年末調整に関しては、「理論書」なり「体系書」というものが皆無です。
あるのは、1年サイクルの使い捨て感満載の「実務書」だけ。1年サイクルとはいっても、実際に使われるのは出版から数ヶ月だけでしょうし。
また、たとえば、年の中途で配偶者と離婚したとか死別したとかいった異動が生じた場合に、全体にどういった影響があるのか、といった「機能的」な観点からの書籍も皆無。
個々の所得控除ごとに書いてあったりなかったりで、まとまった記述をしてくれているものがない。
ということで、整理をしてみることにしました。
今回は配偶者と「離婚」した場合です。以下、各控除はそれぞれ独立したものとし、年末調整でやるもののみを検討対象とします。
そして、離婚したことで前年と当年の処理がどのように変わってくるか、という観点から記述します。
余談ですが、「一度正面からひととおり勉強した後に、基本的な事例につきパラメータを少しずついじることで、要件のあてはめがどのように変化するか」という観点から勉強をするの、かなり有益だと個人的には思っています。
少なくとも、長文の判決文を闇雲に読ませるようなやり方よりは。
○
基本的なスタンスは、法85条により「12/31の現況」で判断となるため、年の中途で離婚をしたら当年は「配偶者なし」扱いとなります。
が、控除の性質に応じて若干の違いがでてきます。以下、控除ごとに個別にみてみます。
1 給与所得控除
前年 適用あり
当年 本人の給与収入のみで判定なので影響なし
2 所得金額調整控除
前年 配偶者(特別障害者)として適用していた
当年 離婚したら適用できない
3 基礎控除
前年 適用していた
当年 本人の所得のみで判定なので影響なし
4 社会保険料控除
前年 配偶者負担分につき適用を受けていた
当年 離婚まで支払分は適用あり(?)
「?」とあるのは、生命保険料控除については通達76-1に「支払時の現況」で判断とあるのに、社会保険料控除についてはそのような規定がないからです。いわゆる保険料グループとしておそらく同じであろう、という私見による解釈にとどまります。
こういう通達にないもの、そこらの「実務書」の類には絶対に(絶対に)記載されることがない。
【税務本の表と裏】
西村美智子 中島礼子「組織再編税制で誤りやすいケース35」(中央経済社2020)
5 小規模企業共済等掛金控除
前年 適用を受けていた
当年 本人負担分のみなので影響なし
他の保険料グループと違って、これは本人負担分しか認められていません。
「離婚」という横串を通すことで、縦割りの「実務書」では見えてこなかった控除ごとの違いがよく見えてきます。
6 生命保険料控除
前年 受取人配偶者で適用を受けていた
当年 離婚まで支払分は適用あり(通76-1)
上記の通り、生命保険料控除については「支払時の現況」だとする通達があります。
離婚したばかりでお忙しいでしょうがすみやかに受取人変更しましょう、ということになります。
7 地震保険料控除
前年 配偶者所有住居につき適用を受けていた
当年 離婚まで支払分は適用あり(?)
「?」とあるのは、社会保険料控除と同じく規定がないからです。
なお、財産分与なりで所有権の移転を受けたら、引き続き適用を受けられることになります。
8 配偶者控除・配偶者特別控除
前年 適用を受けていた
当年 離婚したら適用できない
まあ、当然だと。日割りとかはないわけです。
9 扶養控除
前年 子を控除対象として適用していた
当年 離婚により子が扶養親族でなくなったら適用できなくなる
AB離婚後、Aは同居して育てている/Bは養育費を支払っている、という場合にどちらの扶養親族となるか。
帰属ルールは法85条5項・令219条に定められていますが、いずれにしても重複適用はできません。
いわゆる「親権」をとるとらない、という民法上のド派手な権利レベルの紛争だけでなく、どちらの扶養親族とするか、という税法上の争いもあるということです。
10 障害者控除
前年 配偶者を障害者として適用を受けていた
当年 離婚したら適用を受けられなくなる
11 寡婦控除(女性・合計所得金額500万円以下)
前年 適用なし
当年 扶養親族(子以外)がいれば適用できる
離婚すれば「寡婦」になるわけです。
子以外とあるのは、子の場合は次の「ひとり親控除」になるからです。
子以外の場合は血族/姻族で分断されるわけだから、子のような奪い合いは生じないでしょうか(ただし、孫以下は子と同じか?)。
12 ひとり親控除(合計所得金額500万円以下)
前年 適用なし
当年 扶養親族(子)がいれば適用できる
離婚すれば「ひとり親」になります。税法上の扶養親族(子)の奪い合いになるのは上記のとおり。
13 勤労学生控除
前年 適用を受けていた
当年 本人が勤労学生の場合だけなので影響なし
これは、あくまで本人だけなんですよね。
もしかしたら、離婚して一人で子供を育てることになったので学校に通う時間がなくなった、ので退学した、ということがありうるかもしれません。この場合は「12/31の現況」で判断となるので適用受けられなくなります。
14 住宅ローン控除
前年 適用を受けていた
当年 離婚後も引き続き居住していれば影響なし
なお、配偶者に「財産分与」してしまうと、本人は適用を受けられなくなります。
この場合、配偶者の側で適用を受けられる可能性があります。
財産分与により住宅を取得した場合(質疑応答事例)
また、「単身赴任」で配偶者のみ居住でも適用を受けられることになっていますが、この状態で離婚をすると適用できなくなります。仮に、離婚後も元配偶者に引き続き居住してもらったとしても、もはや「他人」なので適用不可です。
