2022年05月30日

酒井克彦「クローズアップ課税要件事実論 第6版」(財経詳報社2023)

※以下は「第5版 2021」の書評です。

 要件事実論から租税法への輸入活動については、私も関心をもって気にしているところです。



 酒井克彦「クローズアップ課税要件事実論 第6版」(財経詳報社2023)

伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

 が、(あくまでも私の個人的な観測範囲内にとどまりますが)『民法前提で組み立てられた要件事実論を、租税法の特性にあわせて正しく輸入する』ということが実現できているものになかなか出くわさない。
 民事要件事実論の成果を直輸入してしまっていたり、十分に活かしきれていなかったり。

 その点、本書がどうかということですが。

 内容自体はとても勉強になるものです。第3章の各論では、裁決・判決を素材とした丁寧な条文分析が展開されていたり。
 ではあるのですが、それは『課税要件事実論』の名の下に展開すべきものなのか、という箇所がしばしば。
 租税実体法レベルの解釈論にとどまっていて、実体法レベルの議論が固まった後に展開すべき『要件事実論』にまで届いていないのではないかと。


 たとえば「一時所得該当性」について『課税要件事実論』を展開するならば、

 「8つの所得に該当しないこと」が『課税要件』となっているが、課税庁側がこれらすべての所得に「該当しない」ことを立証しなければならないのか、それとも納税者側にこれら所得に「該当する」ことにつきなんらかの負担が課せられるのか

と、『課税要件』が確定されている状態で、それを各当事者がどのように主張立証していくか、という議論のスタイルになるはずです。
 特に、一時所得の「以外の所得」や雑所得の「該当しない所得」なんて課税要件、要件事実論からしたら格好のネタになるものです。
 ですが、この点について素材となった事案では争いがなかったからか、要件事実論からの分析は特になされていません。

 一方で、「営利」とか「継続」については、何が要件事実(主要事実)で何が間接事実にあたるかを分析していて、そこはちゃんと『課税要件事実論』になっています。

 一通り読んでみて、租税実体法レベルの議論と課税要件事実論のレベルの議論とが、斑になっているような印象を受けました。そして、(あくまで体感ですが)どちらかといえば租税実体法レベルの議論が多めで、課税要件事実論が少ない。スプラトゥーン的に色塗りしていったら、実体法側が勝つ感じの。

 実体法レベルの議論を一切排除しろ、とまで言うつもりはありませんが、『課税要件事実論』をタイトルに冠している以上、『課税要件事実論』の名のもとに議論すべきこととそうでないこととは、明確に区分すべきだと思います。


 本書についてやや批判的な観点からの読み方になってしまったの、本書の次のような記述に出くわしたことが原因です。

P150 (ア)証明責任と立証責任
「一般に、証明責任とは、自己に有利な法律効果を導く法規の要件事実が存否不明の際に、裁判所が、この法規を適用し得ないことによって生ずる一方の敗訴の危険又は不利益をいうとされている。(略)
 立証責任とは、弁論主義の下において、自己に有利な法規の適用の基礎となる要件事実がいずれの当事者によっても主張されなかった結果、裁判所がこの事実を裁判の基礎になし得ないことによって生ずる一方の当事者の不利益をいい、原則として、その対象および範囲は証明責任と一致するといわれている。(略)」


 普通に「民事訴訟法」を勉強してきた人からすると、この記述読んで「???」となりますよね。
 「一致するといわれている」とかいってますけど、証明責任と立証責任、そもそもが同じものですから。同じなのは当たり前。
 「原則として」ってありますけど、例外的に一致しない場合でもあるんですか?(いや無い)

 『「マック」と「マクド」は原則として一致するといわれている。』みたいな話よ。
 原則もなにも、同じものを違って略しているだけですから。

 この記述を読んだせいで、残念ながら、これ以外の記述も悪い方向にバイアスがかかって読むことになってしまいました。


 そういうバイアスのもとでは、以下のような記述にもイチャモンをつけたくなります。

P110
「ちなみに、民法587条の金銭消費貸借契約の要件事実は次のとおりである。
  1 金銭等の返還の合意
  2 金銭等の交付
  3 弁済期の合意及び弁済期の到来」


