2022年10月から厚生年金・健康保険の適用対象者が拡大されるわけですが。
社会保険適用拡大特設サイト(厚生労働省)
《日常系労務》としては、さしあたり上記サイトにあるような、運営作成の「公式ガイドブック」を見て内容を理解しておけばいいのでしょう。
社会保険適用拡大ガイドブック
当ブログにおいては、例によって「条文イジリ」という観点から検討の対象となります。
【お約束事項】
・「週所定労働時間」を「時/週」、月所定労働日数を「日/月」と省略します。
・健康保険法は省略して厚生年金保険法だけを検討対象とします。適用除外者が若干増えているだけで枠組みは同じです。
○
公式ガイドブックはじめ、一般的な解説だと次のような説明がされがち。
適用対象者
1 フルタイム従業員
2 パート・アルバイト(時/週4分の3以上かつ日/月4分の3以上)
3 パート・アルバイト(ア〜オをすべてみたす者)
ア 時/週20時間以上
イ 月額賃金8.8万円以上
ウ 継続勤務1年以上
エ 学生でない
オ 従業員数501人以上
(以下、ア〜オを「5要件」といいます)
他方で、被保険者にならない者として次の場合があると。
4 日々雇い入れられる者
ただし、1か月を超え引き続き雇用されるに至った場合は除く
5 2か月以内の期間を定めて使用される者
ただし、その期間を超え引き続き雇用されるに至った場合は除く
6 所在地が一定しない事業所に使用される者
7 季節的業務に使用される者
ただし、継続して4か月を超えて雇用されるべき場合は除く
8 臨時的事業の事業所に使用される者
ただし、継続して6か月を超えて雇用されるべき場合は除く
そして改正により、
・「501人」が「101人」になる
・3ウの「1年」が「2か月」になる
といった感じで説明されます。
このような書きぶりだと、1〜3と4〜8の関係性がよく分かりません。
4〜8に該当しない場合に、当然に被保険者になるのか、それとも1〜3の判定が別途必要なのか。
また、従業員501人というのは、1だけで判定するのか、それとも2や3も含むのかどうか。
○
では、条文ではどのように書かれているかみてみましょう(現行法から)。
・厚生年金保険法
(被保険者)
第九条 適用事業所に使用される七十歳未満の者は、厚生年金保険の被保険者とする。
(適用除外)
第十二条 次の各号のいずれかに該当する者は、第九条及び第十条第一項の規定にかかわらず、厚生年金保険の被保険者としない。
一 臨時に使用される者(船舶所有者に使用される船員を除く。)であつて、次に掲げるもの。ただし、イに掲げる者にあつては一月を超え、ロに掲げる者にあつては所定の期間を超え、引き続き使用されるに至つた場合を除く。
イ 日々雇い入れられる者
ロ 二月以内の期間を定めて使用される者
二 所在地が一定しない事業所に使用される者
三 季節的業務に使用される者(船舶所有者に使用される船員を除く。)。ただし、継続して四月を超えて使用されるべき場合は、この限りでない。
四 臨時的事業の事業所に使用される者。ただし、継続して六月を超えて使用されるべき場合は、この限りでない。
五 事業所に使用される者であつて、その一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者(当該事業所に使用される通常の労働者と同種の業務に従事する当該事業所に使用される者にあつては、厚生労働省令で定める場合を除き、当該者と同種の業務に従事する当該通常の労働者。以下この号において単に「通常の労働者」という。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者の一週間の所定労働時間に比し短い者をいう。以下この号において同じ。)又はその一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者に該当し、かつ、イからニまでのいずれかの要件に該当するもの
イ 一週間の所定労働時間が二十時間未満であること。
ロ 当該事業所に継続して一年以上使用されることが見込まれないこと。
ハ 報酬(最低賃金法(昭和三十四年法律第百三十七号)第四条第三項各号に掲げる賃金に相当するものとして厚生労働省令で定めるものを除く。)について、厚生労働省令で定めるところにより、第二十二条第一項の規定の例により算定した額が、八万八千円未満であること。
ニ 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第五十条に規定する高等学校の生徒、同法第八十三条に規定する大学の学生その他の厚生労働省令で定める者であること。
本則は大したことはないのですが、「附則」の経過措置がしんどい。
今回の検討対象に絞って引用すると、次の通り。
附則(平成二四年八月二二日法律第六二号)
(厚生年金保険の短時間労働者への適用に関する経過措置)
