小島孝子「電帳法とインボイス制度のきほん(令和5年度税制改正大綱対応版)」(税務研究会出版局2023)
一般向けの解説書では、難解な税法を噛み砕いて説明してくれているので、自分のお客さんにわかりやすく説明するための参考として読ませてもらっています。
分かりやすく説明するためには、どうしても正確性が犠牲になってしまうのですが、どこまで崩しても大丈夫かのラインを見極めたり。
これとの対比で、「条文引き写し系」の書籍だと、条文コピペなので間違えようはないのですが、わかりやすさは全くありません。
若干毛並みの違う文章が出てきたかと思いきや、税制改正大綱のコピペだったり。税制改正大綱がそのまま条文に反映されるわけではないので、税法解説としては無意味なんですけども。
あわせて裏の目的として。
分かりやすく書こうとして正確性が犠牲になるのは仕方ないとして、明らかに間違った記述になっていることがあります。この手の間違いに気づき、自分で調べ直してみることで、知識のブラッシュアップを図ることができます。「条文引き写し系」が、条文そのままなのでツッコミようがないのとは大違い(コピー元、貼り付け先が間違っている、とかはありますが)。
分かりやすく噛み砕く過程で間違えるというのは、制度をきちんと理解していないからであって。これを他山の石として、自分もより正確な理解ができるよう反面教師として使わせてもらうということです。
○
なお、書籍に突っ込みながら読んでいくことを『アクティブ・ラーニング』として明確に意識するようになったのは、下記書籍がきっかけです。
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
「ほんと、ひどい本だったなあ」と思うものの、以降、本を深く読めるようになったので、「逆にいい本だった」という記憶に置き換えておきます。
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さて、本書について。
構成が、電帳法(第1章)、インボイス(第2章)、DX(第3章)、Q&A(第4章)となっていて。
第1章、第2章はどちらかといえばフリーランス・個人商店向けに書かれているのに対し、第3章はそこそこ人数のいる会社向けに書かれているように思います。
ので、フリーランスの人にとっては第1章、第2章は参考になるのに、第3章はあまり参考にならない、という状態になると思います(逆もまたしかり)。これを一冊の本の中でやるのはどうなのか。
第1章、第2章と比較すると、第3章はなんか細かい。第3章の対象読者からすると、第1章、第2章の記述は簡略でそのままでは実践には使えないかもしれません。
ところで、ベンダー主催の「無料」セミナーだと、税理士先生による本編パートと本編終了後のペンダーの広告パートとで、いまいち噛み合っていない、というものがあったりします。
ベンダー主催にもかかわらず、ベンダーの意向に沿わない税理士先生というの、個人的には共感がもてるところです。
主催者ベンダー阿り系の講師あっても、それはそれで趣があってよいのですが。
無料セミナーは無料なんだから、そんなんでも全然構いません。
が、1冊の本の中で対象読者が異なる部分があるというのは、なにか損した気分になってしまうのではないでしょうか。この本が高いのか安いのか、なんともいえませんが、紛いなりにもお金を出しているわけですし。
もちろん、私個人はどちらのお客さんもいらっしゃるので、いずれの章も参考として読めるわけですが。あくまで一般の読者にとって、というお話です。
○
第1章、第2章については、分かりやすさ優先で書かれているなあ、ということがよく分かります。
確かに、電帳法のほうは、多少ミスってもある程度リカバリーができるので、ガチガチにルール通りで運用するよりも、とりあえずできるところからやってみるという方針でよいと思います。宥恕規定もあるわけで、バックアップとしての紙とデータをなんでもいいから保管しておけば、あとはどうにかなります。
が、インボイスの、特に「届出絡み」のところについては、厳格な期限もあることであって、雰囲気で理解してもらう、というわけにはいかないのではないでしょうか。
以下、気になった記述をいくつか。
P63
免税事業者が「課税事業者選択届出書」なしにインボイス申請書だけで課税事業者になれる特例についての記述。
「登録事業者に登録されると納税義務も発生してしまいますからね。ただし、これはあくまで、令和5年度だけの優遇措置だから、この時期以外で適用を受ける場合には、事前に課税事業者の選択の手続きも必要になりますよ。」
「令和5年度」というのが、いったいいつからいつまでを指しているのか分かりませんが、この経過措置は「令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中」に使えます。
P84
インボイス事業者として登録するかどうかについて。
