2023年06月26日

三六協定と特別条項のあいだ 〜rosso e blu

 労働基準法って、単なる私法ではなく、民事+刑事+行政のスクラム法なわけです。労働契約法が民事単騎なのとは圧が違う。
 ゆえに、解釈の余地がありすぎる緩めの法制では、危うくて困るはずです。

 特に「労働時間法制」みたいものは、数字でガチガチになっているのかと思いきや。
 「時間外労働」に関する労働基準法36条で気になるところが。

労働基準法 第三十六条(時間外及び休日の労働)
@ 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。

A 前項の協定においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
一 この条の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させることができることとされる労働者の範囲
二 対象期間(この条の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる期間をいい、一年間に限るものとする。第四号及び第六項第三号において同じ。)
三 労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる場合
四 対象期間における一日、一箇月及び一年のそれぞれの期間について労働時間を延長して労働させることができる時間又は労働させることができる休日の日数
五 労働時間の延長及び休日の労働を適正なものとするために必要な事項として厚生労働省令で定める事項

B 前項第四号の労働時間を延長して労働させることができる時間は、当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において、限度時間を超えない時間に限る。

C 前項の限度時間は、一箇月について四十五時間及び一年について三百六十時間(略)とする。

D 第一項の協定においては、第二項各号に掲げるもののほか、当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第三項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合において、一箇月について労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させることができる時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め百時間未満の範囲内に限る。)並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間(同号に関して協定した時間を含め七百二十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。この場合において、第一項の協定に、併せて第二項第二号の対象期間において労働時間を延長して労働させる時間が一箇月について四十五時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、一箇月について四十二時間)を超えることができる月数(一年について六箇月以内に限る。)を定めなければならない。(6項以下略)


【お約束事項】
・「休日労働」については検討対象外とし、時間外労働については「月当たり労働時間」のみ記述します。
・5項の定めを「特別条項」といい、特別条項以外の定めを「三六協定」と表現することにします。

時間外労働の上限規制(厚生労働省)


 まず、三六協定の届出により法定労働時間を超えて労働させることができることになっています(1項)。
 延長できるのは、通常予見の範囲内で限度時間(月45時間)までです(3項・4項)。

 ここまでが原則で、5項では、通常予見の範囲外の事由により臨時的に労働させる必要がある場合は、限度時間を超えて労働させる旨定めることができるとされています。これがいわゆる「特別条項」といわれるものです。


 さて、これらのどこに《あいだ》があるのかというと。

 月45時間までは、通常予見できる事由を理由に時間外労働が許容されるわけですよね。
 そして、月45時間を超えたら、通常予見できない事由を理由とする場合にかぎり時間外労働が許容されると。
 では、通常予見できない事由を理由として、月45時間以内の時間外労働をさせることができるのかどうか。

あいだ.png


 これは、門外漢の条文イジり屋の単なる難癖などではなく。具体的な状況としては、次のような場合が考えられます。

 「当初は三六協定で月30時間と定めていた。その後、突発的な事情によりプラス月10時間ほど時間外労働をさせる必要が生じた。この場合に、時間外労働をさせることができるのかどうか。」

 普通に考えれば、まだ月45時間いってないんだから当然できる、と、思うじゃん。
 ところが、通常予見の範囲内でないことから、3項には該当しません。他方で、限度時間(月45時間)を超えていないことから、5項にも該当しません。
 結論は、どちらでもいけません、、、なことはないはずです。

 「できるだけ短く」の精神に従って、当初の協定を月30時間に抑えたせいで、その後、突発的な事情が生じても、そこから上が一切使えなくなるとか、どう考えても変です。
 が、法が「限度時間内+予見内」と「限度時間超+予見外」のマッチングだけで規律してしまっている以上、「限度時間内+予見外」パターンはどこにも行き場がないことになります。


 以上は、条文をバカ正直に読むとこうなる、という話です。3項と5項が、必要事由について「予見」を軸にして対になるかのように記述したのが隙間が空いた原因でしょう。

 3項の事由に予見外の場合も含むように書いてくれれば、この隙間は埋まります。

あいだ2.png


 もしこれを解釈論として導こうと思ったら、つぎのようになるでしょうか(A説)。

・5項は、月45時間から上にいくには特別の事情がなければならないとする規定である。
・これを反対解釈するならば、月45時間までは特別の事情があってもなくてもよいということができる。
・ゆえに、3項の文言には反するが、予見外の場合も三六協定が可能と解することができる。

 かなりの苦し紛れですが、法の不備を穴埋めするには、これくらいの無理を推して参る必要があるでしょう。

 制度設計としては、もうひとパターンあって。
 予見できない場合は月45時間以内でも特別条項でいくと。スタート時点で月30時間と決めた以上、事後的に追加できるのは特別の事情がある場合に限られると。

