免税事業者Requiem(第1曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編27)
以前の記事でもちらっと触れましたが、件の教科書では、「免税事業者」という一般的な用語を「小規模事業者」に置き換えて記述していました。正しくは「免税」ではなく「非課税」なんだと。
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
言わんとするところを一部引用すると、次の通り(以下、流れに応じて、免税事業者と小規模事業者を互換的に記述します)。
P.193
『小規模事業者は「消費税を納める義務を免除する」(9T) となっていることから、小規模事業者には「課されるべき消費税額」は発生しないと考えられ、「課されるべき税はあったが免除された」というより、「そもそも課税されていなかった」といえるであろう。そうなると、小規模事業者制度の本質は、非課税事業者ということになる。』
これを一読して、初学者が意味を取れるかどうか。
私もいまいち意味が分からないのですが、次のような思考プロセスで「税抜にしない」という結論に持っていこうとした、と考えればどうにか理解できるでしょうか。
・課税ベース拡大のため、「税抜にしない」という結論にもっていきたい
・そのためには、小規模事業者は消費税を「もらっていない」ことにしないといけない
・しかし「免除」という用語は、消費税を「もらっている」のに納税しなくていいという意味だ
・そこで、9条を「非課税事業者制度」だと強弁することで、消費税を「もらっていない」ことにしよう
いかにも為にする解釈という感じではありますが、突然「非課税事業者」とか言い出した理由にはなるかと。
が、このような解釈では、同書でも盛んに主張されている「小規模事業者への支払いに仕入税額控除を適用するのは税収ロス」という物言いと矛盾することになります。小規模事業者が「非課税事業者」なのだとしたら、消費税をもらっていないことになるわけで「税収ロス」呼ばわりされる謂れはないはずです。
居住用賃貸建物の貸主に向かって「消費税ネコババ野郎」呼ばわりするみたいな言いがかり。「非課税」なのに控除を認めてしまっていた消費税法の構造の問題であって、小規模事業者が不当な利益を得ていたわけではない。
・
また、「非課税」なのだとすると、小規模事業者が行う課税仕入は全て「非のみ仕入」ということになります。そうすると、30条2項を使って仕入税額控除を否定すれば済むことになります。同条1項によって、事業者から小規模事業者まるごと適用除外する必要はないはずです。
わざわざ1項で除外規定を設けているのは、小規模事業者の売上も4条によって「課税売上」になるのであって、除外しておかないと仕入税額控除の適用を受けることができてしまうからでしょう。
消費税法が、売上課税ルールと仕入控除ルールを別々に規定しているせいで、それぞれに目配せを効かせておかなければなりません。
第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
1 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が、国内において行う課税仕入れについては、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める日の属する課税期間の第四十五条第一項第二号に掲げる課税標準額に対する消費税額から、当該課税期間中に国内において行つた課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る支払対価の額に百十分の七・八を乗じて算出した金額をいう。以下この章において同じ。)を控除する。
2 前項の場合において、同項に規定する課税期間における課税売上高が五億円を超えるとき、又は当該課税期間における課税売上割合が百分の九十五に満たないときは、同項の規定により控除する課税仕入れに係る消費税額(以下この章において「課税仕入れ等の税額」という。)の合計額は、同項の規定にかかわらず、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める方法により計算した金額とする。
一 当該課税期間中に国内において行つた課税仕入れにつき、課税資産の譲渡等にのみ要するもの、課税資産の譲渡等以外の資産の譲渡等(以下この号において「その他の資産の譲渡等」という。)にのみ要するもの及び課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものにその区分が明らかにされている場合 イに掲げる金額にロに掲げる金額を加算する方法
イ 課税資産の譲渡等にのみ要する課税仕入れの税額の合計額
ロ 課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する課税仕入れの税額の合計額に課税売上割合を乗じて計算した金額
二 前号に掲げる場合以外の場合 当該課税期間における課税仕入れの税額の合計額に課税売上割合を乗じて計算する方法
さらに重ねて、46条1項でも除外されているのは、随分念入りだなあと思いますが。非課税ならこうはならないでしょう。
第四十六条(還付を受けるための申告)
1 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)は、その課税期間分の消費税につき第四十五条第一項第五号又は第七号に掲げる金額がある場合には、同項ただし書の規定により申告書を提出すべき義務がない場合においても、第五十二条第一項又は第五十三条第一項の規定による還付を受けるため、第四十五条第一項各号に掲げる事項を記載した申告書を税務署長に提出することができる。
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また、9条の「免除する」という物言い、7条の「輸出免税」の規定と同じです。
第七条(輸出免税等)
1 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が国内において行う課税資産の譲渡等のうち、次に掲げるものに該当するものについては、消費税を免除する。
一 本邦からの輸出として行われる資産の譲渡又は貸付け
2 前項の規定は、その課税資産の譲渡等が同項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するものであることにつき、財務省令で定めるところにより証明がされたものでない場合には、適用しない。
「課税事業者」の行う輸出売上は4条により課税対象になるものの、7条により、対価の額が100000なら本体はそのまま100000で消費税は無し、ということになります。「うち9090が消費税だが納付が免除される」ということではなく、そもそも消費税は0です。
「免税事業者」の場合はどうかというと、括弧書きで7条から除外されています。ので、輸出売上に関しても9条の規律に従います。
ではありますが、7条と同様に「免除する」とされていることから、対価の額が100000なら本体100000で消費税は0となります。
「非課税」とするのであれば、6条のように「課さない」と記述するのであって。「税抜にしない」という結論を導きたいという理由だけで、アクロバティックな解釈をかますことは許されないでしょう。
6条「免除する」 →免税
7条「課さない」 →非課税
9条「免除する」 →非課税!?
