改題されるとのことで。「要件事実論」については2024年5月出版の「要件事実編」を買えばよいようです。
大島眞一「完全講義 民事裁判実務 要件事実編」(民事法研究会2024)
大島眞一「完全講義 民事裁判実務 基礎編」(民事法研究会2023)
以下は改題前の書評。
◯
以前、あまりにも奇妙な「要件事実論の展開」を見せられたっきりでそのままにしてしまったので、理解を正常に戻すために本書を読むことにしました(リロード)。
【奇妙な要件事実論】
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
大島 眞一「完全講義 民事裁判実務の基礎 上巻(第3版) 」(民事法研究会2019)
同著者で、似たような紛らわしい書名のものがあれこれありますが、「要件事実論」だけでよければ本書になるようです。
○
「要件事実論」でどれか一冊、ということであれば本書がよさそうです。
司法研修所(民裁教官室)の『公式』本の行間を、しっかり埋めてくれています。
司法研修所「紛争類型別の要件事実」(法曹会2023)
司法研修所「新問題研究 要件事実」(法曹会2023)
かといって、『公式』べったりの記述ではなく。一応の前提としつつも、疑問があるところはきちんと指摘されれています。
『公式』って、実務寄りかと思いきや、かなり理屈先行なところもあります。そのあたりを実務的な観点から調整している感じです。
ボリュームたっぷりですが、それは説明が丁寧なせいなので、読んでいてそれほど負担には感じないです。
○
「プロローグ(+イラスト)」に、上滑り気味な事例が載っているのですが、この事例が「要件事実論」本体に活かされていません。でてくるのは、第1部(基本構造・訴訟物)の中でちょろっと。
本論である第2部(要件事実)の事例では、プロローグの妙ちきりんな人物は出てこず。普通に原告X・被告Y・第三者A・甲土地・乙土地といった、いつもどおりな事例となっています。
ので、プロローグは削っていいと思います。
仮に、古本で買ったら切り取られていたとしても、大して支障はない。おかげでお安く手に入るならば(商品状態:可)お得でしょう。目次・本文間の「夾雑物」が無くなってアクセスがスムースになりますし。
ちなみに、この手法の成功例は下記書籍。舞台設定・登場人物を固定して、会社の発展にあわせて各項目を解説していくというもの。
大垣尚司「金融から学ぶ会社法入門」(勁草書房2017)
対して本書は、最初の数ページを進んだところで、プロローグのことがすっかり忘れ去られてしまっている。
真面目な裁判官がユーモアあふれる事例を思いついたということで、ウケ狙いで最初にねじ込んでみたものの、ふざけきれずに元の真面目に戻っていく様。と捉えると、最初の悪ノリ感がなし崩しで消えゆく本書の構成が、納得できます。
あと現役法曹のポエムみたいなものがジャミング的に度々差し込まれてくるのですが、本文の要件事実論とは全く関係のない内容となっているので、これもなくていいと思います。
個々の記述の中身がどうこう、というのでなく。「要件事実論」を集中して学習する際の妨げになる、ということです。
《Coffee Break》するなら自分のタイミングでするのであって、他人にそのタイミングを指図される謂れはない。
○
と、イチャモンをつけましたが、本文の内容自体はとてもよいものです。
記述の仕方が、まず実体法上の要件を提示した上で、それを要件事実として請求原因・抗弁以下に分配していく、という基本的なお作法に則った所作になっています。
また、評価と事実は区別すべき、要件事実の中に評価を混ぜ込んではいけないということも、具体例をまじえてしっかり書かれていました。
例の「要件事実で構成する」が、いかに要件事実で構成されていないかが浮き彫りに。
あやふやだった私の要件事実理解が、本書を教師+例の本を反面教師とすることで深まったので、そのかぎりでは収穫があったといえなくもない(アクティブ・ラーニング)。
アクティブ・ラーニング(カテゴリ)
○
なお、本書の「訴訟物」の説明はあんまりしっくりきません。
たとえば、賃貸借契約終了に基づく明渡請求権につき、終了原因ごとに訴訟物が別にならないことの理由として、次のような記述が書かれています(337頁)。
(2)終了原因との関係
賃貸借契約の終了原因と訴訟物のとらえ方については考え方の分かれるところであり、賃貸借契約の終了原因ごとに訴訟物がすべて異なるとの見解(多元説)もある。
しかし、賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権は、賃貸借契約に基づく賃借人の義務の1つであり、個々の終了原因ごとに賃借人の返還義務が発生するわけではない。
したがって、1個の賃貸借契約に基づく目的物返還請求である限り、賃貸借契約の終了原因にかかわらず、訴訟物は常に1個であり、個々の終了原因は原告の攻撃防御方法にすぎないと考えられる(一元説)。
以上より、賃貸借契約の終了に基づく不動産明渡請求権の訴訟物は、「賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求権」となる。
これ、私にはただ結論が書いてあるようにしか読めません。
旧訴訟物理論を採用するならば、実体法の請求権ごとに訴訟物の個数が決まることになります。では、実体法の請求権がいくつか、ということが問題になるわけですが、この記述では終了原因が別でも請求権はひとつだ、と書かれています。
が、そう解する根拠がない。終了原因ごとに賃借人の義務が別になる、と考えることも可能なわけで、なぜそう考えないのかの理由も書かれていません。
訴訟法 訴訟物の個数は請求権ごと(旧訴訟物理論)
実体法 請求権はいくつ?