第十七条 当分の間、特定適用事業所以外の適用事業所(厚生年金保険法第六条の適用事業所をいう。以下この条及び附則第十七条の三において同じ。)(国又は地方公共団体の適用事業所を除く。以下この条において同じ。)に使用される第一号又は第二号に掲げる者であって同法第十二条各号のいずれにも該当しないもの(前条の規定により同法第十二条(第五号に係る部分に限る。)の規定が適用されない者を除く。以下この条及び附則第十七条の三において「特定四分の三未満短時間労働者」という。)については、同法第九条及び附則第四条の三第一項の規定にかかわらず、厚生年金保険の被保険者としない。
一 その一週間の所定労働時間が同一の事業所又は事務所(以下単に「事業所」という。)に使用される通常の労働者(厚生年金保険法第十二条第五号に規定する通常の労働者をいう。次号において同じ。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(同条第五号に規定する短時間労働者をいう。次号において同じ。)
二 その一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者
(略)
12 この条において特定適用事業所とは、事業主が同一である一又は二以上の適用事業所であって、当該一又は二以上の適用事業所に使用される特定労働者(七十歳未満の者のうち、厚生年金保険法第十二条各号のいずれにも該当しないものであって、特定四分の三未満短時間労働者以外のものをいう。附則第四十六条第十二項において同じ。)の総数が常時五百人を超えるものの各適用事業所をいう。
これが2022年10月から次の通り改正されます。
変更箇所だけ抽出すると、
・12条5号ロの「当該事業所に継続して一年以上使用されることが見込まれないこと。」が削除されて、ハニがロハに繰り上がる。
・12条1号ロの「二月以内の期間を定めて使用される者」のうしろに「であって当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれないもの」が追加される。
・附則17条12項の「五百人」が「百人」になる。
という改正となっております。
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よくある説明を頭に入れてから条文を読むと、まったく違った構造になっていることが分かります。
・9条で70歳未満のすべての「使用される者」が被保険者になるとされ、12条で被保険者としない人が限定列挙されている。
・短時間労働者(2、3)と4〜8は別物ではなく、同じ除外者として並んでいる。
・2と3は同じ5号の中で規定されている。
よくある説明は、4〜8は条文通り「ならない」側から記載しているのに対し、2・3はわざわざ条文をひっくり返して「なる」側から記載しているわけです。なので、条文の「学生である」を「学生でない」と書き換えたり、5要件の「いずれかに」該当すれば「ならない」というのを「いずれにも」該当すれば「なる」と書き換える必要があります。
このような条文を組み替える所作、年末調整や法定調書合計表の手引を素材に検討したことがあります。
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
漏れなく正確に組み替えてくれればよいのですが、残念ながらそうなっていないというのがそこでの検討結果でした。
そこで、こちらでも漏れなく正確にひっくり返せているかを検討する必要があります。特に、2、3はひっくり返しておきながら4〜8はそのまま、という中途半端なひっくり返しにより、間違った説明になっていないかが気がかりなところです。
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条文構造からすると、12条各号のいずれかに該当すれば被保険者にならないことになります。
たとえば1号イの「日々雇い入れられる者」が1か月を超え引き続き雇用されるに至った場合でも、当然に被保険者となるわけではなく、他の号に該当しないかも検討する必要があります。
現実的に1号〜4号が重複することはなさそうですが、5号はそれらと重ねて検討が必要になるかと思います。
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改正では、5号ロの「1年」を「2か月」に変更したわけではなく、5号ロを削除した上で、もともとあった1号ロに「見込み」を追加するという使い回しをしています。
改正後の1号ロ
ア 臨時に使用される者で
イ 二月以内の期間を定めて使用される者で
ウ 当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれないもの ←New!
