今回は、「しかた」6頁の《類型論的アプローチ》に対し、《規範論的アプローチ》から批判的検討を加えてみます。
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
《規範論的アプローチ》: 要件の解釈及びあてはめが必要
《類型論的アプローチ》: 類型にあたるかだけを判断
【運営公式ガイド(しかた)】(類型)
令和3年分 年末調整のしかた
【条文】
所得税法190条
1 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で、第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が二千万円以下であるものに対し、その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合(その居住者がその後その年十二月三十一日までの間に当該支払者以外の者に当該申告書を提出すると見込まれる場合を除く。)
【要件】(規範)
@ 居住者
A 扶養控除等申告書提出
B 年の確定給与2000万円以下
C Aの提出を受けた支払者が年最後の給与を支払
D 12/31までにCの支払者以外に扶養控除等申告書を提出する見込みがある場合を除く
○
以下、「しかた」の類型につき、順不同で検討していきます("○"は対象になるとされている、"×"は対象にならないとされている、という意味です)。
× (8) 本年中の主たる給与の収入金額が2000万円を超える人
要件Bに対応します。
《要件事実論的思考()》からすれば、勝手に裏返すのは正しい表現ではない、ということは前回述べたとおりです。もちろん、分かりやすさからすればこの書き方でいいと思います。
「しかた」には「左欄に掲げる人のうち」という限定詞が付加されています。
これは、この限定詞をつけておかないと「なる人」類型と重複してしまうからです。たとえば、「1年を通じて勤務している2000万円超の人」だと(1)と(8)の両方に該当してしまいそうですが、この限定詞があることにより(8)だけに流し込めることになります。
これは、類型論で「なる人」「ならない人」の両面を列挙しようとすると、生じる問題です。
「なる人」類型同士での重複であればいいのですが、「なる人」類型と「ならない人」類型に跨って重複が生じるとあてはめ不能になってしまう、という類型論のイタイところ。闇雲に類型を掲げればいいのではなく、違うカテゴリー間での重複がないようにしなければなりません。
【もれとかぶり】
金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)
なお、この2000万円判定、転職したとか甲乙が混じっているとかの場合にどうやって算定するのか、という問題があります。が、対象者になる/ならないだけを切り離して類型化しているせいで、ここにはその判定方法が書かれていません。
親切心からの類型化なのであれば、対象者の問題だけでなく、こういった関連問題についてもまとめて書いておくべきだと思うのですが。
× (9) 2か所以上から給与の支払を受けている人で、他の給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している人や、年末調整を行うときまでに扶養控除等申告書を提出していない人(月額表又は日額表の乙欄適用者)
× (12) 継続して同一の雇用主に雇用されないいわゆる日雇労働者など(日額表の丙欄適用者)
いずれも要件Aからは当然の類型です。(9)と(12)で類型が分断されているのは、乙か丙かの違いでしょうか。
(9)の書き方は紛らわしい。下記読み方2が正しいのでしょうが、それは予め答えが分かっているからそう読めるというだけです。
親切心で類型化しているのであれば、アイは別類型にしてあげればいいと思うのですが。
・読み方1
2か所以上から給与の支払を受けている人で
ア 他の給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している人
イ 年末調整を行うときまでに扶養控除等申告書を提出していない人
・読み方2
ア 2か所以上から給与の支払を受けている人で他の給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している人
イ 年末調整を行うときまでに扶養控除等申告書を提出していない人
そもそも、乙丙ひっくるめて「年末調整までに自社に扶養控除等申告書を提出していない人」でまとめられるものではありますが。
○ (3) 死亡により退職した人
○ (4) 著しい心身の障害のため退職した人で、その退職の時期からみて、本年中に再就職ができないと見込まれる人
通達190-1(1)(3)に掲げられているものです。
C最後の給与で、D見込みなしなので、当然に対象者となります。
○ (7) 年の中途で、海外の支店へ転勤したことなどの理由により、非居住者となった人(非居住者とは、国内に住所も1年以上の居所も有しない人をいいます。)
× (11) 非居住者
要件@に対応します。(7)は通達190-1(2)に掲げられているものです。
(11)が対象外になるのはいいとして、(7)はなぜ対象になるのか。これは居住者としての最後の給与を受けていた時点で要件を満たしているから対象になる、ということになります。
要件だけをみてこのような解釈・あてはめをするのは難しいでしょうから、(7)のような類型を掲げることには、一定の意義があるわけです。
上述のとおり、類型論において「なる人」「ならない人」で重複するのはマズいと書いたばかりですが、(7)と(11)は文言上重複しちゃっています。(11)には、「(7)以外の」という限定詞を付加する必要があるでしょう。
(7)のカッコ書きに(非居住者とは、国内に住所も1年以上の居所も有しない人をいいます。)という定義が書かれています。
これ自体は条文をベースにした表現なので間違いということではないのですが、この定義のままでは(7)本文の類型はありえないことになります。
というのも、非居住者となるのに「1年以上の海外居住」を要求されるのだとしたら、年の中途で出国したとしても、出国から1年経過しなければ非居住者になれないことになります。そうすると、年末調整をする時点ではまだ居住者のままであって、年内に非居住者になることはありえません。
もちろん専門家であれば、これは「過去1年の実績」ではなく、出国時に「1年以上勤務予定」かで判定されることは知っているわけです。が、この書きぶりでは非専門家には分かりようがない。
(7)の逆パターンである「年の中途で非居住者から居住者になった人」がどこにも書かれていません。結論的には「対象者になる」のですが、(1)〜(12)のいずれの類型にも当てはまるものがありません。
また、(1)では「1年を通じて」と期間が明示されているのに、(11)ではどの時点で非居住者だと対象者にならないのかが分かりません。
最終的な結論としては、
居住者期間の給与⇒対象
非居住者期間の給与⇒対象外
と、年内に居住者期間があればその期間が年末調整の対象となるわけです。が、「しかた」の書きぶりではこの結論がでてこない。
(1)を、(7)(11)と対比して分かることは、(1)は「居住者」の場合だということです。
「1年を通じて(海外で)勤務している人」は対象外となるわけですが、(1)の書きぶりだとこれが排除されていない。(1)は「1年を通じて(国内で)勤務した人」と書かなければならないはずです。
他方で、(11)は「1年を通じて(海外で)勤務している人」と書かなければなりません。
ということで、以上をもれなく・かぶりなく類型化するならば、
○ 1年を通じて国内勤務している人
○ 居住者→非居住者 (居住者期間が対象)
○ 非居住者→居住者 (居住者期間が対象)
× 1年を通じて海外勤務している人
とする必要があります。
そして、居住者/非居住者の判定については、出入国時の予定(予定変更があった場合はその時点の予定)で判定することも明記してあげるべきでしょう。
○
(2)(5)(6)(10)が残っていますが、思いがけず長くなったので次回にまわします。
リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
2021年11月15日
リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
posted by ウロ at 10:10| Comment(0)
| 年末調整
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