一部界隈にて大騒ぎの。現時点での雑感を。
外野の税理士からすると、税務上の論点というかぎりでは、おなじみ課税庁との「見解の相違」の一過程ぐらいの感覚。ではありますが、いきなり徴収処分から入る源泉徴収の問題でもあり、法人・個人両方に跨っていることでもあり、今後対応される方の心労は、なかなかハードなものでしょう。
「スタートアップを潰す気か!」的な憤りを国税庁に向けて述べられている方もいらっしゃって。これから後始末に追われることを考えたら、それぐらい強い感情が生じるのも分かります。当時のCFOあたりが推進したのかどうか分かりませんが、今頃社内で針のむしろかもしれません。
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以下、信託SO(と略します)が有償SOに該当して譲渡所得課税のみなのか、または給与所得に該当してしまうのか、に関する直接的な見解は一切示しません。
というのも、この手のスキーム、おおまかには下記Q&AのP5のポンチ絵のとおりなんでしょうが、それぞれの契約にはかなりテクニカルな条項が含まれていると思われます。そしてそこが本スキームを有償SOと扱うための肝なのではないかと推測されます。
仮に、我々ド素人が、付け焼き刃の知識で同じようにスキーム組んだとしても、同じ扱いにはならないはずです。
ので、これら条項が公開されないかぎりは、その適否を判断することはできません(し、公開されたところで判断できるとは限らない)。下手すると、発行企業にもチラ見せしただけで、実際の契約書は利用企業側で保管していないかもしれない。サマリーだけ保管とか。
ノウハウを転用されないためには、必要な手段ではあります。
また、セーフハーバーとしての「行使価額」ルールについても触れません。
こちらは、信託SO⇒適格SO誘導のためのバーターであってそこに「理」はない、と感じられるので。私の立場からは、ここに語るべき何かはないと思います(もちろん、発行企業にとっては重要な論点です)。
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前口上はこれくらいで、まずは運営側の公式見解から。
ストックオプションに対する課税(Q&A)(情報)
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信託SOだけでなく、無償/非適格、有償/非適格、適格といった他のSOにも触れているのは、丁寧というのか、あるいは、信託SOを狙い撃ちしたわけでなく、あくまでもSOの課税関係をあらためて整理しただけですよ、というアリバイ作りのためなのか。
国税庁が出すにしては、珍しいタイプのQ&Aだな、と感じました。大体が、前提をすっ飛ばして「それしか」書いていないことがよくあるので。
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肝心の、信託SOが給与所得となることについては、問3(P4〜)に記載があるのですが、その理由付けが薄味すぎる。
(注3)税制非適格ストックオプション(信託型)については、
・ 信託が役職員にストックオプションを付与していること、信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たらず、「給与として課税されない」との見解がありますが、
・ 実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たり、「給与として課税される」こととなります。
「会社が役職員にストックオプションを付与していること」「役職員に金銭等の負担がないこと」が理由付けのように書かれていますが、これも結論を言っているだけです。
問題はそのような評価ができる「実質的」な根拠であり、それを条文解釈としてどのように導くことができるか、が重要です。その大事な部分がごっそり抜け落ちている。
信託SOでは「法人課税信託」をかますことで、「発行会社⇔信託」と「信託⇔役職員」を法形式上分断した上で、信託が有償取得しているわけです。のに、この法形式を無視して、「発行会社から役職員が」「労務提供の対価として」ストックオプションを取得した、といえるのはどういう理屈なのか。ここの説明がされていません。
まあ、課税庁側からすれば、信託SOといっても様々バリエーションがありうるので、理由付けもそれぞれ違う、ということなのかもしれません。が、「信託SOは全て給与課税する(していた)」とぶち上げてしまった以上、全ての信託SOに対する理由付けが必要でしょう。
行き過ぎた『信託なら、何でも出来る』勢に対して課税庁側が警戒的なのは当然として。信託の法形式を乗り越えるロジックが何なのか、いかにも説明不足。
まあ、さすがに課税庁内部でこの程度の論証で「給与所得でGO!」とはならなかったはずで。今後の裁判に備えてあまりベラベラ喋らないようにしたのでしょうか。課税庁が裁判で理由付けを挿げ替えるのは、良し悪しは別として、まあありがちなことです。
「あのときはこう言ってたじゃないか」というツッコミを回避しようとしているのかどうか。
