佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
益税憎んで損税憎まず 〜消費税法の理論構造(種蒔き編1)
〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)
消費税は〈偽装〉法人税? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編3)
二元的消費課税論 〜消費税法の理論構造(種蒔き編4)
合成の悪魔 〜消費税法の理論構造(種蒔き編5)
さよなら付加価値税 〜消費税法の理論構造(種蒔き編6)
インボイス後は、以下の現象をどのように説明できるか、という話です。
ア 免税事業者
免税事業者(Aといいます)はインボイスを発行できないので、建前上、売上先から消費税をもらえないことになります。一方でAが課税仕入(インボイス有)をしても税額控除(還付)を受けることはできません。
消費税をもらっていないことが明確であるにもかかわらず、消費税を負担しなければならないことについて、どのように説明ができるでしょうか。
イ 非登録である課税事業者
インボイス登録をするかは任意となっています。そのため、《非登録である課税事業者》(Bといいます)というカテゴリーが存在することになります。
Bは売上に対する消費税を納付しなければなりませんが、他方で、Bから課税仕入をした事業者(Cといいます)は税額控除を受けることができません。
Bが消費税を国に納付しなければならないのに、Cがそれに対応する税額の控除を受けられないことは、どのように説明ができるでしょうか。
○
イで、Bに消費税を納付させておきながら、Cが税額控除を受けられないのはなぜなのか。
まさに、この現象が「転嫁する世界」と「転嫁される世界」の分断が生じているところになります。というか、この現象が生じるせいで、2つの世界を分断して理解せざるをえなくなったということです(手形行為を債務負担行為と権利移転行為に分解する的な?)
前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣 1983)
実際の取引において、BCどちらが実際に税負担をすることになるかは、力関係次第でしょう。いずれにしても、BCの負担において国庫が過剰な税収入を得ていることになっています(損税問題)。
現行制度の《益税》問題を敵視しておきながら、今後は、逆方向の《損税》問題を生み出してしまっています。このことを正当化することは可能でしょうか。
インボイスがあろうがなかろうが、Bが課税事業者である以上、売上に対する消費税を納付しなければなりません。
この原資はCが支払った金額そのもののはずです。なのに、「Bからみると(売上)消費税だがCからみると(支払)消費税でない」という《二枚舌現象》が生じてしまっています(ここでいう消費税は、控除対象になるものを指しています)。
【税法二枚舌概念】
パラドキシカル同居 〜或いは税務シュレディンガーの○○
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
インボイス推進派が撲滅しようとしたはずの、「Cからみたら(支払)消費税だがA(免税事業者)からみたら(売上)消費税でない」という現象と、何が違うというのでしょうか。
「Aが消費税をもらっておきながら納付しないのはけしからん!ネコババ!」
「Cが消費税を払ったのに控除できないのは、まあどんまい。」
バランス感覚が壊れてるとしか思えない。
これをどうにか正当化しようとするならば、国が作った〈税転嫁連鎖システム〉に参加する意思のない反逆思想の持ち主を事業取引に闖入させた(C)、あるいは闖入した(B)ことに対するペナルティ、とでもいうしかないのでは。
まともな課税根拠とは決して思えませんが。
ちなみに、「簡易課税」を選択した事業者からの仕入が税額控除できるというのは、《疑似》とはいえ一応「転嫁される世界」に参加しているからギリセーフ、ということなのでしょう。
○
よくよく考えると、〈税転嫁〉を実現するためだけだったら、税額控除の要件として「登録+帳簿+インボイス」の全てを要求するのは過剰だと思います。
単に、仕入先が「課税事業者」でありさえすれば十分なはずです。
仕入先が課税事業者かどうかは、現行の「届出・申請制度」を活用すれば、課税庁側で把握できますし、それを公開制度として転用すれば済みます。多少の手直しは必要でしょうが、少なくともインボイス制度のように大々的に新制度を構築するまでの必要はありません。「番号」も課税庁側で、勝手に課税事業者に付番していけばいいだけですし(「整理番号」的に)。
にもかかわらず、わざわざコスト・負担をかけてまでインボイス制度を導入しようとするのは、「インボイス漏れ」(登録もれ、発行もれ、記載もれなどなど)による課税ベースの拡大を図っているように邪推してしまいます。自販機の下が手が挟めないくらい空いているのは、そこに小銭を落としてもらうことを狙っている、的な(陰謀論)。
性根のセコさの割に、事業者に多大な負担を掛けすぎです。
さすがにこれは邪推だとして、税転嫁というお題目を前面にたてつつ、取引実態に加えてインボイスという形式を要求することによって、「調査実務」を楽にしたいという課税庁側の下心があるのは間違いないでしょう。
効率化とかDXとかいいながら、調査のしやすさ主眼で帳簿書類の電子化を強行しようとするのと同じノリです。
ここに、「諸外国」の真似っ子をしたい学者先生と、新規システムを売り込みたいベンダーの〈悪魔合体〉の結果生まれたのが、日本版インボイス制度ではないのかと。
【時間泥棒】
真・女神転生V(アトラス2021)
課税庁・ベンダーについては、己の立場に素直に従っただけでしょうから理解はできます。が、学者先生の〈諸外国倣い癖〉については、まるで共感ができません。
○
以上、インボイス後の消費税、表向きは、円滑な税転嫁をすすめることで消費に対する課税を強化するものであるように見えます。が、実際は、仕入側にだけ厳格な形式要件を設けることで、売上側の譲渡課税の側面を強める結果となっています。
売上側の絶対的な実体課税と仕入側の絶対的な形式控除と、性質のかけ離れたものが組み合わされたことで、もはや「付加価値」のような実体のあるものに対する課税ではなくなっています。
このような実態をどう評価するかはさておき、少なくとも、仕入税額控除の「権利」性を強調しておきながら、インボイス制度を手放しで褒め称えるという錯乱した態度だけは、決して許されるものではないことは分かります。厳格な形式を要求することによって、ちゃんと実体があっても控除できなくなるわけで。
かの教科書が、それを学習段階で植え付けようとしているのだとしたら、極めて悪質。
インボイス制度は、それ単体を取り出してあれこれ評価すべきものではなく。売上側の規律とのセットで評価すべきものだと思います。
消費税における《後のせサクサク vs 先入れドロドロ》 〜消費税法の理論構造(種蒔き編8)
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