エ 所定の期間を超え、引き続き使用されるに至つた場合を除く
なので、単に2か月以内であればさしあたり最初の2か月は被保険者にならない、というのではなく、「臨時」でないことと超える「見込み」がないことが要求されることになります。
「見込み」のほうは公式ガイドブックに書いてありますが、「臨時」については要件として明示されていません。確かに、「臨時なら見込みなし」と意味合いとしては連動するのかもしれませんが、条文上は別の要件として要求している以上、明記しておくべきことでしょう。
また、実際に超えたら除く(エ)とありますが、このルールについても公式ガイドブックには盛り込まれていません。
ちなみに、「二月以内の期間」「当該定めた期間」とあることからすれば、たとえば1.5か月で契約した場合、1.5か月を超える見込みがあれば(2か月を超えるかは不明でも)適用除外とならないということでしょうか。
法文上は「なる」という結論になってしまいそうですが、おそらく実務運用でいい具合に調整がされるのでしょう。
このように、よくある説明が法律上の要件を忠実に再現できていないの、2、3と4〜8を分断して説明していることによるものでしょう。
もともとは5号単体の説明で支障はなかったのでしょうが、1号ロ+5号の合わせ技で判定する必要がでてきてしまった以上、従前の説明では無理が生じてきます。
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100人(改正前500人)判定の従業員については、附則(H24.8.22)17条に規定されています。
規律をざっくりまとめると次の通り。
特定適用事業所以外の適用事業所の「特定四分の三未満短時間労働者」は被保険者としない。
・特定適用事業所
特定労働者が常時100人超の事業所
・特定労働者
12条各号に非該当で特定四分の三未満短時間労働者以外のもの
・特定四分の三未満短時間労働者
12条各号に非該当で所定労働時間3/4未満の者
12条各号に非該当で所定労働日数3/4未満の者
条文の書きぶりはなかなか難解ですが、図式的にいうと、
使用される者(70歳未満)
−12条各号に該当する者(被保険者でない者)
−12号各号に該当しない週時間3/4未満の者(被保険者である者)
−12号各号に該当しない月日数3/4未満の者(被保険者である者)
と引き算で判定対象となる「特定労働者」を抽出しています。
結論としては、よくある説明1、2の者で100人超を判定するということになります。
そして、1、2が100人を超える場合に限り、3も被保険者になると。
条文上は、3の5要件も含めて「使用される者」全員が12条で被保険者になる/ならないを判定してから、3を除いた1、2が100人超になるかを判定する、という手順になっています。
が、ここは先に1、2で100人超かどうかを判定することでも支障はないでしょう。
ので、公式ガイドブックのように入口で企業規模を判定するやり方でも間違いではないです。
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【お約束事項】に書いたとおり、本記事では「健康保険法」は考慮外としました。
が、100人判定にあたって、「厚生年金」の被保険者であるが「健康保険」の被保険者でない者は判定対象に含まれるか、ということが問題となります。健康保険は、厚生年金よりも適用除外が多いので(船員保険とか)、こういうズレが生じることになります。
この点、附則では「特定労働者」の定義を健康保険のほうにもそのまま使いまわしています。附則17条12項の「附則第四十六条第十二項において同じ。」というのが、その趣旨です。
それゆえ、船員保険の被保険者など健康保険の被保険者とならない者でも、厚年法側で特定労働者に該当するならば、100人判定に含めるということになります。
逆に、70歳以上(〜75歳)で健康保険の被保険者であったとしても、厚生年金の被保険者ではないことから、特定労働者には含めないことになります。
なお、特定労働者100人超となって短時間労働者が被保険者になることになったとしても、健保法3条1項各号に該当する者が健康保険の被保険者になることにはなりません。あくまでも100人判定をするのに厚年法を横流しするにとどまります。
e-Govなどで厚生年金保険法と健康保険法の条文をみると、それぞれに関する附則が分断されてしまっています。が、もともとは一本の改正法なので、こういう地続きな規律の仕方になっています。
附則 (平成二四年八月二二日法律第六二号)
(健康保険の短時間労働者への適用に関する経過措置)
第四十六条 当分の間、特定適用事業所以外の適用事業所(健康保険法第三条第三項に規定する適用事業所をいい、国又は地方公共団体の当該適用事業所を除く。以下この条において同じ。)に使用される第一号又は第二号に掲げる者であって同法第三条第一項各号のいずれにも該当しないもの(前条の規定により同項(第九号に係る部分に限る。)の規定が適用されない者を除く。以下この条において「特定四分の三未満短時間労働者」という。)については、同項の規定にかかわらず、健康保険の被保険者としない。
一 その一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者(健康保険法第三条第一項第九号に規定する通常の労働者をいう。次号において同じ。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(同項第九号に規定する短時間労働者をいう。次号において同じ。)
二 その一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者
12 この条において特定適用事業所とは、事業主が同一である一又は二以上の適用事業所であって、当該一又は二以上の適用事業所に使用される特定労働者の総数が常時五百人を超えるものの各適用事業所をいう。
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以上、年末調整や法定調書合計表のときのような不整合はないものの、やはり条文をひっくり返しているところ(2、3)としていないところ(4〜8)の間に、不穏な雰囲気が見受けられます。
ではありますが、条文通りに説明を直す、というのはもはや難しいのでしょうね。
というか、年金法絡みの「附則(経過措置)」の禍々しさを、あらためて思い知らされる結果となりました(まだまだ序の口でしょうが)。
2022年04月04日
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
posted by ウロ at 10:56| Comment(0)
| 社会保障法
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