インボイス記事を書きつつ、本書初版(2019)の書評も書いていたのですが、インボイスネタが終わらないうちに第2版(2023)が出てしまいました。インボイス記事、あと数回は続く感じです。
下記からも察していただけるかと思いますが、第2版(2023)を買うつもりはないので、初版(2019)の書評のまま供養させていただきます。
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「有斐閣ストゥディア」というシリーズ、私にとっては2冊目もハズレとなりました。
多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)
黒田有志弥ほか「社会保障法 (有斐閣ストゥディア)第2版」 (有斐閣2023)
念のため、シリーズものでも基本的には著者次第で内容は変わりますので、同じシリーズだからといってレベルが一律ということにはならないです。
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「社会保障に関する一連の制度を概観する」というかぎりでは、文章は柔らかめで、図表やイラストも随所に挿入されているので理解しやすいですし、薄い本ながら求職者支援制度や生活困窮者自立支援制度といったものまで広くカバーしているので、よい概説書だとは思います。
何がハズレかというと。
「はじめに」のところで、社会保障制度を「法学的に考える」「法学的アプローチを用いて勉強します」などと書かれているのに、実際の記述は「法学的」云々といったものはほんのりで、ほとんどの記述は単なる制度概観で終わってしまっているところです(私はこのようなタイプの書籍を《制度陳列系》、略して《セドチン》と分類しています)。
別枠で「考えてみよう」みたいな投げかけはあるものの、考えるためのヒントなりが本文中にはないので、独学者にはおよそ考えようがない。他分野のように学習教材が充実しているわけでもないくせに。
本書は大学の授業のお供として使うものであって、「社会保障法の独学者」なんて珍奇な存在、想定利用者に含まれていない、ということでしょうか。
が、セドチン止まりであれば、運営発行の手引・リーフレットを始めとして、わかりやすい競合がいくらでもあります。
わざわざこのような教科書を読もうとするのは、「社会保障法」とタイトルに「法」が入っていることから、社会保障制度につき法学的な分析が展開されていることを期待しているからです。
上述のような「はじめに」の記述から期待を膨らませて読んだものの、残念ながらセドチン止まりだった、ということです。
以下、読みながら残念感を受けた箇所のうち、代表的なものをいくつか。
○14頁,46頁
社会保障「法」の教科書になっているか、私が真っ先に確認するのが健康保険・厚生年金の被保険者の範囲に関する記述です。
以前記事にもしましたが、短時間労働者につき、条文の書きぶりと運営を始めとする一般的な説明の仕方とで、表現が裏表になってしまっているのが現状です。
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
もちろん、一般向けの解説ということならば、わかりやすさえすれば、どっちから説明しようが構わないわけです。
が、「法学的」云々を標榜するならば、ちゃんと条文どおりの正確な記述をすべきだと思います。条文における表裏は、原則/例外を表していたり、あるいは主張立証責任の指標となったり、などなど大変重要なものであって。お気軽にひっくり返していいものではないはずです。
本書は、残念ながら運営作成リーフレット引き写し感満載。条文をひっくり返した側から記述してしまっています。
特に、「日雇い」や「2ヶ月以内有期」についてはちゃんと適用除外の側から書かれているにも関わらず、短時間労働者についてはわざわざ条文をひっくり返すところなんて、運営そのまま。
そこには何のポリシーも感じられません。
なお、健康保険と厚生年金とで、被保険者の範囲がズレているところがあるわけですが、そういう違いの説明も特にありません。
○ 14頁
会社役員が健康保険の被保険者となることにつき、お馴染みの通達と高裁判決をコピペしているだけです。
「使用される者」という文言と明らかに矛盾していることや労働保険との整合性などいったことについての検討がなされていません。
なお、ここでは「健康保険」の被保険者となることだけが記述されているのですが、「厚生年金」の被保険者となることについては本書には書かれていません。結論は「含まれる」で同じだとしても、それぞれ制度目的が違う以上、その理由付けも違っていてしかるべきでしょう。
○
たとえば、役員が「妊娠・出産・育児」をした場合に、どのような制度の適用を受けられるか、ということを調べようと思っても、本書からは何もわかりません。
上述のとおり、本書では健康保険の被保険者となることは書かれているので、健康保険料の免除は受けられると思うかもしれません。が、正解は、「産前産後期間」は免除されるが「育休期間」は免除されない、となります。
これは、産前産後の社保免除は労基法上の産前産後休業に限られないのに対し、育休の社保免除は育介法上の育児休業に限られるからです。
セドチン系の本では、こういった視点がどうしても出てこない。
○ 194頁
保険料の期間制限につき、本書では「おわりに」のところで、条数引用もなく2年とか5年とか書かれているだけです。
が、保険料についていえば、
・賦課権か徴収権かで違うものがある
・そもそも賦課権が観念されないものがある
・保険料と保険税で違う
と、各法ごとに違いがあります。
こういった制度間比較というものも、セドチン系では出てきません。
また、保険金の期間制限については、
「年金の支分権については時効の規定がありませんが、国が保険者なので、会計法30条によって5年で消滅すると考えられています。」
といった記述がなされています。
ここも、「法学的」云々ということであれば、厚生年金保険法・国民年金法といった個別法(特別法)に規定がないから「一般法」である会計法が適用される、と表現すべきですよね。なぜにいきなり会計法が出てくるのか、初学者には分かりにくい。いかにも説明不足。
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以上、「多数執筆者による薄い教科書に、平面的な知識を得る以上の役割を求めるのは無理がある」という経験則が積み重なる結果となりました。
上記の各言いがかりにしても、「だって文字数制限されているんだからしょうがないじゃないか」ということなんでしょう。大学で講義を受けながらのガイドして使う分には充分な内容だとは思いますし。
が、だとしたら「法学的」云々などと標榜しないでほしい。
「本書は講義での補足を前提とするテキストなので、お前みたいな独学者には本書の価値は分からんよ」とでもちゃんと言っておいてくれれば、私としても、ここまでイジりの対象とすることはなかったと思います。
租税法の教科書について、理想の教科書探しが終わっていないというのに、社会保障法についても旅に出ないとならないようです。
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
ちなみに、私の中での「法学としての社会保障法」の最高峰が岩村先生の下記書籍。
岩村正彦「社会保障法T」(弘文堂2001)
総論しかないし古いし、ということではあるのですが、逆に総論しかないことで古さが気にならない、ということでもあります。
2023年04月24日
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)
posted by ウロ at 10:00| Comment(0)
| 社会保障法
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