2022年08月29日

年休権は《更新》されない?(その1)

 年休権は、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当し付与日から「2年」で時効消滅する、というのが定説となっています。

労働基準法 第百十五条(時効)
 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。


 他方、民法152条では、債務者(使用者)の「承認」があった場合には、時効期間がリスタートすることになっています。

民法 第百五十二条(承認による時効の更新)
1 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。


【時効の更新について】
時効の中断・停止から時効の完成猶予・更新へ

 実務上は、当たり前のように2年で当然消滅と扱っているわけですが、「承認」が生ずる余地がないのかどうか。

※なお、そもそも労働者に対して時効の「援用」の意思表示なんてしてないじゃん、という問題もありますが、援用の法的性質なども絡むので、さしあたり考慮外としておきます。

民法 第百四十五条(時効の援用)
 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。



 この点につき、通達(S24.9.21基収第3000号)では、勤怠簿・年次有給休暇取得簿に「取得日数」が書かれているだけでは、「残日数」に対する「承認」に該当しないとされています。

 が、これは昭和24年(!)の通達です。

 時代を超えて、平成30年の施行規則改正により「年次有給休暇管理簿」の作成・保存が義務付けられました。
 このことが結論に影響するかどうか。

労働基準法施行規則 第二十四条の七
 使用者は、法第三十九条第五項から第七項までの規定により有給休暇を与えたときは、時季、日数及び基準日(第一基準日及び第二基準日を含む。)を労働者ごとに明らかにした書類(第五十五条の二及び第五十六条第三項において「年次有給休暇管理簿」という。)を作成し、当該有給休暇を与えた期間中及び当該期間の満了後五年間保存しなければならない。

※ただし、当分の間「5年間」→「3年間」とされている(施行規則72条)。


 ここでいう「日数」は、「法第三十九条第五項から第七項までの規定により」与えたときとあることからすると「取得日数」のことを指しているのでしょう。
 そうすると、未だ上記通達の射程内にあるようにも思えます。

 が、年休権の「権利性」というのものが、当時とは比べ物にはならないほど強化されています。労働者としての権利としても当然ですが、計画年休や、使用者側の付与義務としても規定されることになりました。
 のに、昭和24年とおなじノリで年休権をカジュアルに扱ってもよいのかどうか。


 確かに、施行規則どおり「取得日数」だけしか書かなければ、「残日数」まで承認したとは評価しがたいのかもしれない。ですが、少なくとも「法定日数−取得日数」は残っていることは明らかなわけで、残日数が明記されていないからといって、日数が特定できないということでもないです。
 通常の金銭債権のように、『本日1万円返済しました』という書面だけでは残債務があといくらあるのか分からない、というのとは事情が異なります。

 また仮に、施行規則の要求を超えて「残日数」までしっかり記載していた場合には、通達の射程は直接及ばないわけで、この場合は「承認」と評価されてもおかしくはないです。


 また、よくあるテンプレだと「前年度繰越日数」を記載する欄があります。
 「前年度以前」となっていないことからすると、2年で当然消滅することを前提としているのでしょう。が、この欄に日数を記入してしまうと、前年度分も「承認」していることになってしまうのではないでしょうか(残日数に合算していれば同じでしょうが)。

 もしこれが「承認」にあたるとすると、無限ループに陥っていつまでも年休権が消滅しない事態になるような気がします。
 ちょっと考えてみましょう。

 以下、丸数字は年度、数字は日数で、一切取得しなかったとします(あくまで仮想例)。

  ア @管理簿:付与10 残10
  イ A管理簿:繰越10(@) 付与10 残20

 そして、第3年度に繰り越す際に10(@)は消滅する、というのが一般的な扱いです。

  ウ B管理簿:繰越10(A) 付与10 残20

(※ちなみに、繰越欄に記載しないことをもって時効の「援用」だというのであれば(別途何かしらの通知は必要?)、その裏返しで繰越欄に記載することは「承認」ということになるのではないでしょうか。)

 が、もしA管理簿に@の繰越分も記載していることが「承認」にあたるとすると、10(@)はまだ消滅していないことになります。
 そうすると、第3年度の管理簿は次のように記載しなければなりません。

 エ B管理簿:繰越20(@+A) 付与10 残30

 これが第4年度以降も続くので、リセットボタンを連打されていることになり、いつまでも時効が進行しないことになります。

 では、承認により消滅していないにもかかわらず、従前の理解に従って@の繰越分を記載しなかった場合はどうか。

 ウ B管理簿:繰越10(A) 付与10 残20

 この場合、イをもって10(@)の承認は終わっているので、時効期間の進行が再スタートすることになります。
 この承認が終わるのがいつの時点かですが、
 ・イの当初作成時(10(A)の付与時) +1年
 ・イの期間満了時 +2年
 ・イの期間満了後3年の保存期間経過時 +5年
のいずれかとなるでしょうか。

 いずれだとしても、従前の理解による
 ・アの当初作成時(10(@)の付与時)
よりは後にずれることになります。


 一旦ここで区切って、次週に続けます。

年休権は《更新》されない?(その2)
posted by ウロ at 09:57| Comment(0) | 労働法
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