「あいこさんの会社は卸売もやっているし、消費者だけじゃないじゃないですか。そもそも、もとから課税事業者なんだし、登録しないとダメですよ!」
もともと課税事業者だから登録しないとダメという根拠が謎。
しかもなんかキレ散らかしてるし。怖いわ。
P98
免税事業者がインボイス登録とあわせて簡易課税選択する場合の特例について。
「ただし、令和5年10月1日のインボイス制度の開始時の事業年度だけは、簡易課税の届出書を出した事業年度ですぐに適用をうけることができる特例がありますから、ふじさわ屋さんに勧めるときはゆっくり考えるようにアドバイスしてあげてくださいね。」
「だけ」とか言ってますけど、こちらの経過措置も「令和5年10月1日から令和11年9月30日までの日の属する課税期間中」まで使えることになっています。「登録時の事業年度だけは」というなら、まだ意味は通りますけども。
P104
令和5年10月1日前に課税選択している事業者が、令和5年10月1日から2割特例を使いたい場合の特例について。
図をみると、9月30日までに「選択不適用届出書」を出してから10月1日以降に「選択届出書」を再提出するかのように描かれてます。
が、「選択不適用届出書」を出すのは、個人でいうと令和5年12月31日まででいいし、あらためて「選択届出書」を再提出することは求められていません。
2割特例を適用するに当たっての注意点(国税庁)
1.「2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)」の概要 (1)※
「選択不適用届出書」を提出することによって、あわせて提出していた「インボイス申請書」だけが残って課税選択届出書いらないルールが発動される、という建付けになっています。
P104
2割特例を適用した翌事業年度の簡易課税選択の特例について。
本書では、簡易課税が即時適用できるのは「2年間」に限られていると書かれています。
が、2割特例の最後まで即時適用を受けられることになっており、個人の場合は最遅で「令和9年分」が最後の即時適用の年になります。
何勝手に「2年縛り」を発動してしまっているのか、よくわかりません。
2割特例を適用するに当たっての注意点(国税庁)
2. 「2割特例」後に簡易課税制度を選択する場合
もしかして、改訂版ではなく旧版を掴まされたのか、と思ったのですが、ちゃんと改訂版でした。
さすがに、これらの間違いは「分かりやすさを優先したがゆえ」という言い訳は通用しませんよね。枝葉の細かいルールを省略した、ということではなく、積極的に間違ったことを書きにいっている。
令和4年改正まではきちんと反映しているが令和5年改正はまるごと反映していない、というならば、まだ分からないではないです。が、2割特例は令和5年改正によるものなのに対し、課税選択届出書不要ルールなどの適用時期が広がったのは、確か令和4年改正だったはずで(すでにうろ覚え)。どうにも時空がねじれている。
いったいどういう経緯でこういう記述が発生したのかが謎です。
・令和4年改正
・旧版
・令和5年税制改正大綱
・新版
・令和5年改正
【時空ねじまげ系】
近藤光男「商法総則・商行為法 第8版」(有斐閣2019)
○
第3章は、上記無料セミナーの喩えでいうところの「広告パート」に相当するところです。
「システム全体をクラウドに乗せればうまくいく」ということが強調されています。
そのこと自体は否定しないのですが、システムに詳しくない会社がまるごとクラウドで運用することで、セキュリティ面の問題が出てくるはずです。その点についてのフォローがないまま「クラウドなら、うまくいく。」だけを強調するのはどうかと思う。
なお、第3章では「マネーフォワード」という実名ではなく「MKソフト」という架空ソフトの名称となっています。編集協力としてクレジットされているんだから、わざわざ仮名にする必要もないと思うのですが。
にしても、システム会社の名称もソフト名にあわせて「エムケイ○○」なんだとしたら、ちょっと不吉すぎやしませんか。普通に自社名にしておけばいいのに。
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第4章は、「対談」という形式上仕方ないのか、旧版からほとんど手を入れてなさそう。
令和5年3月に出版されているというのに、「インボイス制度に関しては令和5年10月と、かなり先のように聞こえますけど」(P192)とか、「いや聞こえねえよ!」と思わず突っ込んでしまいました。
P164
令和5年改正に関して「(注)令和6年1月1日以後は、解像度等の一部の要件は廃止されます。」といった追記がされていますが、廃止されたのは解像度等の情報を残すことであって、解像度要件そのものは残っています。
もしかして、「等」にそこまでの含意を読み込め、ということかもしれませんが。それはプロ向けの物言いであって、非専門家には通用しないでしょう。
