今回は、「しかた」のへなちょこ類型から離れて、12月中転職の場合に、転職元/転職先においてどのような対応が必要となるのかを、《規範論的アプローチ》の観点から検討してみます。
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
【運営公式ガイド(しかた)】(類型)
令和3年分 年末調整のしかた
【条文】
所得税法190条
1 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で、第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が二千万円以下であるものに対し、その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合(その居住者がその後その年十二月三十一日までの間に当該支払者以外の者に当該申告書を提出すると見込まれる場合を除く。)
【要件】(規範)
@ 居住者
A 扶養控除等申告書提出
B 年の確定給与2000万円以下
C Aの提出を受けた支払者が年最後の給与を支払
D 12/31までにCの支払者以外に扶養控除等申告書を提出する見込みがある場合を除く
○
舞台設定は次のとおり(@居住者、B2000万円以下は満たすものとします)。
1/1 A社 扶養控除申告書提出
12/10 A社 退職
12/15 A社 給与支給
12/16 B社 入社。扶養控除申告書提出
パターン1 12月中にB社給与支給あり
パターン2 12月中にB社給与支給なし
○パターン1
ア A社の処理
まず、A社において対象者となるか。
C最後の支払いでない、DB社で扶養控除申告書提出見込みあり、であるため対象者とはなりません。
もし、B社の状況を確認しないまま年末調整をしてしまった場合はどうすべきか。
年末調整しなかった状態に巻き戻す、というのが正しい処理になるのでしょう。
なお、年末調整はできないとして、退職後支給の源泉徴収を「甲欄」でやってもよいのか、という問題があります。
この点は、通達194・195-6が、B社提出まではA社の扶養控除等申告書が及ぶとしているので、「甲欄」でやってもよいことになります。その結果、B社の年末調整にA社の給与をすべて取り込むことができます。
イ B社の処理
いずれの要件も満たすことから、対象者となります。
もし、A社で「年調済み」の源泉徴収票を持ってきたらどうすべきか。
「年調未済」で出し直してもらうのが正しい対応なのでしょうが、時間的にはかなり厳しい。
A社「年調済み」のまま取り込むか、取り込まずに自社分のみで年末調整を行って、あとは本人に確定申告してもらうか、悩ましい判断を迫られます。
○パターン2
ア A社の処理
C最後の支払いではあるのですが、ADが問題となります。
というのも、B社で年内に扶養控除申告書を提出してしまっているため、ADの要件を満たさないように思えるからです。
この点、通達194・195-6に依拠するならば、12/15の支給時に年末調整してもよいことになりそうです。
しかしながら、同通達は、直接的には支給時の源泉徴収を念頭においた緩和ルールであって、年末調整までは想定していないように思えます。
また、法律レベルでは、D「12/31までの」提出見込み無しを要求しています。そのため、たとえA社支給後であっても年内にB社に提出する予定ならば、Aは満たしてもDを満たなさいことになるのでしょう。
とすると、同通達が及ぶのは「12/15支給時の源泉徴収は甲欄でやってもいいよ」というところまでで、「年末調整やってもいいよ」までは及ばないと理解すべきように思えます。
解釈論としては、B社へ提出したのが「令和4年分」ならばA社の「令和3年分」の効力は妨げられない、と解する余地もあります。が所得税法190条ではそのような書き分けがされているわけではないので、少なくとも「文理解釈」からは出てこない。
実務的には、B社への提出を来年まで待ってもらって、A社で年末調整をするというのが無難でしょうか。
イ B社の処理
B社側では、ADは満たすもののCを満たしません。
それゆえ、年末調整をしないのが正しい処理ということになります。
もし、A社の「年調未済」の源泉徴収票をもってきたらどうすればよいか。
法的には対象とすべきではありません。が、正しくないのは承知で親切心で年末調整してあげるか、建前どおり確定申告でやってもらうかの判断が必要となります。
○
上記舞台設定の時系列を少し入れ替えます。
1/1 A社 扶養控除申告書提出
12/10 A社 退職
12/11 B社 入社。扶養控除申告書提出
12/15 A社 給与支給
パターン3 12月中にB社給与支給あり
パターン4 12月中にB社給与支給なし
A社最終支給「前」にB社に扶養控除申告書を提出した場合はどうなるか。
○パターン3
ア A社の処理
C最後の支払いではないため、年末調整の対象者とならないのはパターン1と同じです。
問題は、12/15支給前にB社に扶養控除申告書を提出済みであることから、12/15支給には通達194・195-6が及ばずに「乙欄」で源泉徴収しなければならないのでは、ということです。
もしそうだとすると、A社の乙欄給与はB社の年末調整に取り込むことはできません(通達190-2)。この部分だけのために確定申告をしなければならないということです。
これを避けるためには、B社への提出をA社最後の支給まで待ってもらうべきなのでしょう。
まあ、扶養控除申告書を紙で作成していれば、いつ提出したかなんて分かりようがないかもしれません。が、電子でやっている場合には、ばっちり提出日が残ってしまうはずです。
なお、B社に提出するのは「令和3年分」となるので、上記の「年分」で効力を分けるという解釈論はここでは使えません。