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そもそも「法人課税信託」というものが、受益者が現れる前に先走って、受託者に法人税を課税するものとなっています。そうだとして、後に受益者が現れた段階で何らかの「調整」を行うこともありえたはずですが、そうすることはなく。受託者に法人税が課税されっぱなしで終了となっています。
本スキームはこの点を逆手に取って、わざと法人税を課税されにいくことで、その後の受託者⇒受益者間の移転に課税関係が生じないようにしているものと思われます。受益者が「個人」であれば本来必要となる、所得分類についての性質決定をすっ飛ばすことができることになっています(上述したとおり、この結論にもっていくために、極めて精密な条項が設定されていると推測されます)。
事後的な調整規定がない以上は形式的には手が出せないのであって、どのようにここを乗り越えるのか。
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ここまでは課税庁側への雑感。以下はスキーム屋さんと利用企業側に対する雑感。
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最大の謎が、公式ルートの「事前照会」をしていたのかどうか、です。
事前照会に対する文書回答手続
窓口の職員何万人に聞いたところで、それは野良税理士がブログでゴチャゴチャ言っているのとかわりはありません。あくまでも公式ルートでの見解でないかぎり、それを国税庁の見解とは言いません。
今回、国税庁が「もともと給与所得のつもりでしたけど」と言っているということは、誰も公式での照会はされていなかったんでしょうか。
確かに、論点によってはやぶ蛇になるからあえて聞かずに所轄レベルでごにょごにょする、という大人の知恵もありうるでしょう。が、本件は実際に大騒ぎになっているとおり、そんな小手先のテクニックで済む問題ではない。
本件がどうかは分かりませんが、文書回答されてしまうとノウハウが他所に公開されてしまう、という懸念から照会しないということもありうるので、そういう事情があったのかどうか。公開されたくないから特許出願しない、というのと同じ理屈です。
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当然のことながら、国税庁の判断は司法判断ではありません(建前上)。が、国税庁がSAFEといえば事実上誰も争えなくなりますし、OUTといわれれば素直に訴訟ルートへ進めばいいだけです。
スキーム屋さんのほうでも、在野の専門家に確認ずみだということであれば、訴訟準備も万全だったはずです。
特に、源泉徴収の場合、自分から納付しておいていきなり返還訴訟(給付訴訟)をかます、というダイレクトアタックが可能です。事前照会だとなかなか書面回答くれない、ということがあったとしても、こちらのルートなら強制的に巻き込みが可能です。
この点についてもやはり、裁判でノウハウがダダ漏れになるのを忌避した、ということなんでしょうかね。また、企業にとっても係争中となると敬遠したくなるので、それによって本スキームが売れなくなるのを避けたかったのかどうか。
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税務紛争は複数の層からなっています。
A 税務署、国税局、国税庁 (行政)
B 国税不服審判所 (行政)
C 裁判所 (司法)
A層もそれぞれ分解してもよいのですが、とりあえずひとまとめで。
現時点ではA層で見解が出ただけであって、その先BCがあります。Aで給与扱いされるなんて、今までの課税庁のノリからすればサプライズでも何でもない。
事前照会もしていない、単に在野の専門家がOK出しただけの状態なのは当事者ならば分かっていたはずで。Aの見解が出ただけで大騒ぎする理由が分かりません。「訴訟へGO!」のための通過儀礼くらいの気持ちではなかったのか。
・
会計上もあれやこれや問題が生じるのかもしれません。が、「Aでは給与扱いされる可能性大だが、BCで逆転できるはず」という税務紛争のプロセスを織り込んだ評価がなされていなかったのか。単に「勝てる!(と専門家が言っている)」という部分だけしか織り込まなかったということなんでしょうか(完全専門外なので、適当なことを言っています)。
「課税リスク」といっても、ABCのどのレベルで生じるかによって、その中身は異なるはずです。
スキーム屋さんも、売り込む際に「どうせ課税庁は給与といってくるけども、」という前置きをしておかなかったんですかね。課税庁レベルでも言い負かせる、という自信があったのか。
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「司法判断」がどうなるか、ということですが、これは正直どちらもありうると思っています。
今回の紛争構造、単純化して図式的に言えば、
形式重視(発行企業)×実質重視(課税庁)
となっています。
巷では「最近の裁判所の傾向は「文理解釈」が重視されている」などと評されることがあります。ので、今回もいけるんじゃないかと。
が、私の見立てでは、その時々の裁判体によって、あるいは事案によって、形式重視/実質重視が一定していないように感じます。そこには、租税法解釈に対する司法としての一貫したポリシーがあるわけでは無く。
