特定事業用宅地はトキ・モノ・モノ(その1)
【原則要件】 ○
1 事業の用に供されていた宅地
2ア 被相続人の事業
事業承継要件 相続税の申告期限までに承継し継続
保有継続要件 申告期限まで保有
2イ 生計一親族の事業
事業継続要件 相続開始前から申告期限まで継続
保有継続要件 申告期限まで保有
【除外要件】 ×
「相続の開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地」は除く
【除外要件の除外要件】 ○
「一定の規模以上の事業を行っていた被相続人等の事業の用に供された宅地」は除かない(除くを除く)
「一定の規模以上の事業」
事業の用に供されていた一定の資産のうち
被相続人等が有していたものの相続開始時の価額の合計額 ≧15%
新たに事業の用に供された宅地等の相続開始時の価額
「一定の資産」(その事業の用に供されていた部分に限る)
・その宅地等の上に存する建物(その附属設備を含みます。)、構築物
・所得税法2条1項19号に規定する減価償却資産でその宅地等の上で行われるその事業に係る業務の用に供されていたもの
No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
【お約束事項】
・条数は省略して項数以下で引用します。
法 第六十九条の四(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)
令 第四十条の二(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)
規 第二十三条の二(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)
・条文引用は例によってド派手に省略するので、正確には原文をご確認ください。
・要件のうち、「3年縛り」絡みだけを検討します。
○
「一定の資産」について、参照先の所得税法の内容は次のとおりとなっています。
所法(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
十九 減価償却資産 不動産所得若しくは雑所得の基因となり、又は不動産所得、事業所得、山林所得若しくは雑所得を生ずべき業務の用に供される建物、構築物、機械及び装置、船舶、車両及び運搬具、工具、器具及び備品、鉱業権その他の資産で償却をすべきものとして政令で定めるものをいう。
所令(減価償却資産の範囲)
第六条 法第二条第一項第十九号(定義)に規定する政令で定める資産は、棚卸資産、有価証券及び繰延資産以外の資産のうち次に掲げるもの(時の経過によりその価値の減少しないものを除く。)とする。
一 建物及びその附属設備(暖冷房設備、照明設備、通風設備、昇降機その他建物に附属する設備をいう。)
二 構築物(ドック、橋、岸壁、桟橋、軌道、貯水池、坑道、煙突その他土地に定着する土木設備又は工作物をいう。)
三 機械及び装置
四 船舶
五 航空機
六 車両及び運搬具
七 工具、器具及び備品(観賞用、興行用その他これらに準ずる用に供する生物を含む。)
八 次に掲げる無形固定資産 (リ以外省略)
リ ソフトウエア
九 次に掲げる生物(第七号に掲げるものに該当するものを除く。)
(省略)
意外なことに、条文上は「無形固定資産」が除外されていません。ので、その土地の上で行う事業で使うのであれば、「ソフトウェア」も対象に含まれることになります。
とはいえ、あくまでも、
土地−事業−ソフトウェア
と、土地の上で行う事業と結びついている必要があります。
また、「一定の資産」が1(建物、附属設備、構築物)と2(それ以外)で書き分けられているのは、1は土地上に所在することが求められるが、2は必ずしも土地上に存在することを求められていないということでしょう(営業用の自動車とか)。
問題は、資産の「所有」を求められていることです。
個人事業を始めるにあたって、レンタル・リース・サブスクリプションなどの非所有形態をフル活用して設備投資額を最小限に抑えようとすると、要件を満たせなくなってしまいます。
『特定事業用宅地がダメなら、法人化して特定同族会社事業用宅地を使えばいいじゃない』ということかもしれません。が、たとえばですけど、個人事業段階ではなるべく非所有形態でスタートさせておいて、うまくいきそうなら法人化して所有形態に切り替えていく、というスタイルもありうるはずです。
【除外要件の除外要件】を額面通りに受け取るならば、このようなチャレンジスタイルを抑制することになるわけですが、それでいいのかどうか。
また、「事業実態」としてはモノにだけ着目していて、ヒトの要素がまったく考慮されていません。沢山人を雇って付加価値を高めるような事業であっても、モノを所有しなければダメなんだと。
法人税・所得税が、ヒト(所得拡大)/モノ(投資促進)の両面から優遇税制を設けているというのに、特定事業用宅地ではヒトの要素が抜け落ちてしまっています。
○
特定居住用宅地、貸付事業用宅地でも同じ雰囲気を感じましたが、申告期限以降の「居住継続・事業継続」というものに関心が向けられていないように思えます。
どちらかといえば、「事業畳むのにモノが沢山あると処分が大変だから、相続税は下げといてあげよう」という、事業を終わらせやすくする方向での配慮に思えます(事業廃止促進税制)。このように捉えることで、始めたての非所有メインの事業が優遇を受けられないことが、よく理解できます。
が、だとしたら「申告期限」までの事業継続を要求するのは謎です。
事業継続/事業廃止のいずれを促進するにしても、申告期限までの事業継続という中途半端な要求になっているのは説明しがたい。どちらの税制からもすんなり出てこない要件。
【事業継続要件(理念型)】
事業継続促進税制:申告期限後も事業継続を求める
事業廃止促進税制:申告期限までに事業廃止を求める
????????:申告期限までの事業継続を求める
なお、(こういう言い方をするのはなんですが)相続にともなって事業を畳む際には、モノだけでなくヒトも整理の対象となります。特定事業用宅地の適用を受けるために、相続後申告期限までは事業を継続させたとして、その後、被用者との雇用契約をすんなり終了させられるのかは、ひとつの問題となります(整理解雇)。
というのに、ヒトに対する配慮をしないというのは、「資産税だから気にしない」といって済ませられるものでしょうか。相続税法と労働法制とがうまく連結されていない、ひとつの場面。
逆に、特定事業用宅地の適用狙いで申告期限までのつもりで事業継続していたら、従業員に察せられて、その前に退職されてしまって事業継続要件を満たせなくなる、なんて事態もあるかもしれません。
以前、「所得拡大促進税制」が労働者にとっての武器になる、ということを論じましたが、それと同じことがここでも起こりえます。
武器としての所得拡大促進税制 〜労働者にとっての。
ちなみに、「個人版事業承継税制」が、特定事業用宅地とは別建ての、相容れない制度として創設されています。こちらは額面通り、事業承継を促進するための税制となってます。
このような制度が新設されたことからしても、特定事業用宅地を「事業継続」促進のための制度とみるのは正しくなさそうです。
個人版事業承継税制(国税庁)
○
「貸付事業用宅地」の場合、3年以内に追加することが許容されるのは「特定貸付事業」に該当するものに限られるかどうか、ということが問題になりました。
これに対して、「特定事業用宅地」の場合は、追加する事業そのものについて正面から一定規模以上の事業を要求されているので、そのことが論点になることはありません。
また、「相続人が死んだらどうなる」問題も、貸付事業用宅地のようにトキ・ヒト・モノが複雑に絡み合ったりしていないので、そう難しく考える必要はありません。
結果的に同じような配列にはなっていますが、貸付事業用宅地のほうはあれこれさんざん捏ねくり回した上で、どうにかまとめたものです。きれいにまとまった風ですが、「特定貸付事業者」の定義の中にいろんな含意がビルドインされています。
他方で、特定事業用宅地のほうは、条文から素直に導き出せるものです。当該土地のことと当該事業のことを中心に検討すればあてはめができます。
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