法の規律が「提出」「支払」と違うものを要求しているせいで、厄介な問題が生じているということです(「しかた」の類型はこの違いに無頓着)。
イ B社の処理
対象者となるのはパターン1と同じです。
気をつけなければならないのは、A社の給与をどの範囲まで取り込むかです。
ではあるのですが、A社が「乙欄」で徴収すべき給与まで「甲欄」の源泉徴収票に合算していた場合、そこに気付けというのは無理があると思いますが。
かといって、よくわからないからA社の給与は一切取り込まない、ということも、それはそれでアウトです。
○パターン4
ア A社の処理
C最後の支払いではあるのですが、ここでもADが問題となります。
パターン4は、パターン3と同様、通達194・195-6が及ばないため年末調整することはできず、12/15支給を「乙欄」で源泉徴収しなければなりません。あるいは、「年分」で分ける解釈論を採用して、「甲欄」で源泉徴収してしまうかどうか。
A社で年末調整をするには、年明けまでB社への扶養控除申告書の提出を待ってもらうのが無難でしょうか。もちろん、「年分」で分ける解釈論を採用して勝負することも考えられますが。
イ B社の処理
パターン2と同様、C最後の支払いがないことから対象外となります。
もし、A社の「年調未済」の源泉徴収票をもってきたらどうすればよいか。
この点もパターン2と同様、正しくないのは承知で親切心でやってあげるか、建前どおり確定申告でやってもらうかの判断が必要となります。
○
以上、大量処理をする中でこんなこと逐一検討してられるか、というところであって、およそ実務的ではない、という評価がされる問題だとは思います。
が、あえて間違えるにしても、本来のあるべき処理というものはひととおり理解しておくべきでしょう。
全体を通して、そこはかとなく感じる違和感、所得税法の給与理解が、どうやら今どきの給与の支給サイクルとズレているのでは、ということです。この点は、収入計上時期を検討したときにも感じたことです。
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
今どきは、一定期日で締めてから後日支給、というのが一般的です。
なのに、「支給→退職」類型は掲げながら「退職→支給」類型をあげない、退職後の支給を「追加払」よばわりする、「支払」「提出」と違うものを要求しているせいでタイミングによっては乙欄給与が出てきてしまう、などといった一連の規律をみると、現実とうまく噛み合っていない印象を受けます。
それでも実務はまわっているわけで、ツッコむだけ野暮、ということでしょうか。
○所得税基本通達
(その年中に支払うべきことが確定した給与等の計算)
190-2法第190条第1号及び第2号に規定する「その年中に……支払うべきことが確定した給与等」の金額は、次に掲げる場合には、それぞれ次により計算することに留意する。
(1)その年の中途までその支払者から法別表第2若しくは第3の乙欄又は別表第4の乙欄を適用する給与等(以下この項において「乙欄給与等」という。)の支払を受けていた場合 その者に対しその年中に支払う乙欄給与等と法別表第2若しくは第3の甲欄又は法別表第4の甲欄を適用する給与等(以下この項において「甲欄給与等」という。)とを通算する。
(2)その年の中途までその支払者から法別表第3の丙欄を適用する給与等(以下この項において「丙欄給与等」という。)の支払を受けていた場合 その者に対しその年中に支払う丙欄給与等と甲欄給与等とを通算する。
(3)法第190条第1号かっこ内の規定により他の給与等の支払者が支払う給与等を通算する場合 当該他の給与等の支払者が支払う甲欄給与等(当該他の給与等の支払者がその年1月1日以後給与所得者の扶養控除等申告書の提出を受けるまでの間にその者に対し支払う乙欄給与等又は丙欄給与等があるときは、これらの給与等を含む。)と自己がその者に対しその年中に支払う甲欄給与等(他にその年中にその者に対し支払う乙欄給与等又は丙欄給与等があるときは、これらの給与等を含む。)とを通算する。
(年の中途で退職した者に係る給与所得者の扶養控除等申告書等の効力)
194・195-6 給与所得者の扶養控除等申告書又は従たる給与についての扶養控除等申告書を提出した者が年の中途においてその提出を経由した給与等の支払者のもとを退職した場合には、これらの申告書はその退職により効力を失うものとする。ただし、その退職後その年中に当該支払者がその退職した者に給与等の追加払等をする場合において、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げることが明らかなときは、当該追加払等をする給与等に係る源泉徴収税額は、これらの申告書が退職後も引き続き効力を有するものとして計算して差し支えない。
(1) その退職した者が給与所得者の扶養控除等申告書を提出した者である場合 その追加払等をする時において、その退職した者が他の給与等の支払者を経由して給与所得者の扶養控除等申告書を提出していないこと。
(2) その退職した者が従たる給与についての扶養控除等申告書を提出した者である場合 その追加払等をする時において、その退職した者が他の給与等の支払者を経由して当該申告書に記載されている源泉控除対象配偶者及び控除対象扶養親族を記載した給与所得者の扶養控除等申告書又は従たる給与についての扶養控除等申告書を提出していないこと。
2021年11月29日
リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
posted by ウロ at 10:54| Comment(0)
| 年末調整
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