TPR事件判決のように、条文上存在しない適格要件を組織再編税制の趣旨(と言われているもの)から勝手に付け加えたり(上告不受理)。
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
あるいは、りそな外税控除事件判決のように「制度濫用法理」で適用制限をしたり(記事なし)。
ホステス報酬源泉徴収事件では、「期間」を文理解釈しつつ、それだけでは不安なのか趣旨まで持ち出したり。
フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈
通達の文理解釈なんて馬鹿なことをやってないで、ちゃんと裁判所として法解釈しなさい、とまともな判断をしている判決がある一方で。
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決
課税庁におもねりまくった激弱判決があったり。
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
「納税者の予測可能性」云々を言ったところで、裁判所の解釈ポリシーが一貫していないんじゃ絵に描いた餅じゃん、というのが、これまでの本ブログでの問題意識。
「近時の裁判所は文理を重視してくれるから大丈夫」などとは私にはとても言えない。否認規定がない場面であっても、制度趣旨からファントム要件を追加したり、制度濫用といったりしているわけで。
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給与課税する理屈としては、税法レベルでの例外則の発動と、信託法レベルで信託を無効とすることが考えられます。
税法レベルでの例外則というのは、法人課税信託を逆手に取った使いっぷりを「制度の濫用」と評価することです。「租税法律主義の下で濫用法理なんて使えるの!?」と思うかもしれませんが、すでに前科があるのでありえないことではないです。
他方で、信託法レベルでは、本件スキームにおける信託を無効と解釈することが考えられます。
すなわち、本スキームにおける信託契約では、必然的に受託者が委託者である発行企業の言いなりになるよう設定せざるをえません。たとえば、どの役職員にどれだけ分配するかは受託者側で判断することはできず、もっぱら発行企業側の独断で決定することになるはずです。
この点をとらえて、受託者の権限が弱すぎる/委託者の権限が強すぎる信託は無効だという主張することが考えられます(受動信託・名義信託)。税法学において「私法上の法律構成による否認論」と呼ばれているもののお仲間になるでしょうか。
スキーム屋さんの中には、これを避けるために、受託者の権限を弱める/委託者の権限を強める条項を本契約とは別の紙で設定することを考える人がいるかもしれません(これは単なる邪推です)。
もしかすると、これらの点について一般論として本格展開するわけにもいかない、ということで、上記Q&Aでは完全沈黙しているのでしょうか。
これら理屈の性質上、個々の事案ごとに判断せざるをえません。ので、訴訟において立ち向かってきた納税者に対してのみ、個々の事案ごとに相応しい理論構成をして各個撃破していく、というのが国税庁の方針なのかもしれません。
と、給与課税とするための道具立てはいくつか用意されているのであって。「租税法律主義」「文理解釈」などというお題目だけで一点突破できると思っているとしたら、あまりにも純情すぎて羨ましい。私自身も、租税法の教科書の序章とか第一章を読んでいるあたりでは、そんな気持ちでしたよ。
○
以上、信託型ストックオプションというハイカラな素材を扱っておきながら、自分の語れる範囲に無理やり持ってくるという悪い例(牽強付会)。
◯ 2023/7/10加筆
7月にQ&Aが改訂されまして。
ストックオプションに対する課税(Q&A)令和5年7月最終改訂
「問12」で信託SOが適格SOとして認められるための要件が列挙されています。
が、「税制適格の信託SO」なんて独自の旨味はないわけで。これは信託SOを発行ずみの企業が適格SOに逃げるための遣り口を指南してあげているということなんでしょう。
これ、ノーマルの適格SOの要件をそのまま信託型に横流ししたような書きぶりになっており。信託かましているのに、ノーマル適格SOのアナロジーでそのままはめ込んでもいいのか、疑問が無くはないです。
まあ、国税庁がオフィシャルで認めてくれている以上、これは正しいものとして進めてもいいんでしょう。
ちなみに、
@ 信託型ストックオプションに係る信託契約において、原則として、信託の受託者が自身の判断で、そのストックオプションの行使又は第三者への譲渡をすることができないとされていること。
と、ノーマルの適格SOにない要件が付け加わっているのは、「受託者言いなり信託」なら信託かましていることを無視してもいい、という理解が前提となっているんでしょうかね(名義信託の問題)。
例によって結論しか書いていないので、そのあたりはよくわかりません。
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