巷に溢れる「生活費を必要経費に突っ込もう」的な話。非税理士によるお役立ち記事にしばしば見られるのですが、なかなか危ういことまで書いてあったりします。
本ブログでは、家事費・家事関連費の規律について、例によって条文の確認だけしておきます。
○
まず、所得税法から。
法第四十五条(家事関連費等の必要経費不算入等)
1 居住者が支出し又は納付する次に掲げるものの額は、その者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入しない。
一 家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの
法レベルでは、次のものが必要経費不算入とされています。
【必要経費にできないもの】
○家事上の経費(家事費)
○これに関連する経費で政令で定めるもの(家事関連費)
次に、法にいう「政令で定めるもの」の中身。
令第九十六条(家事関連費)
法第四十五条第一項第一号(必要経費とされない家事関連費)に規定する政令で定める経費は、次に掲げる経費以外の経費とする。
一 家事上の経費に関連する経費の主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費
二 前号に掲げるもののほか、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者に係る家事上の経費に関連する経費のうち、取引の記録等に基づいて、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であつたことが明らかにされる部分の金額に相当する経費
「不算入となる経費は○○以外の経費」という否定語重ねがけがしんどいですが、その内容は次の通りとなります。
【必要経費にならないとされないもの】
1号
@主たる部分が業務の遂行上必要で、
A必要である部分を明らかに区分できる場合の必要部分
2号(青色申告)
@業務の遂行上直接必要で、
A必要であったことが明らかにされる部分の必要部分
「ならないとされないもの」などという、もってまわった表現をしたのは、法45条→令96条のラインは、(必要経費ではない)家事関連費に当たるかどうかしか書かれていないからです。
家事関連費に当たらないからといって、当然に必要経費にあたるのではなく。別途、法37条によって判断する必要があります。
家事関連費である=必要経費でない
家事関連費でない≠必要経費である
法第三十七条(必要経費)
1 その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額(事業所得の金額及び雑所得の金額のうち山林の伐採又は譲渡に係るもの並びに雑所得の金額のうち第三十五条第三項(公的年金等の定義)に規定する公的年金等に係るものを除く。)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。
・
話を戻して令96条の規律。
2号が青色申告専用の緩和規定なので、1号は事実上白色申告のみに適用されるということになります。
1号と2号の大きな違いは、1号で要求されている「主たる部分」というものが、2号では要求されていないことです。
その他にも、1号では「区分」が要求されている、2号では「直接」が要求されている、といった違いがあるのですが、このあたりについてはきちんと解説されているものを見かけたことがありません(私個人の観測範囲)。
以下で触れる通達の規律も含めて「青色/白色で結局同じようなもの」と大雑把にまとめられてしまうことがほとんど。わざわざ1号2号で異なった表現をしている以上、違った意味を持たされていると思うのですが、どうなんでしょうか。
このような疑問はあるものの、さしあたり「主たる部分」以外は同じ意味だとすると、令96条の規律は、
ア 白色の場合は「主たる部分」が必要でなければ、明らかに区分できる場合でもだめ。
イ 白色/青色いずれでも、単に業務の遂行上必要なだけではだめで、明らかに区分できる/明らかにされることが要求されている。
ということになります。
イは、まあそうだよねという感じですが、アの「主たるルール」の根拠が不明ですよね。
1ヶ月のうち1週間だけ電話を仕事に使ったことが明らか、という場合でも「主たる部分」が業務用でないから全額家事関連費扱い、というのはやり過ぎでしょう。
・
ということで、通達の出番となります。
通45−1(主たる部分等の判定等)
令第96条第1号《家事関連費》に規定する「主たる部分」又は同条第2号に規定する「業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分」は、業務の内容、経費の内容、家族及び使用人の構成、店舗併用の家屋その他の資産の利用状況等を総合勘案して判定する。
通45−2(業務の遂行上必要な部分)
