年休権は《更新》されない?(その1)
が、巷の解説モノでは、未だに昭和24年の通達の引き写しレベルの説明しかされていないのがほとんど。
そのうち裁判所に持ち込まれて、よくあるテンプレを漫然と流用していた会社にとってあまりよろしくない結論が出ることになったらどうするのか。
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現行の規定を一旦脇において《制度論》として考えた場合、年休権は賃金請求権などとは違った特殊な権利だということで、「更新なしで期間経過により当然消滅」という設計とすることもありうるでしょう(除斥期間構成)。
というか、これまで援用すら要せずに当然消滅扱いでもつつがなくやり過ごせてきたのは、除斥期間的な理解のほうが時効構成よりも年休権の性質にマッチするものだったからではないでしょうか。
が、出発点として、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当すると解釈してしまった以上、時効構成とセットになっている民法上のルールも、当然排除とするわけにはいかないはずです。
もしかすると、昭和24年通達は、解釈レベルで民法の更新(中断)ルールの適用を排除するための、実務における知恵だったと評価できるかもしれません(労働者側からみれば悪知恵)。
そして、新設された「年次有給休暇管理簿」についても、その記載事項が「(取得)日数」どまりになっているのは、使用者側が「承認」回避をするための逃げ道を作ってくれていたのかもしれない。
だというのに、漫然と「残日数」や「繰越日数」が記載されたテンプレを利用するのは、いかがなものか(もちろん労働者にとっては攻めどころ)。
ということを踏まえて、「承認避け」目的で「管理簿」にそれら項目を記載しなかったとして、労働者側から残日数の確認申請があった場合はどう対応すべきか。
素直に回答すれば、そのまま「承認」になりそうです。じゃあってことで回答拒否したとしたら、権利行使を妨害したとして時効援用権の「濫用」と評価されるかもしれません。
どっちにしろ、確認されたら詰みそう。
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このように、現状の実務運用がいつひっくり返されてもおかしくない不安定な状態にあるというならば、《立法論》として除斥期間化することも検討すべきでしょう。
が、労働者不利益が可視化・固定化されるだけの改正、実現の望みは薄そうです。結論自体は、現状の実務運用と変わるわけではないのですが。
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ただ《解釈論》レベルでも、抜け道がないわけではありません。
というのも、更新規定は労基法に直接書き込まれているのではなく、労基法115条をハブとして民法から流れ込む形になっています。
そこで、民法の更新規定を「任意規定」と解釈し、就業規則などで更新を排除する旨明記すれば、更新されない年休権の出来上がり、ということになります。
が、民法だからといってすべて任意規定というわけでもなく、また、労基法に取り込まれることで強行規定化するという解釈も成り立ちうるので、すんなり排除できるとは限りません。
とはいえ、今の運用を解釈論の範囲内で正当化しようとするならば、このルートに乗っかるしかないんじゃないですかね。
ではあるのですが、残日数が明確に分かっているにもかかわらず、それでも「時効」で消滅するというの、やはり違和感が残ります。やはり、当然消滅の特殊な権利として正面から法改正してもらうのが望ましい。
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余談ですが、「不利益」繋がりでいうと、年休の「一斉付与」ということで、基準日を設けて本来の付与日から前倒しで付与することが行われています。
前倒しであるかぎり労働者に不利益にならない、ということで許容されているところです。が、今回問題にした時効消滅という観点からすると、早く付与してもらえればいいというものでもない。
付与期間が前倒しされれば、その分時効の起算日も前倒しとなります。時効という側面からみれば労働者にとって不利益になっているということです。
個々の労働者にとって、早く付与してもらえるのがいいのか、遅くまで使えるのがいいのか、人それぞれであって一律に有利不利と割り切れるものではない。ので、早く付与してあげたんだから早く消滅しても問題ない、と評価できるとはかぎらない。
法律の規定より労働者を不利益に扱ってはいけない、というのであれば、たとえば付与日を前倒ししたとしても、消滅時効の起算日は法定の付与日から2年とするのが筋でしょう。
せっかく一斉付与を採用したというのに、個別評価なんてしていられない、というのであれば、繰越期間を一律後倒しにすることになるでしょうか。
そこまでしないとしても、使用者には法定の付与義務以上に、労働者の権利行使を促進する施策を実施することが要求されることになるはずです。
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