2022年10月10日

益税憎んで損税憎まず 〜消費税法の理論構造(種蒔き編1)

 先週からの続き。

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)

 以下、本書をきっかけとして思い浮かんだことを書き連ねていますので、しばしば、本書それ自体の記述からは離れているところがあります。本書に対する評価とは別物としてご理解いただけると。


 諸外国に倣って本書がインボイス推し、なのはいいとして、その他の既存制度との不整合はないのかどうか、検証すべきなのではないか。
 先週頭出しした「リバースチャージ」のほかに私が疑問に思うのが、仕入税額控除の「用途区分」によって控除対象外消費税が生じることとの整合性です。

 インボイス未登録者からの課税仕入は税額控除できない、とすることで「益税」を絶滅させたいのだとして。控除対象外消費税が生じることによる「損税」はそのまま放置されるのか。
 たとえば、非課税売上に対応する課税仕入で支払った消費税について、もらった側は納付するのに、支払った側は控除(還付)されないわけです(損税)。インボイス導入後も「用途区分」制度がそのままだとすると、この帰結は変わりません。

 そもそも、なぜ非課税売上対応の課税仕入(非のみ仕入)は仕入税額控除の対象とならないのか、「条文にそう書いてある」以上の理論的な根拠がよく分かっていません。
 ありうる説明としては、消費税は「付加価値税」であり非課税取引には付加価値を観念できないから消費税法の世界では無視する、といったものでしょうか。説得力があるかどうかはさておき、説明としては一応成り立っているかと。

 が、インボイス導入によって、免税事業者だけでなく、未登録の課税事業者、さらには登録していてもインボイスに不備があった場合には、ことごとく仕入税額控除が否定されることになります。
 「付加価値」の測定という観点からすると、インボイスの有無は何の関係もない事情なはずです。そんなものに税額控除の可否が左右されるのだとすれば、もはや消費税を「付加価値」に対する課税と位置づけるのは無理があると思います。
 『付加価値がなくてもインボイスがなければ課税する』のならば、それは付加価値以外の何かに課税しているということでしょう。

【付加価値税(理念型)】
 課税売上110−課税仕入88=付加価値22
 付加価値22×10/110=消費税2

【インボイス税(理念型)】
 売上消費税10−仕入消費税8=消費税2 

 インボイス導入後は、付加価値とは無関係にインボイス記載の消費税そのものを控除の対象としている、とでも言わざるをえないのではないでしょうか。
 そうだとすると、なおさら、インボイスに記載されているにもかかわらず、なぜ非のみ仕入は控除できないのか、という疑問に対する強い正当化根拠が求められることになるはずです。付加価値と切り離した以上、売上との対応関係を求めることの意味が問われます。

 では、非課税売上では消費税をもらっていないんだから、「税額転嫁」という仕入税額控除の趣旨にあてはまらない、という説明ではどうでしょうか。
 「用途区分」制度単体の根拠としては、これで説明がつきそうです。ある意味、非課税売上に関しては事業者を消費者(転嫁の先頭)の位置に繰り上げる(下げる?)ようなものです。

 が、インボイス導入によって、インボイスがなければ課税事業者からの課税仕入でも税額控除できなくなります。しかも、登録・未登録にかかわらずです。「税額転嫁」に相応しい実態があっても、インボイスがなければ、さらにインボイスがあっても記載が間違っていたら、控除ができないと。

 どうせお前ら、インボイス記載の登録番号が「丁0000....」と、頭文字が漢字の「てい」になっていたら、インボイスの記載要件を満たさないから仕入税額控除できない、とか言うんだろ(藤田二コル氏、木村力工ラ氏問題)。

 このことは、仕入税額控除の「税額転嫁」という機能を大幅に減殺することになるのではないか。それこそ、仕入税額控除を「権利」と性質決定する立場からすれば、このような事態は許されない、となりそうなものですけども。

 確かに、現行法でも「帳簿記載+請求書等」が要求されているところです。が、その程度のものと、仕入先がインボイス登録しているか、ミスらずインボイスを作成しているか、などといった、こちらでコントロールのし難いものとはおよそ要求レベルが違う。どうにか登録させようとしても、独禁法・下請法による脅しが待っているわけですし。

 また、理論的な説明がついたとして、(消費者と同じように)丸々消費税を負担させてもよいのか、という結論の妥当性はやはり検討すべきことでしょう。損金経由で法人税が減るから一部カバーできているはず、とでもいうのでしょうか。

 というか、控除できない消費税がなぜ法人税法で損金になるのか、その理屈もよく分かりません(法人税法施行令に書いてある、という形式論ではなく理屈の話)。実務的には淡々と処理していますが、あらためて顧問先から理由を説明してくれと言われたら、多分うまく説明できないと思う。

 理念型の付加価値税からすれば、本体と消費税は区別されないので、本体⇔税間がシームレスなのは理解できます。が、インボイスは本体と税を厳格に区別するのであって、そう簡単に「消費税、あぶれたものは損金へ」というわけにはいかないはずです。

 損税は損金になるからドンマイ、というなら、益税は益金となっているわけで、決して丸儲けになっているのではありません。
 インボイス推し勢の、益税絶許・損税ドンマイのバランス感覚、よく理解できません。

 また用途区分制度、仕入税額控除の趣旨を「付加価値」だとか「税額転嫁」だとか高らかに謳っておきながら、「共通仕入」が税額控除できる範囲は「課税売上割合」で決め打ちすることになっています。
 これまでならともかく、インボイス導入によって控除できる範囲を厳格に限定することになるというのに、共通仕入については課税売上割合でざっくり割り切ってしまうことに、落ち着きの悪さを感じてしまいます。

 インボイス(の建前)と「用途区分」制度、食い合わせが悪いと感じるのは私だけでしょうか。


 先週頭出しした、インボイスと「電気通信利用役務の提供」との関係も、サイレントでどこかの国の制度を混入させて説明するのではなく、正面から日本法のインボイスと日本法の「電気通信利用役務の提供」との関係を説明してほしい。


 インボイスの詳細な運用が、お役所のQ&A頼みで法的根拠がないことに対して、今後はルール作りが必要だ、的なことが書いてあります(P.235)。もう目前に迫っているのに、ずいぶん悠長な態度だなと感じました。
 インボイスを推すんだったら、そういうところこそ諸外国を参考に「事前に」制度を練り込んでおくべきことなんじゃないですかね。


 次週に続きます。

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)
posted by ウロ at 10:14| Comment(0) | 消費税法
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