この手の話、条文の読み方的な本にも、個別の法律の解説書にも書かれていないことが多く、隙間に落ち込むタイプのもの。なので、例によって本ブログの格好のネタとなります。
今回は「育児介護休業法」を素材とします。
○
たとえば「短時間勤務制度」の対象者について、お役所作成の手引には次のように記述されています。
育児・介護休業法のあらまし(令和4年3月作成)
107頁
15 事業主が講ずべき措置(所定労働時間の短縮等)
\−5 所定労働時間の短縮措置(短時間勤務制度)
○ 短時間勤務制度の対象となる労働者は、次のすべてに該当する労働者です。
@ 1日の所定労働時間が6時間以下でないこと
A 日々雇用される者でないこと
B 短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業(産後パパ育休含む)をしていないこと
※産後パパ育休に関しては、令和4年10月1日適用。
C 労使協定により適用除外とされた以下の労働者でないこと
ア その事業主に継続して雇用された期間が1年に満たない労働者
イ 1週間の所定労働日数が2日以下の労働者
ウ 業務の性質又は業務の実施体制に照らして、短時間勤務制度を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者(指針第2の9の(3))
「条文裏返し」っぷりが気になるものの、今回は触れません。
【条文裏返し問題】
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
ここで触れたい問題は、@からCまでが並列に記述されてしまっていることについてです。
条文上は、次のような構造になっています。
・日々雇用される者(A)
育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業をしていない者(B)
「育児休業をしていないもの」に該当しない(法23条1項本文)。
・1日の所定労働時間が6時間以下の者(@)
短時間勤務制度の「労働者」から除かれている(法23条1項本文)。
・労使協定により適用除外とされた労働者(C)
労使協定により措置を講じないものとして定めることができる(法23条1項但書)。
また、本体である「育児休業」の対象者についての、お役所の手引の記述は次のとおりです。
15頁
U−1 育児休業制度
U−1−1 育児休業の対象となる労働者
○ この法律の「育児休業」をすることができるのは、原則として1歳に満たない子を養育する男女労働者です。
○ 日々雇い入れられる者は除かれます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、次のいずれにも該当すれば育児休業をすることができます。
@ 同一の事業主に引き続き1年以上雇用されていること
A 子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでないこと
○ 労使協定で定められた一定の労働者も育児休業をすることはできません。
<令和4年4月1日変更点>
期間を定めて雇用される者の@の要件が撤廃されます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでない場合は、育児休業をすることができます。
こちらも条文構造を整理すると次のとおり(2022年4月改正施行後を前提とします)。
・日々雇用される者
そもそも育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者(A)
申出をすることができる者から除かれている(法5条1項)。
・労使協定で定められた一定の労働者
労使協定に定めることで申出を拒むことができる(法6条1項、2項)。
このように、どうやって適用から外れるのかについて、条文上はそれぞれ書き分けがされています。
特に、労使協定による定めについて、育児休業では「拒むことができる」、短時間勤務制度では「措置を講じない」という違いがあります。
法6条2項には、会社が拒否したら育児休業できないなんてことがわざわざ明記されています。その前の同条1項但書だけでも足りると思うんですけども。短時間勤務制度のほうには、当然のことながらそんな規定はありません。
○
結果、適用されないならいちいち区別する必要ないじゃん、と思うかもしれません。
が、私の意識にあるのは下記記事に関することです。
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
この記事では、健康保険法上の育児休業の定義が育介法からの借りものだ、ということを述べました。
そうすると、社保免除などの適用が受けられるかどうかは、育介法上の「育児休業」に該当するかどうかに従うことになります。
会社が育介法をはみ出して独自の育休制度を設けたとしても、当該休業は社保免除等の適用対象とはなりません。
たとえば、「子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者」を休業させた場合、育介法上の育児休業には該当しないので、社保免除など健保法上の優遇を受けることはできない、ということになります。
では、労使協定で入社1年未満の者の申出を拒むことができると定めていながら、その者からの申出を拒まずに休業を与えた場合はどうなるでしょうか。
法6条2項に「拒否したら休業できない」と書いてあることからすると、「拒否しなければ休業できる」と反対解釈することができるはずです。もしかするとこの規定、この反対解釈を導けるようにするために設けたものなのでしょうか。
このように解釈できるのならば、拒まずに休業させた場合も育介法上の育児休業に該当することになるので、健保法上の優遇を受けられることになります。
なお、人によって拒んだり拒まなかったり、といった運用をするならば、それはそれで別の問題になるとは思いますが。
○
というように、どうやって除外されるかによって効果に違いが生じるのならば、社内の規程・労使協定についても、これら条文構造を正確に再現しておくのが望ましいと思います。
ところが、お役所のものを始めとした一般的な規程例・労使協定例では、きちんと意識されていないものが多い印象。たとえば、短時間勤務制度に関して、条文とは異なり「申出を拒むことができる」という書き方になっているなど。
もちろん、企業が独自の規定を設けることそれ自体は構わないことです。が、それが意識的にそうしているのではなく、単にお役所の標準書式をコピペしているだけだということであれば問題だと思います。
というか、なぜお役所の標準書式の段階で、わざわざ条文構造と異なる文言に改変することにしたのか、謎ではあります。
○育児介護休業法
第二条(定義)
この法律(第一号に掲げる用語にあっては、第九条の三並びに第六十一条第三十三項及び第三十六項を除く。)において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 育児休業 労働者(日々雇用される者を除く。以下この条、次章から第八章まで、第二十一条から第二十四条まで、第二十五条第一項、第二十五条の二第一項及び第三項、第二十六条、第二十八条、第二十九条並びに第十一章において同じ。)が、次章に定めるところにより、その子(民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百十七条の二第一項の規定により労働者が当該労働者との間における同項に規定する特別養子縁組の成立について家庭裁判所に請求した者(当該請求に係る家事審判事件が裁判所に係属している場合に限る。)であって、当該労働者が現に監護するもの、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十七条第一項第三号の規定により同法第六条の四第二号に規定する養子縁組里親である労働者に委託されている児童及びその他これらに準ずる者として厚生労働省令で定める者に、厚生労働省令で定めるところにより委託されている者を含む。第四号及び第六十一条第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)を除き、以下同じ。)を養育するためにする休業をいう。
第五条(育児休業の申出)
1 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの。第三項及び第十一条第一項において同じ。)が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。
第六条(育児休業申出があった場合における事業主の義務等)
1 事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児休業をすることができないものとして定められた労働者に該当する労働者からの育児休業申出があった場合は、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児休業をすることができないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
2 前項ただし書の場合において、事業主にその育児休業申出を拒まれた労働者は、前条第一項、第三項及び第四項の規定にかかわらず、育児休業をすることができない。
第二十三条(所定労働時間の短縮措置等)
1 事業主は、その雇用する労働者のうち、その三歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないもの(一日の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものを除く。)に関して、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下この条及び第二十四条第一項第三号において「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないものとして定められた労働者に該当する労働者については、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
三 前二号に掲げるもののほか、業務の性質又は業務の実施体制に照らして、育児のための所定労働時間の短縮措置を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者
○育児介護休業法施行規則
第七十二条(法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるもの)
法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものは、一日の所定労働時間が六時間以下の労働者とする。
第七十三条(法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるもの)
法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるものは、一週間の所定労働日数が二日以下の労働者とする。
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