2022年10月17日

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)

 先週からの続き。

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
益税憎んで損税憎まず 〜消費税法の理論構造(種蒔き編1)


 「課税選択」なんて制度がなぜあるのかに関する以下の記述(P.191)。

「つまり、小規模事業者は、売上げについては納税が免除される一方で、その仕入れにおいて負担した仕入税額は控除できない(取り戻せない)ことになります。そこで、売上高に占める仕入高が大きい事業、たとえば生鮮野菜販売などの薄利多売の事業を営んでいる場合、納税事務負担をしても課税事業者になるインセンティブが働くわけです。」

 「多売」であることがおよそ課税選択と無関係なのはもちろんのこと、いくら「薄利」であっても利益がでる(課税売上>課税仕入)想定ならばわざわざ課税選択なんてしません。
 設備投資とか輸出以外で課税選択をするとしたら、あえて赤字を作り出したい的な、特殊な事情がある場合に限られるでしょう。
 もしかして、税率10%で仕入れたものを軽減税率8%で売る場合のことを言っていますか?(食用でないものを仕入れて食用で売る的な)あるいは、仕入は1本、売上はひたすら1円未満切捨によって売上側の消費税が仕入側の消費税を下回るようになるとか?
 いずれにしても、そんな特殊な例を課税選択の代表例とするのは望ましいとは思えません。

 なお、なぜ薄利多売の代表が「生鮮野菜」であり、かつ、わざわざ「生鮮」をつけたのか、謎が過ぎる。全く脈絡はありませんが、例の「牛乳販売業者」と似たような空気を感じる。

岡村忠生ほか「租税法 (有斐閣アルマ) 」(有斐閣2017)
 
 この類の「なにか事実誤認してね?」と思われる記述をちらほら見かけます。
 が、私自身しっかり読み込めているわけではないので、これ以上個別の指摘はせず「皆さんも気をつけて読んでね。」という注意喚起にとどめておきます。
 (頭のいい学者先生が、我々学の弱い者向けに分かりやすく記述しようとして卑近な例をあげると、不適切な例をあげがちという現象、他著でも見かけた覚えがあります。)


 P240〜の「脱税・節税スキーム」の記述は、初学者にとっては極めて難解。本書だけではおそらく理解しがたい。
 
 たとえばCase4-15(P.248)では「高額特定資産」の特例ができるきっかけとなった事例が書かれているのですが、これをちゃんと理解するには、前座としての「調整対象固定資産」の特例を理解する必要があります。
 P250には「高額特定資産と調整対象固定資産」という項目があるので、ここで両制度の関係が説明されているのかと思いきや。調整対象固定資産は、単に高額特定資産の定義の中に含まれているせいで、行きがかり上定義が記述されているだけでした。しかも、調整対象固定資産は100万円以上とあるのに高額特定資産は1000万円以上とあって、いやどっちなんだよ、と思ってしまうのでは。

 あれやこれやの難解スキームアラカルトを無節操に陳列するよりも、事例を絞って、租税回避⇔法改正のイタチごっこを順番に説明していったほうが面白いと思う。


 また、Case4-16(P.249)では、居住用(賃貸)建物の仕入税額控除に関する事例(ムゲンエステート事件、エーディーワークス事件)を扱っていますが、あたかも、多額の還付が生じること自体が悪であるかのような記述になっています。
 が、素朴に考えれば、実際に消費税を支払っているんだから、その分還付されないほうがおかしい、と思うのではないでしょうか。特に、本件のような事例では、仕入れた後に売るわけですし。

 そもそもこの事例が「密輸」から始まる一連の節税・脱税スキームの並びに無邪気に置かれていること自体がおかしい(一応、項は分かれていますが)。
 真正面から「用途区分」ルールの意義が問題となった事例なわけで、この事案をスキーム呼ばわりして悪し様にいうのは、いかにも課税庁の発想。通常の法解釈・事実認定の枠内で争われたものであって、制度濫用みたいな評価をするのだとしたら、違和感しかないです。

 この事例で納税者を悪者に仕立て上げたいならば、「何らかの手法で売却時の消費税を免れた」という事情を付け加える必要があるでしょう。まさにここが「スキーム」部分であって、これが抜けているのに「スキーム」呼ばわりするのはどう考えてもおかしい。

 また、Caseに対する回答では、「仕入税額控除は請求権→用途区分は取得時に確定→共通仕入」といった論旨の運びが披露されているのですが、これ理屈つながっています?
 『権利は発生時点で内容が固定され、それ以降のいかなる事情によってもおよそ変動しない』という、特定の激狭な権利概念を採用してはじめて言えることですよね。

 令和2年改正で、居住用賃貸不動産の仕入税額控除が制限されたことについてはさらっと触れている程度。
 仕入税額控除が「権利」だというならば、3年以内に売却できなければ永遠に控除できなくなる点とか、問題視すべきことなんじゃないですか。
 権利性を強調しておきながら、控除を制限する側になるととたんに大人しくなってしまうの、なんなのか。


 仕入税額控除の「権利」性を明確にすべきと主張しつつ、他方では、インボイス推しとか、ムゲンエステート事件・エーディーワークス事件での還付を悪し様にいうところとかを見るにつけ、運営側(課税庁・財務省)の課税ベース拡大狙いが正しいものとして、初学者向けにサブリミナル的に受け入れさせようとしているのではないか、と邪推してしまいます。

 総論レベルでは仕入税額控除を「権利」として明確にすべき、的な主張をされているので、てっきり納税者の権利の側から制度評価をしていくのかと思いきや。各論レベルでは、むしろ仕入税額控除の対象を狭める側に向かっていっていませんか。
 下手すると、仕入税額控除は「権利」だから、納税者が「全面的に」立証責任を負わなければならない、などと立証レベルでも弱体化する方向に進めだすかもしれない。

 現行の日本の仕入税額控除はあまりに緩すぎてとても権利などと呼べる代物ではない、インボイス導入によってはじめて、どこ(諸外国)に出しても恥ずかしくない権利として主張できるのだ、ということなのか。

 「○○は権利だ!」という主張、結局のところ、論者が中身に何を詰め込もうとしているかが肝心であって、権利ということそれ自体には何か特別な力があるわけではない、と捉えておくべきなのでしょう。
 私が、性質決定から演繹的に何某かを導こうとする思考を眉唾もの扱いするのは、こういうところにあります。


 仕入税額控除の「権利」性というものを有効活用するならば、たとえば「簡易課税制度」について、決して小規模事業者の事務負担を軽減するなどといった卑近なものではなく、仕入税額控除の権利としての最低限度を保障するものとして再構築する、といったことができるのではないでしょうか。

 もちろん、現行制度がそうだといっているのではなく。インボイス推し勢の次の標的であろう簡易課税制度を擁護するための錦の御旗としての利用です。


 次週に続きます。

消費税は〈偽装〉法人税? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編3)
posted by ウロ at 09:48| Comment(0) | 消費税法
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