P178
クレジットカード払いの扱いについて、インボイスが始まったらカード会社からの請求明細だけじゃ足りなくなる、と書かれているのですが、これは一般の人によくありがちな誤解ですよね。
仕入税額控除の要件が「帳簿及び請求書」になった時点から、すでに請求明細だけでは足りないことになっていました。
カード会社からの請求明細書(国税庁)
※用語として、請求明細(カード会社)/利用明細(加盟店)という使い分けになっています。
従前は「3万円未満」ルールもあったし、多少超えていてもそこまで厳格には運用していなかっただけでしょう。これが、インボイス制度の導入によって厳しくなるのかどうか、という運用レベルの問題です。
さらにいえば、たとえば請求明細に「5/31 ヨドバシカメラ 11,000円」とだけ書かれているものをみて、法人税法上「損金」になるかどうか判断できませんよね。この場合はヨドバシカメラの発行する購入商品名が書かれた利用明細(レシート)が必要となります。
「よーし、うちは1万円未満ルールもあるし請求明細もあるから、レシートはガンガン捨てていくぞ!」とか誤解されたらどうするつもりなんでしょう。
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以上、本書に対してあれこれ論難しましたが、諸悪の根源は込み入りすぎた税制の側にあるんだと思います。特例・経過措置の類が盛りだくさんすぎて、分かりやすく解説しようすると、何かしらがこぼれ落ちてしまう、ということではないでしょうか。
対象読者を厳格に絞り込まないと、入門レベルで記述するには無理が出てきているのだと思います。
上記でも「個人の場合は」といった書き方をしたところがありますが、個人の場合は事業年度が1〜12月固定なので、記述がしやすいわけです。これに対して法人の場合、事業年度はバラバラ、人為的に短縮・変更もできるということで、あれこれ場合分けが必要となってきます。
法人/個人、大/中小、上場/非上場、公開/非公開といった区別、あるいは業種など、色々な切り口があるとは思いますが、対象を広く取れば取るほど記述がぼやけてしまう。対象を絞って部数が出なくなることとのトレードオフということになりますかね。
○
将来的には、固定の文書ではなく、読者の属性にあわせた「生成型文書」が必要とされるのではないでしょうか。現行のAIチャットだと、どうしても利用者側に高度なリテラシー(質問力)が必要なわけですが、この要求レベルを下げることができるかどうか。
『かつては紙書籍か電子書籍かなんて「固定型」同士で醜い覇権争いがされていたらしいよ。』なんて言われる日がくるかもしれない。
また聴講したセミナーの話になりますが。
とある電帳法・インボイスのセミナーで、講師の税理士先生がルールの話は詳しくせずに「とにかくクラウドで全部やれば効率化できるよ」という方向での話をしていたのに対し、参加者からは「取り急ぎで最低限どこまでやればいいのか教えてほしいんですけど!」という反応が多数、というものを観測したことがあります。
リアルだったら参加者の反応見ながらその場で軌道修正もできたのでしょうが、オンラインだとそういうことも難しいよなあと。ただ、質疑応答の時間でも頑なに「クラウド化しましょう」としか回答しなかったのは、なかなかだなあと思いましたが。
とはいえ、参加者全員の要望にもれなく応えることもできないわけで。セミナーも、参加者ごとに内容を変容させる《ロボ講師》にとってかわることになるのかどうか。
「法律」というもの自体が、個々の人間を一般化・抽象化することで成り立っているわけで、このままの規律でいけるのかどうかも、ほんのり疑問があったり。
先日紹介した実務書は、雇用ルールの「個別化」を志向しているものですよね。
萩原京二、岡崎教行「個人契約型社員制度と就業規則・契約書作成の実務」(日本法令2023)
私の中では、テクノロジーの発展によってあらゆるものを「個別化」していくことが、ひとつの方向性なのではないかと、なんとなく思っているところです。
が、他方で、選択をAIにお任せするようになると、最終的には同じものに収斂していってしまうのではないか、という気もしています。AさんとBさんが、それぞれAmazonで「あなたにオススメ」として表示されている商品を買いすすめていったら、何ターン以内かに同じ商品に辿り着く、みたいな。
個人にとって望ましいと思われるものが、AIを媒介として、社会にとって望ましいものに置き換えられてしまうことになりはしないか。
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以上、人様の書籍の書評のふりをして、最後は自分のポエムを展開するというたちの悪い記事でした。
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