にでもして損益通算を狙っているのでしょうか。が、当該事業で借りる必要性がなければ家事費扱いになってしまうでしょう。

 また、Bも受取利息を「雑所得」としなければなりません。支払地代を金銭貸付の必要経費とするのは、さすがに難しい。
 そうすると、その土地を活用した事業でも創設して、事業所得か不動産所得の必要経費として損益通算することになるのでしょうか。

 このように、目先の譲渡所得6億円を回避しようとすると、「無限に」年1億円の不動産所得+年1億円の雑所得が発生してしまうということです。これを消すためには、他の所得を発生させた上で支払利息・支払地代を当該所得の必要経費にして損益通算ルートでぶつける必要がでてきます。

 目先の所得を消しても他の所得がでてきてと、イタチごっこ的に次々と別の所得が出てきてしまうような気がします。


 ここがまさに、所得税法が所得を類型ごとに区分していることの妙味です。そして「包括的所得概念」的な発想では、いかに現行所得税法をあるがままに記述できないかの証左でもあります。
 学理的にはともかく、現行所得税法を色眼鏡なしに理解するためには、《包括的所得脳》は一旦脇に置いておくべきだと思います。

 よくよく考えると、「包括的」といえるのは「収入」面だけはないかと。

  ア あらゆるプラスが収入になる 《包括的収入概念》
  イ あらゆるマイナスが経費になる 《包括的経費概念》
  ウ あらゆるプラス・マイナスが通算できる 《包括的通算概念》

 雑所得のようなバスケットカテゴリーがあることによって、プラスはほとんど所得税に取り込まれることになっています。他方で、マイナスは、控除できるものが所得類型ごとにバラバラです。
 さらに通算ルールとなると、肝心の雑所得のマイナスが通算の対象にならないなど、包括的所得概念にとっては、かなり致命的なルール設定となっています。

 と、包括的といえるのはせいぜい収入までであって、それ以外の箇所を包括的だというのは、現行所得税法とは違う何かについて語っているにすぎません。
 それが標準的な説明の仕方だとしても、租税法の学習者にむけて包括的所得概念をもって現行所得税法の説明をしようとするの、良心が傷まないのだろうかと。

 この点、藤田宙靖先生の行政法の教科書のように、「法律による行政の原理」を偏差をはかるための『ものさし』とする、という使い方なら理解できます。

藤田宙靖「新版 行政法総論 上巻」(青林書院2020)
藤田宙靖「新版 行政法総論 下巻」(青林書院2020)

 モデルとしての包括的所得概念を「ものさし」としながら、現行所得税法がこれとどのくらいの偏差があるかを見ていくと。

 逆説的ですが、所得は単なる《差額概念》にすぎないと位置づけた上で、なるべく所得という言葉を使わずに現行所得税法を勉強したほうが、正確な理解ができるかもしれない(所得における差額説)。


 この事例、単に譲渡所得回避の試み事例としてだけで使うのはもったいない。

 ではなくて、所得税法が複数の所得類型によって課税範囲をカバーしていてそう簡単には抜け出せないことや、他方で各所得類型ごとに課税のされ方がバラついていることといった、「所得税法の課税構造」を具体的に学ぶための事例として活かしたほうがよさそうです。


 現行法ではカッコ書き(以下「譲渡()」といいます)があるから、本事例の借地権の設定も当然に「譲渡」となるかと思いきや、そう単純な話ではありません。

 ここででてくるのが、いわゆる『借地権課税』。

 本事例においても、権利金の支払いがないから譲渡にならないのか、あるいは借入金9億円が権利金と評価されることにならないか、借入が「特別の経済的利益」とならないかなどなど、検討すべき事項が複数あります。ただ単に借地契約をしただけで、当然に「譲渡()」に該当するわけではありません。譲渡としての実態を備えた借地権の設定である必要があります。

 譲渡のつもりで借地権を設定したのに、余計な取引を追加したせいで譲渡に該当しないこととなって余計な所得税が発生してしまう、という事態も考えられます。譲渡所得が常に忌むべき・回避すべき対象とは限りません。
 他の所得で課税されるくらいならば譲渡所得のほうがまし、という場面は少なからずあるでしょう。


 所得税法だとややこしいことになるなら、当事者が「法人」にしたらどうか、ということを考えるかもしれません。

 確かに法人なら、上記のような所得類型ごとにどうたら、みたいな話はありません(包括的所得思考の復権)。が、法人の場合は、借地権の認定課税をはじめ『借地権課税』の問題が個人以上にシビアになってきます。下手をすると、Aが寄付金課税、Bが権利金課税をされることもありえます。
 ので、こちらもそうすんなり回避できるようなものではありません。


 以上のことから、『租税回避』というのは、単に目先の課税を逃れて終わるものではなく、どの所得類型・税目にも当てはまらないように立ち回れた先にあるもの、ということがわかります。
 そこまで到達してはじめて、課税庁に租税回避チャレンジをかますことができるんだと。

 我々は、租税回避チャレンジ事案(の判決)をみて、後知恵的にあれこれ文句をつけがちです。が、やはりファーストペンギンに対する敬意というのは、忘れてはいけないのでしょう。

 ちなみに、この『借地権課税』の問題、租税法学習の素材として最適ではないかと思います。
 というのも、次のような特徴があるからです。

 ・租税法を勉強しようとする段階の人であれば「借地借家法」の知識はあるはず。会社法の教科書レベルの知識で「組織再編税制」に挑むよりは、ハードルは低めです。
 ・比較的単純な取引で社会人経験のない学生さんでも想像しやすい(組織再編以下略)。
 ・所得税法・法人税法・相続税法が絡んできて、それぞれの課税スタンスが理解しやすい。

 本書が「年金二重課税問題」(所得税法×相続税法)をやたら詳しく論じているのと同じノリで、借地権課税も詳しく論じたらいいんじゃないですかね。


 以上でスピンオフ記事、終了となります。

 が、より勉強が進めば他にも指摘すべき事項があるかもしれません。ある程度勉強が進んでからまた戻ってきたいと思います。
 
posted by ウロ at 09:49| Comment(0) | 所得税法
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