あいだ3.png


 「制度設計として」とことわったのは、5項に「限度時間を超えて」とある以上は、月45時間以内で特別条項を使うのは文言上無理があると思ってのことです。

 解釈論の範疇でどうにかしようと思ったら、一応、次のような解釈が展開できるでしょうか(B説)。

・5項には「3項の限度時間を超えて」とあるのであって、「4項の」ではない。
・4項の限度時間の範囲内において、2項4号で延長時間を定めることにより、この延長時間(たとえば月30時間)が、当該会社にとって「3項の」限度時間になる。
・ゆえに、予見外の事由でこの延長時間を超えたい場合は特別条項でいくことになる。
・他方で、予見内の事由であれば、月45時間までの残りを三六協定でいくことで3項の限度時間を広げる。とはいえ、当初の三六協定に含めていなかったわけで、あとから追加する事由で予見内といえる場合は、ほとんどないのではないか。

 3項の限度時間と4項の限度時間を別意に解するという、なかなかのアクロバティック解釈。ですが、3項の限度時間を「所定限度時間」、4項の限度時間を「法定限度時間」と名付けることで、あたかも実在する概念であるかのように観念することができるようになるでしょうか。
 念のため、思考訓練としてやっているだけで、真面目にこのような解釈が通用するとは、さすがに思いません。


 A説は、月45時間の枠までは事後的な追加も広く認める見解といえます。他方で、B説は、月45時間を使い切っていなくても、一度設定した以上は特別の事情がないかぎり事後的な追加を事実上認めない見解といえます。A説を「時間優先説」、B説を「事情優先説」ということができるかもしれません。
 どちらが妥当かについては、もはや立法論・政策論のレベルの問題であって、解釈論で決めることはできないと思います。どちらも条文の文言ガン無視ですし(反制定法解釈)。

 ではありますが、いずれの説もポリシーは極めて明確です。
 これに対して、現行法の書きぶりは、三六協定の上に特別条項をそっと乗っけてみた、という感じで、全体としてどう機能させるつもりなのかがはっきりしない。
 どういう立法過程だったのかは把握していませんが、労使間の妥協でこんな規定になってしまったんでしょうか。
 

 ここから先は実務運用の話になるはずなので、ド素人が口出しするべきことではないのでしょう。
 このような問題があるはずなのに、粛々と実務運用がなされているということは、私が盛大な思い違いをしているだけかもしれませんし。

 ところで、「様式第9号の2」をみてみると、
  ・限度時間を超える回数
  ・限度時間を超えた場合の割増賃金率
は書くことになっているのに、
  ・限度時間を超える時間
を書くことにはなっていません。
 「時間」については「様式第9号」と同じく、「法定労働時間」からの超過時間を書けばよいことになっています(所定労働時間は任意)。

 このことにより、実務上も現行法の「そっと乗っけてみた」感が忠実に再現されていることになります。
 特別条項により延長しようとする労働時間が、限度時間内なのか超なのかを特定しないでもよいため、「予見できない事由によって限度時間内の延長が認められるか」という問題意識が顕在化しないで済んでいます。

 確かに、5項をよくよく読んでみると、限度時間を超える「時間」を書けとは書いていないんですよね。ので、書式で勝手に条文を捻じ曲げているわけではないです。

 「予見できない事由/限度時間内」はこれで乗り切れるとして、では「予見できる事由」による延長を事後的に追加することはできるのでしょうか。
 たとえば、起算日以降に新規で継続的な業務が生じ、今後継続的に時間外労働が必要になったような場合です。事後に生じた事由ではあるものの、臨時的・突発的なものではなく今後継続的に生じる業務です。継続的な業務なので、年6回までといった縛りがかかっては困る。

 当初の三六協定(20時間)と特別条項(25時間)であわせて月45時間を届出ずみだとして、特別条項分を押しのけて25時間を三六協定で追加できるのかどうか。

 このことの答えを出すには、やはり上記A説・B説のような制度構造論を明確にすることが、避けて通れないのではないでしょうか。


 最近「注釈労働基準法・労働契約法」というコンメンタールが出たのですが。

「注釈労働基準法・労働契約法 第1巻: 総論・労働基準法(1) (有斐閣コンメンタール) 」(有斐閣2023)
「注釈労働基準法・労働契約法 第2巻: 労働基準法(2)・労働契約法 (有斐閣コンメンタール) 」(有斐閣2023)

 流し読みした程度ですが、残念ながら全体的に踏み込みが浅く「かゆいところに手が届く」内容にはなっていない印象を受けました。
 当然、上記のような疑問に応えるようなものでもなく。

 そのうちあらためて記事にします。
posted by ウロ at 10:02| Comment(0) | 労働法
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