 「要件事実」というのは、常になにがしかの訴訟物との関係で問題となるものであって、抽象的に「民法587条の要件事実」なるものが存在するわけではありません。
 仮に、契約の成立を主張するためだけであれば「弁済期の到来」は不要です。「弁済期の到来」まで主張する必要があるのは、「貸した金返せ」と請求する場合です。
(なお、「弁済期の合意」については例の争いがあるのであって(賃貸借理論)、当然のように弁済期が本質的な要素であると言い切ってよいかは留保が必要です。)

 この記述、レポ取引事件の検討の中にでてくるのですが、わざわざ「(民事)要件事実」を記述する必要ありますかね。普通に民法の実体法レベルでの記述をしておけばすむ話だと思います。
 なんていうか、無理やり要件事実論をねじ込もうとした、取ってつけた感が強い。


 ついでに、「借用概念」と「民事要件事実論」との食い合わせについて。

 ある概念が借用概念だとして、民法からお借りするのは実体法レベルの概念なのか、それとも「請求原因・抗弁・再抗弁〜」と要件事実に分解された状態でなのか、といった問題があるはずです。上記記述が実体法上の要件をわざわざ「要件事実」に置き換えているのは、後者の立場を前提としているのでしょうか(課税要件事実の中に民事要件事実が《入れ子》になっている?)。

・A説 民法→税法→課税要件事実
・B説 民法→《民事要件事実》→税法→課税要件事実

 他方で、通説的な発想からすれば、(意識はしていないでしょうが)おそらく前者の実体法そのままの状態でお借りしてくることを前提としているように思います。で、課税要件として取り込んだ後に組み換えをするかどうかは『課税要件事実論』の中で展開をすると。

 「借用概念論」の議論にかぎらず、民事要件事実論のレベルだと「請求原因・抗弁・再抗弁〜」と分配されるような契約関係が課税要件に取り込まれた場合に、税務訴訟ではどのように課税要件事実の構成がなされるのか、ということが問題とすべき論点ではないかと思います。
 民事要件事実論レベルでの分配はガン無視して、すべて課税庁側に負担させるということでいいのかどうか(たとえば「弁済していないこと」とか)。

 そして、これが「更正の請求」の局面になった場合には、主張立証すべきことが逆転するのかどうか。

 このあたりは民法的な『衡平』が通用しないので、税法特有の要件事実論を展開すべき場面なのだと思います。

 さらに、上述した、一時所得の「以外の所得」や雑所得の「該当しない所得」といった課税要件が、課税処分の取消の場面と更正の請求の場面とで主張立証内容が変わるのか。
 いずれの所得が納税者に有利/不利かは事例によって変わるわけで、課税庁側がどの所得を主張するかによって、主張立証の中身が変わるのかどうか。
 少なくとも、一時所得・雑所得が絡んでくる事案においては、具体的な争われ方を捨象して、抽象的に「所得税法○○条の課税要件事実」などといったものを抽出することはできないと思います。


 以上、もう少し深堀りできそうですけども、中途半端な問題提起どまり。私の盛大な勘違いに基づく言いがかりかもしれませんし。
 考えがいまいち煮詰まっておらず、上記の記述もまとまりのないものとなってしまっていますので、もう少し考えてみます。

 私が本書を批判的な観点から評しているのは、本書が『課税要件事実論』を全面的に展開しているものだと過剰に期待しすぎたからにすぎません。
 もし本書を、裁決・判決を素材とした条文分析本として利用するならば、大変勉強になると思います。長らく改訂されていない、判例学習本の代替として利用するとか。



酒井克彦「ブラッシュアップ租税法―判例学習の道しるべ」(財経詳報社2011)

 ちなみに、巻末の「判例・裁決索引」の一番最後が「平成27年11月6日 最高裁HP」で打ち止めになっていますが、ここは単に更新を忘れているだけでしょう(タイミング的には第4版以降の更新をサボっている)。
posted by ウロ at 01:02| Comment(0) | 租税法の教科書
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