みんな大好き「三段論法」で表現すると次のとおり。
・訴訟物は請求権ごとに数える(旧訴訟物理論の採用)。
・終了原因ごとに請求権は分かれない。
・ゆえに訴訟物は終了原因に関わらず一つである。
いかにも正しそう。ですが、これは次の三段論法と同じノリです。
・遠足におやつを持ってきてはいけない。
・バナナはおやつである。
・ゆえに遠足にバナナは持ってきてはいけない。
バナナがおやつに包摂されることが論証されていないのに、先走って小前提に組み込んでしまっていることが問題なわけです。
訴訟法レベルでは、実体法の請求権ごとに個数を数えることに決着したとして、実体法レベルでの請求権の個数は、実体法の解釈により導かなければなりません。
が、実体法側からすれば、終了原因ごとに請求権が分かれるかなんてどうでもよいことでしょう。債務不履行と不法行為とで請求権が一つか二つかということは喧々諤々議論されているというのに、本論点に関しては華々しい議論が展開されることもなく。実体法レベルでは特に実益がないからでしょうかね。
訴訟法の側で「実体法にあわせる」と言ってしまったせいで、急遽「請求権の個数」を数えなければならなくなったという、もっぱら訴訟法の都合にすぎません。そして、実体法で十分な議論がされていないのをいいことに、大した根拠も示さずに訴訟法の側で勝手に個数を決め打ちしてしまうという。
新訴訟物理論が訴訟法レベルで正面から解決しようとした「紛争の一回的解決」のようなものを、「請求権は一つ」ということで、こっそり実体法レベルで解決ずみにしようとしているのではないでしょうか。
このような振る舞い、私法の側で何の受け入れ準備もされていないのに、税法上の概念を「私法準拠」で解釈しようとする「借用概念」と通ずるものがあります。税法のことなど考えずに解釈された民法解釈論上の「住所」概念を、勝手に税法解釈に流用されても困ると思うのですが。
要件事実の説明は、実体法の解釈から説き起こした丁寧な説明が展開されているのに対して、なぜか訴訟物の説明はいかにも『公式』準拠っぽい書きぶり。要件事実論が丁寧に展開されているからこそ、余計に目立つ。
まあ、旧訴訟物理論を前提とする限り、訴訟物の個数云々に関する記述は、本体の要件事実論の理解には影響しないので、要件事実論の学習上はあまり気にしないでいいと思いますが。
○
なお、私自身は『訴訟物』概念そのものの有用性を疑っています。そんな概念実定法上存在しないわけで。
ここで詳述するつもりはありませんが、たとえば既判力の客観的範囲につき、条文上は「主文に包含するもの」とされているのであって「訴訟物に生ずる」などとはされていません。これをなぜ、わざわざ訴訟物に読み替える必要があるのか。
民事訴訟法 第百十四条 (既判力の範囲)
1 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
訴訟物概念が持ち出されるその他の箇所も個別の要件ごとに検討すべきものであって、訴訟物概念でむりやりひとつにまとめるものではない、というのが私見。
とはいえ、今のところは「そう思う」レベルのものにすぎず、本格展開するほど煮詰まった考えではありません。
こういうスタンス、「借用概念」「包括的所得概念」「権利確定主義」など、中二階的な説明理論を持ち出してなにかと統一的に説明しようとすることへの反感とも通ずるところがあるかもしれません。
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