2022年12月05日

《インボイスをもって益税を滅す》 〜消費税法の理論構造(種蒔き編9)

 インボイス制度について、これまでの記事では批判的な観点から検討をしてきました。

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
益税憎んで損税憎まず 〜消費税法の理論構造(種蒔き編1)
〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)
消費税は〈偽装〉法人税? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編3)
二元的消費課税論 〜消費税法の理論構造(種蒔き編4)
合成の悪魔 〜消費税法の理論構造(種蒔き編5)
さよなら付加価値税 〜消費税法の理論構造(種蒔き編6)
「譲渡−インボイス=???」 〜消費税法の理論構造(種蒔き編7)
消費税における《後のせサクサク vs 先入れドロドロ》 〜消費税法の理論構造(種蒔き編8)

 が、インボイスのそもそもの発想としては、「もらった消費税と払った消費税を一致させよう」というもので、その目的自体は正当なものです。

 ところが、払った側の控除だけに厳格な形式要件を要求したせいで、益税を滅するだけでなく損税を生み出す結果となってしまっています。
 免税事業者の益税を潰すことに正当性があるとして、他の事業者が損税を押し付けられることに対する説明がなんらなされていない点が、本ブログにおける批判の対象だったわけです。
 インボイス推進派の方々は、さかんに制度目的の正当性を主張するものの、手段の相当性については触れるところがありません。
 私には、インボイスの導入で益税を滅しようとする所作、《牛刀をもって鶏を割く》もののように思えます。要するにやり過ぎ。

  インボイス前:
   消費者が負担した消費税 > 課税事業者が納付した消費税 《過小課税》

 建前上は、この符号を「=」にすべきと謳っているわけですが、実際には、

  インボイス後:
   消費者が負担した消費税 < 課税事業者が納付した消費税 《過大課税》

と逆向きにひっくり返してしまっています。

 過小課税と過大課税、どちらが望ましいかについては色々議論があるかもしれません。が、結局のところ「租税法律主義」というお題目によって、法律により決定されることになります。
 これが、ちゃんと「過小課税から過大課税に入れ替えるよ」とアナウンスした上での改正ならば、正統なプロセスだといえるでしょう。ではなく、「=にするためだよ」と欺いてインボイスを導入するの、極めて悪質ではないでしょうか。


 こういった問題だけでなく、従前の制度との整合性についても気になるところがちらほら。

 たとえば、「居住用賃貸建物」を取得した際に税額控除が否定されていることは、インボイス制度のもとではどのように正当化できるでしょうか。

消費税法改正のお知らせ(令和2年4月) - 国税庁
U.居住用賃貸建物の取得等に係る消費税の仕入税額控除制度の適正化

 このルールのもとでは、売主側では消費税を納付しなければならないのに、買主側では税額控除ができないことになっています。
 この帰結、前回までに論じたB(非登録である課税事業者)への支払と同じですよね。

 Bはインボイス非登録者であったわけですが、居住用賃貸建物譲渡の場面では、インボイス登録者への支払いであっても買主側では税額控除ができません。
 インボイス導入によって、売上消費税と仕入消費税を一致させようとしているにもかかわらず、このような事態が生じることは放置していてもよいのでしょうか。

 この点は、居住用賃貸収入が「非課税売上」である以上は、買主(=貸主)が最終的な消費税負担者となるのは当然だということでしょうか。ここでの税額控除否定は、消費税の最終負担者が誰かを決定するものであって、インボイスによる税額控除否定とは別次元のものなのだと。

 あとは、家賃値上げによって経済的な負担を借主に転嫁ができるかどうか。

 それにしても、調整期間3年で打ち切りというのは、あまりにも短いように思います。実務家的には、あまり長期にされると管理が大変、ということにはなりますが。


 なお、経済的な意味で消費者に転嫁できるかどうかは市場における競争力の問題であって、課税商品か非課税商品かによって大きく変わるわけではないと思います。税というラベルをつけることで、値上げに対する消費者の心理的負担が減るくらいでは。

 この「非課税売上」というもの、何かを仕入れようとすれば税額控除が制限されるし、売る場面では結局値決めの問題だしで、誰にとってどういうメリットがあるのか、未だによく理解できません。
 同じ非課税売上の中でも、保険診療のように価格が決まっているほうがいいのか、家賃のように決まっていないほうがいいのかも、なんともいえない気がします。金額を自由に決められるからといって、実際に借主に転嫁できるかは力関係次第でしょうし。


 実務書でない、消費税法の教科書に期待することは、こういった各制度の背後の理屈を説明してくれるものであって。ただただ表層の部分を分かりやすく説明するだけでは、理解が深まることはないと思います。

条文構造(インボイス前) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編10)
posted by ウロ at 00:00| Comment(0) | 消費税法
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