No.1234 転勤と住宅借入金等特別控除等
次回は「死別」の場合を検討します。
○所得税法
(扶養親族等の判定の時期等)
第八十五条 第七十九条第一項(障害者控除)又は第八十条から第八十二条まで(寡婦控除等)の場合において、居住者が特別障害者若しくはその他の障害者、寡婦、ひとり親又は勤労学生に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日(その者がその年の中途において死亡し、又は出国をする場合には、その死亡又は出国の時。以下この条において同じ。)の現況による。ただし、その居住者の子がその当時既に死亡している場合におけるその子がその居住者の第二条第一項第三十一号イ(定義)に規定する政令で定める子に該当するかどうかの判定は、当該死亡の時の現況による。
2 第七十九条第二項又は第三項の場合において、居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が同項の規定に該当する特別障害者(第百八十七条(障害者控除等の適用を受ける者に係る徴収税額)、第百九十条第二号ハ(年末調整)、第百九十四条第一項第三号(給与所得者の扶養控除等申告書)、第二百三条の三第一号ト(徴収税額)及び第二百三条の六第一項第五号(公的年金等の受給者の扶養親族等申告書)において「同居特別障害者」という。)若しくはその他の特別障害者又は特別障害者以外の障害者に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日の現況による。
ただし、その同一生計配偶者又は扶養親族がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。
3 第七十九条から前条までの場合において、その者が居住者の老人控除対象配偶者若しくはその他の控除対象配偶者若しくはその他の同一生計配偶者若しくは第八十三条の二第一項(配偶者特別控除)に規定する生計を一にする配偶者又は特定扶養親族、老人扶養親族若しくはその他の控除対象扶養親族若しくはその他の扶養親族に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日の現況による。ただし、その判定に係る者がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。
4 一の居住者の配偶者がその居住者の同一生計配偶者に該当し、かつ、他の居住者の扶養親族にも該当する場合には、その配偶者は、政令で定めるところにより、これらのうちいずれか一にのみ該当するものとみなす。
5 二以上の居住者の扶養親族に該当する者がある場合には、その者は、政令で定めるところにより、これらの居住者のうちいずれか一の居住者の扶養親族にのみ該当するものとみなす。
6 年の中途において居住者の配偶者が死亡し、その年中にその居住者が再婚した場合におけるその死亡し、又は再婚した配偶者に係る同一生計配偶者及び第八十三条の二第一項に規定する生計を一にする配偶者並びに扶養親族の範囲の特例については、政令で定める。
○所得税法施行令
(二以上の居住者がある場合の扶養親族の所属)
第二百十九条 法第八十五条第五項(扶養親族等の判定の時期等)の場合において、同項に規定する二以上の居住者の扶養親族に該当する者をいずれの居住者の扶養親族とするかは、これらの居住者の提出するその年分の前条第一項に規定する申告書等(法第百九十五条の二第一項(給与所得者の配偶者控除等申告書)の規定による申告書を除く。以下この条において「申告書等」という。)に記載されたところによる。ただし、本文又は次項の規定により、その扶養親族がいずれか一の居住者の扶養親族に該当するものとされた後において、これらの居住者が提出する申告書等にこれと異なる記載をすることにより、他のいずれか一の居住者の扶養親族とすることを妨げない。
2 前項の場合において、二以上の居住者が同一人をそれぞれ自己の扶養親族として申告書等に記載したとき、その他同項の規定によりいずれの居住者の扶養親族とするかを定められないときは、次に定めるところによる。
一 その年において既に一の居住者が申告書等の記載によりその扶養親族としている場合には、当該親族は、当該居住者の扶養親族とする。
二 前号の規定によつてもいずれの居住者の扶養親族とするかが定められない扶養親族は、居住者のうち総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額又は当該親族がいずれの居住者の扶養親族とするかを判定すべき時における当該合計額の見積額が最も大きい居住者の扶養親族とする。
○所得税基本通達
(控除の対象となる生命保険料等)
76−1 法第76条第1項に規定する「新生命保険料」(76−6において「新生命保険料」という。)、同項に規定する「旧生命保険料」(76−2において「旧生命保険料」という。)、同条第2項に規定する「介護医療保険料」、同条第3項に規定する「新個人年金保険料」(76−8において「新個人年金保険料」という。)又は同項に規定する「旧個人年金保険料」(76−8において「旧個人年金保険料」という。)に該当するかどうかは、保険料又は掛金を支払った時の現況により判定する。
2021年12月13日
機能的年末調整論(その1) 〜年末調整と離婚(配偶者)
posted by ウロ at 10:27| Comment(0)
| 年末調整
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