課税事業者も免税事業者も、課税標準は等しく資産の譲渡の対価の額(110000)であって。課税事業者であればそこから「課されるべき消費税額10000」を除く、免税事業者であれば「課されるべき消費税額」がないから除かない、というだけの話です。
この結論を導くために、わざわざ「本質は非課税」などと言う必要はありません。政策設計のかたまりである税制に対して「本質」なるものを語ろうとする所作、眉唾ものだと思ってもらっていいと思います。
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そもそも、「免除」という用語を「もらっているけど免除する」と理解すること自体、勝手な決めつけです。「免除するからもらわなくてよい」と理解することもできるはずです。
用語の使い方の問題であって、通念に反してまで、わざわざ「本質は免除ではなく非課税」などと言い募るほどのことでもない。
初学者が上記記述を鵜呑みにして、「免税事業者」と言っている人に対して、「理論的に間違っている!」とか攻撃しだしたら目も当てられない。失礼クリエイターのいう「○○は目上の者に使ってはいけない」といったご宣託を真に受けて、言葉狩りをしだすような恥ずかしさ。
なお、私自身は、消費税を「もらう」とか「もらわない」と表現することには反対です。インボイス制度の下において、仕入先に「消費税を払う/払わない」はあるものの。売上側は問答無用に課税されるのであって、売上先から「消費税をもらう/もらわない」という概念は存在しないと捉えています。
「売上先からもらった対価の中からお国に消費税を納税する」というのが、消費税法の条文に即した表現でしょう。し、売上課税ルールと仕入控除ルールが盛大にずれていることも、このように把握することではじめて理解できるはずです。
○消費税を払う ⇔ ×消費税をもらう
「払う」があるのに「もらう」がないのはおかしい!と思うなら、それは売上課税ルールと仕入控除ルールを分断させている消費税法に文句を言ってください。
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また、免税事業者の取引を全て「非課税」だとしてしまうと、免税事業者には、9条2項でいうところの「課税」売上高というものが存在しないということになってしまうのではないでしょうか。
もしそうだとすると、免税事業者からスタートした事業者は、どれだけ売上をあげてもそれらは全て「非課税売上」であって、課税売上高は0円のままということになってしまいます。結果、通常ルートではおよそ課税事業者になることはない、という間抜けな制度に。
それゆえ、免税事業者であっても、4条に該当するかぎり「課税」売上になると理解しておかなければなりません。
○
以上、課税する対象と納税する人を区別するとか、売上課税ルールと仕入控除ルールは別といった消費税法の基本構造を理解することの大事さがご理解いただけたかと思います。
このあたりを理解していないと、「免税事業者は消費税をネコババしている!」といいながら「免税事業者は消費税をもらっていない」とか言い出すことの問題性に気づけないことになります。
如何に理屈立てているようにみえても、法の全体構造を無視した立論には何の正当性も見いだせない。それを初学者向けの教科書でかましているんだから、ちょっと引く。
話は飛びますが、前田手形法理論は(かなり極端な)価値判断からスタートしながら理論構成をしていくのですが、私には非常に説得的に思えました。その違いにはそれなりの理由があるのですが、それはまた別のお話。
前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣 1983)
免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)
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