令第96条第1号に規定する「主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要」であるかどうかは、その支出する金額のうち当該業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかにより判定するものとする。ただし、当該必要な部分の金額が50%以下であっても、その必要である部分を明らかに区分することができる場合には、当該必要である部分に相当する金額を必要経費に算入して差し支えない。
通45-1は判定要素を列挙しているだけだからまあいいとして。
問題は通45-2。1号を次の通り読み替えています。
A 必要な部分が50%超なら、「主たる部分」だと扱ってしまおう。
B 必要な部分が50%以下でも、その部分を明らかに区分できるなら必要経費に算入してもいい。
Aのほうは、通45-1のように種々の要素を総合勘案するのはしんどいから数値で割り切ってしまおう、ということで、これはいかにも通達らしい合理的な遣り口かと思います。
に対してB。
1号に該当して家事関連費にあたらないからといって、当然に必要経費になるわけではない、ということは前述したとおりです。なので、1号の読み替えだけすませて必要経費算入OKという結論までいくのは、厳密には正しくない。
が、業務の遂行上必要かを判断する中で、家事関連費でないことと同時に必要経費であることも判断しているはずです。ので、この点はそこまで問題にはならないかと(逆に言うと、必要経費と切り分けて家事費・家事関連費などという概念を設ける意味があるのか、ということでもあります)。
より問題なのは、令が要求している「@主たる部分」という要件を不要なものにしてしまっているところです。
もちろん、結論的には通達の読み替えのほうが妥当だと思います。だからといって、通達レベルで無邪気に「反制定令解釈」をカマしてもいいわけではない。
まあ、実務上は「ちゃんと区分できているんだから、必要部分が主たる部分じゃなくても文句を言われる筋合いはない」と主張することになるでしょうが。
・
「A区分要件」のほうは通達によってもそのまま維持されています。
とすると、たとえば業務割合が少なくとも70%はあるというところまで分かっていたとしても、家事部分と「明らかに区分」できなければ1号の要件は満たせない、というのが素直な文言解釈ということになります。もしかしたら75%かもしれないし80%かもしれない、では「明らかに区分」できていないと。
私には、こちらも「主要な部分」を要求するのと同様に妥当でないと感じるのですが。
1号では文言解釈上無理だとして。
2号のほうは「区分」が要求されていないということで、70%までは明らかになっているから2号の要件は満たせる、と解釈することはできるでしょうか。1号と2号の言い回しの違いはここに生きてくるんだと。
「少なくとも70%は必要である」
→1号 不要な部分と区分できていない
→2号 70%必要であることは明らか
・
そもそもですが、「明らか」とか「区分」などというのは立証レベルに位置づけるべきものであって(間接事実?)、実体要件(主要事実)として要求すべきものではないように思えます。
実体要件としては、必要経費の要件として「業務の遂行上必要」だけ要求しておけばよいのではないでしょうか(37条に解釈いれてます)。区分できていないというのは、業務の遂行上必要といえないことの一判断要素なんだと。
このあたり、本当は「立証責任の分配」に気をつけて記述する必要があるところです。が、そもそもの条文の組み立てが、
・必要経費の規定とは別に、必要経費とされない家事費、家事関連費の規定も設けている。
・家事関連費を否定語の重ねがけで記述する。
と、あまり上手くない規律の仕方になっています。
この手の、表/裏、肯定/否定などがちゃんと整理されていない条文に出くわすと、要件事実論、バグを起こしがち。そのため、ここの条文をベースにして立証責任の分配について何事かを語るのが難しい。ので、この点については脇においておきます。
もし、必要経費について《要件事実論的思考》を展開したいのならば、単純に37条と45条(+令96条)を並べるだけでは足りず。その構造を正確に理解した上で組み換えをする必要があるのだと思います。
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
・
いずれしても、「A区分要件」は条文上正面から要求されているところであり、通達も捻じ曲げてくれていないので、実体要件として扱わざるをえません。そして、2号(青色)の場合も区分しなきゃいけないみたいな言い方をされるのが一般的です。
ということで、実務家としてのアドバイスは、「ちゃんと区分しておきましょう」という、かなり後退したみっともないものにとどまります。
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