2021年10月25日

零れ落ちるもの(その5) 〜内定解約ルール

 前回までは、入社後の解約を前提としていました。

零れ落ちるもの(その1) 〜NO 雇用契約 NO 労働契約
零れ落ちるもの(その2) 〜有期雇用契約と改正民法の経過措置
零れ落ちるもの(その3) 〜有期雇用解約ルール
零れ落ちるもの(その4) 〜無期雇用解約ルール

 そのまま時間軸を入社前に遡らせると、内定取消・内定辞退の問題となります(時間をずらすことで論点をつなげる技)。

 労働法の教科書では、「採用内定」は入口の問題、「労働契約の終了」は出口の問題と、別々の問題として論じられることがほとんどかと思います。が、採用内定を「解約権留保付労働契約」と理解するならば、内定取消・内定辞退も「労働契約の終了」のうちのひとつになるはずです。一般的な用語に倣って内定取消・内定辞退と書きましたが、法的にはいずれも「労働契約の解約」です。
 同種の問題なわけで、比較しながら論ずる必要があるはずです。

(なお、本来であれば「解約」と「解除」も厳密に使い分ける必要があるのでしょう。が、民法自体、言葉の使い分けが厳密ではないので、ここでもあまり拘らないことにします。)

 そこで、今回は前回までの《応用編》として、採用内定における解約ルールについて検討してみます(無期雇用での採用を前提とします)。


 その1・その2では、改正民法の「経過措置」について触れました。これが内定の場面だとどうなるか。

 この点、一般的な見解によれば、内定通知時に労働契約が成立しているとされています。とすると、2020年4月1日入社であっても、それ以前に内定通知がされている場合(当たり前)は、旧法が適用されることになります。

 早く労働契約を成立させてあげることが内定者保護に資する、というのが従前の価値判断だったのでしょう。が、改正が挟まる場合には、必ずしも早ければいいわけではありません。税法の如く、改正されるたびに税負担が重くなるのとはわけが違う。

 その4で述べたように、旧法の解釈論を展開することにより労働者を保護することが必要な場面というのが、今後は出てくるのではないでしょうか。改正解説本の類では呑気にも、改正により労働者保護は解決済み、めでたしめでたしという感じで済まされてしまっていますけども。

 まだ何も終わっちゃいない。旧法適用者と新法適用者との分断が、これから始まります。


 一般的な見解がいうところの「解約権」というものが、どこから湧き出してきたものかがはっきりしません。民法上のどれかを想定しての法律構成なのでしょうか。
 さしあたっては、内定合意に基づく約定の解約権(内定解約権)と理解しておきます。

 もしそうだとすると、内定だからといって必ず解約権が留保されているのではないということになります。あくまでも当該合意に解約権が留保されていると認定できるかぎりだということです。
 そしてこの約定の解約権、入社日までの期限付きという位置づけと解するべきだと思います。内定から入社までに限って許容される暫定的な権利なのであって、入社後は民法の規律に従うべきでしょう。


 内定解約権とは別に、民法上の解約権(627条、628条)は発生するのでしょうか。労働契約が成立している以上、排除される理由はないはずです。
 ので、わざわざ約定の解約権に関する合意を認定しなくてもよさそう。どうせ規律は同じになるでしょうし。

 ただ、内定期間中なのに報酬期間云々というのは変なので、627条の2項3項は排除してもよさそうです。
 また、2週間の「予告期間」は必要かどうか。まだ勤務が始まってもいないのに、あえて予告期間を設ける必要はなさそうです。何らかの損害が生じるならば損害賠償でカバーすればよいでしょうし。 


 約定の解約権には、内定者の「辞退権」も含まれているのでしょうか。どうも含まれていない前提で論じているように思います。

 もしそうだとすると、内定者は627条・628条により解約することになるでしょうか。


 さて、これが労働基準法・労働契約法ではどういう規律になるでしょうか。

全 労働基準法19条〜21条(解雇制限)(解雇の予告)

 労働契約成立後の解約(=解雇)である以上、これらが適用されるはずです。
 ただ、14日以内の試用期間は30日の解雇予告or解雇予告手当がいらないことになっています。とすれば、それよりも前の内定期間中も予告不要とすべきでしょう。そして、それとの見合いで、内定者からの解約も予告不要とすべきだと思います。

 実際のところ、賃金支払義務・労務提供義務が発生するわけでもないのに、2週間おあずけ食らわす意味が、労働者・使用者どちらにとっても存在しないと思います。

全 労働基準法89条3号(作成及び届出の義務)

 内定者に「就業規則」が適用されるかの問題となります。
 内定取消にあたっては就業規則記載の「解雇事由」に限定されるのか。それとも、内定期間用のルール(準就業規則?)が別途必要になるのかどうか。

 民法627条の理由なし解約が制限されるのは当然として、民法628条の「やむを得ない事由」解約も、就業規則・準就業規則に列挙された事由に限定されることになるでしょうか。

全 労働契約法16条(解雇)

 考慮要素は入社後とは相当違うでしょうが、解雇権濫用法理自体は内定期間中でも適用されることになるでしょう。

オ 労働基準法15条2項(労働条件の明示)

 たとえば、「入社前研修はないと説明されたのに実施されることになった」といった場合はここに該当するでしょうか。


 このように、内定取消・辞退の問題も、あくまでも通常の解約ルールの延長・地続きで検討すべきものでしょう。

 のに、労働法の書籍だと《論点飛びつき》な記述が飛び交っていて、まるで地に足がついていない。
 内定通知で労働契約が成立するという立場を採用した以上は、解約ルールも入社後と同じものをスライドさせた上で、どの部分が変容を受けるか、という手順で検討すべきです。

 とはいえ、そもそも入社後の解約ルール自体も、民法の規律を踏まえた上でどの箇所が労働基準法・労働契約法により変容を受けるか、という手順を踏んだ検討がなされていない、というのはその1〜4で検討したとおり。

 ので、本記事もほとんどが問題の指摘で終わってしまっているところです。
posted by ウロ at 10:10| Comment(0) | 労働法
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