2022年07月04日

貸付事業用宅地におけるトキ・ヒト・モノ(その5) 〜趣旨論

 貸付事業用宅地の特例について、要件整理はどうにかできました。が、そもそもこの制度の趣旨は何なんでしょうか。

貸付事業用宅地におけるトキ・ヒト・モノ(その1) 〜規範論
貸付事業用宅地におけるトキ・ヒト・モノ(その2) 〜類型論
貸付事業用宅地におけるトキ・ヒト・モノ(その3) 〜過程論1
貸付事業用宅地におけるトキ・ヒト・モノ(その4) 〜過程論2

 家なき子特例については少なくとも『出戻り保護』ではないことまでは分かりました。ではありますが、では何を保護しようとしているのかについては、さっぱり分かりませんでした。

僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)

 今回も、懲りずに立法趣旨を探ってみます。


 貸付事業用宅地の特例の座組は次の通りでした。

【原則要件】 ○
1 貸付事業の用に供されていた土地
2イ 被相続人の貸付事業の場合
    事業承継要件 相続開始時から申告期限までの間に承継し継続
    保有継続要件 申告期限まで保有
2ロ 生計一親族の貸付事業の場合
    事業継続要件 相続開始前から申告期限まで継続
    保有継続要件 申告期限まで保有

【除外要件】 × (除1と呼びます)
 相続の開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地は除く

【除外要件の除外要件】 ○ (除2と呼びます)
 相続開始の日まで3年を超えて引き続き「特定貸付事業」を行っていた被相続人等のその特定貸付事業の用に供された宅地は除かない(除くを除く)


 原則要件では、事業・保有の継続が「申告期限」までという、中途半端なところまでの要求となっています。
 申告期限後も事業・保有が継続することやその見込みすら要求されていないということは、本特例は貸付事業の「継続」を積極的に保護するつもりはないのでしょう。
 継続方向にどうかこじつけるとしたら、せいぜい『申告期限までは頑張って続けてみてよ。もし続けられそうならその後も続けてほしい、かな。』程度でしょう。

 では、何を保護しようとしているのか。除2要件が『たとえ駆け込みであっても保護すべきものがそこにはある』という心づもりで設けたものでしょうから、当該要件がどのように機能するかという観点からみてみることにしましょう。


 貸付用の土地を購入しようと考えている人の立場から、除2を考えてみると、

ア すでにガチ貸付事業をやっている人の場合
 自分がいつ亡くなっても新規購入分も適用受けられるから、減額効率のよい単価高め・収益力高めの物件があれば購入していこう。

イ これまで貸付事業をやったことがない人の場合
 3年以内にうっかり亡くなっちゃうと特例適用できなくなるから、購入を控えよう。

と機能することになります(厳密にいうと、購入ではなく事業供用ですが、購入したら即事業供用するということで)。

 有り体にいえば、「持てる者はより持てるようになり、持たざる者はいつまでも持てるようにならない」という格差の拡大再生産を、本制度は推進していることになります(格差拡大促進税制)。

 「持てる者」はすでに限度面積を超えていることが多いのかもしれません。が、上記の通り、死ぬまで減額効率のよい物件漁りが許容されていることになります。超高層マンション(分譲)を想定するならば、限度面積にまだまだ余裕がある可能性もあります。

 また、「持たざる者」でも3年生きることを頑張れば、適用を受けられることにはなります。が、自分が3年超生き延びられるかどうかなど事前に分からないわけで、本特例を《行為規範》として考えた場合には、購入を控えざるをえないでしょう。

【税法における行為規範】
税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)


 ということで、除2要件を額面どおり素直に受け取るならば、

ア すでにガチ貸付事業をやっている人は好きに増やしていいよ。
イ これから新規で貸付事業を始めようとする人が増えるのは望まない。

という、《既得権益保護税制》だと捉えることができます。

 もちろん、こんなことを公刊物で大っぴらに宣う奴いるはずありません。
 《運営》側の説明では「タワマン節税防止」だということになっています。

平成30年度税制改正の解説(財務省) P.641

 実際そういう側面があるのは事実なので、嘘をついているわけではありません。
 が、本特例が機能する人/しない人は次の通り分かれます。

 ア すでに持っている人のタワマン節税 →防止しない
 イ まだ持っていない人のタワマン節税 →防止する

 下手に嘘をつかれるよりも、たちが悪い。
 このような露骨な差別がされているにもかかわらず、世の実務本は《運営》の説明を鵜呑みにしちゃっているわけで、粗忽と言わざるを得ない。


 このように、貸付事業用宅地の特例は《格差拡大促進税制》あるいは《既得権益保護税制》として機能することが分かりました。
 立案担当者的には「そんなつもりは毛頭ない」というかもしれません。ですが、実際に出来上がった要件を正確に理解するならば、そのように機能することは自明のことです。

アレオレ租税法 〜立案者意思は立法者意思か?

 とはいえ、機能と立法趣旨とは必ずしもイコールではありません。本特例でも、原則要件が「申告期限」までという中途半端な保有・事業継続を求めているわけで、このこととの折り合いをつける必要があります。

 次のような説明が可能でしょうか。

・本当は節税目的だけの駆け込み購入を排除したい。が、主観的な「つもり」要件では法的安定性を欠く。
 そこで、3年という期限で区切る。ただ、すでにガチ貸付事業をやっているならば、売ったり買ったりも事業の一環だろうから、3年以内でも許容する。

・相続人に対しては「お試し期間」として申告期限まで続けてもらおう。続けてくれるならそれにこしたことはないし、止めるにしても後始末に手間がかかるだろうから、どちらであっても特例は受けさせてあげよう。

 とすると、立法趣旨としては、被相続人(+生計一親族)に向けて、しっかり貸付事業をやっているかぎりいきなり亡くなっても相続人に迷惑をかけないようにしておいてあげる、というものだといえそうです。少なくとも、相続人がこれから先、貸付事業を続けていくことに向けられたものではない。

 なお、立案担当者がどういうつもりであったにせよ、除1・2要件は、実際には「格差の拡大再生産」機能を果たすことになるわけで、この要件設定が適切だったかは当然問題となります。
posted by ウロ at 11:40| Comment(0) | 相続税法
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