◯
はしがきにいきなり「職安法で実務に使える良い本がない」と書かれているのですが。
倉重公太朗,白石紘一「実務詳解 職業安定法」(弘文堂2023)
現行で出ている職安法の本って、下記書籍くらいしかないのであって。
労働新聞社「職業安定法の実務解説 改訂第7版」(労働新聞社2023)
要するに、同書を実質名指しで「実務で使えない」とディスっているという理解でよいでしょうか。本書の中の【文献】にも出てきませんし。
◯
下記の◯×は、本書に対する私の評価一覧。
共著ゆえ、章(節)ごとに大きく評価が分かれる結果となりました。
もちろん、こんなものは私が勝手に本書に期待したこととのギャップを表したものにすぎず。一般的な評価とは異なります。
序 章 職安法の過去・現在・未来
第1節 職安法規制はなぜ始まり、何を防ぎたかったのか ◯
第2節 職業キャリア形成の現状とこれから ―
第1章 令和4年改正職安法の全体像 ×
第2章 雇用仲介サービスの全体像 ―
第3章 職業紹介 ×
第4章 募集情報等提供 ×
第5章 労働者供給 ×
第6章 労働者の募集 ◎
第6章補論 企業グループの募集採用をめぐる問題 ◎
第7章 個人情報の取扱い ×
第8章 職安法違反における行政の対応 ×
終 章 雇用仲介規制とこれからの職安法 ◎
ということで、以下個別に記述します。
◯
序 章 職安法の過去・現在・未来
第1節 職安法規制はなぜ始まり、何を防ぎたかったのか ◯
いわゆる「史」の部分。流れるような記述でとてもわかりやすかったです。
◯
序 章 職安法の過去・現在・未来
第2節 職業キャリア形成の現状とこれから ―
第2章 雇用仲介サービスの全体像 ―
「―」というのは、無評価という意味です。
確かに、キャリア形成・人材サービスに関する現状を知るという意味では非常に有益な記述でした。
なのに、なぜ無評価なのかというと。
他章において、これら現状認識を前提とした解釈論が展開されるということもなく。なのに、あえて法律実務書たる本書にねじ込む必要があったのか疑問に思った、という意味合いからです。
◯
第1章 令和4年改正職安法の全体像 ×
コピペなはずなのに、P52の3号の図が間違っているのはなぜなのか、というのはさておき。
取り急ぎ単年度の改正法だけ知りたい人にとっては、よくまとまっているなあ、というところだと思います。
が、「使える実務書」を志向するのであれば、この箇所に配置すべきなのは、単なる単年度の改正内容のご紹介ではなく。
職業安定法の法的性質や規律の仕方の特徴、指針・要領を含めた全体の構成、あるいは人材サービスに関する規制全体の中における職業安定法の位置づけなどを論ずるべきではないでしょうか(職業安定法総論または労働市場法総論)。
私の勝手なイメージだと、第1章がそのままだとして、序章第2節や第2章あたりがそっくりそのまま《総論》に置き換わってくれると、「法律書」としてしっくりきます。
という意味合いで×としました。
内容自体がいいとか悪いではなく。そもそも、単年度の改正内容のご紹介にいいも悪いもありません。
また、まとめて最後に述べますが、本章にも「シン・職安法」というフレーズが出てきます。が、このことについての何かしらの理論的考察が展開されるということもなく。淡々と、令和4年改正の内容が説明されています。
◯
第3章 職業紹介 ×
第4章 募集情報等提供 ×
第5章 労働者供給 ×
第6章 労働者の募集 ◎
第6章補論 企業グループの募集採用をめぐる問題 ◎
各行為類型の規律内容を解説する箇所です。総論をすっ飛ばしていきなり行為類型の解説に入るのは、やはり法律書として落ち着かない(個人の感想です)。
「3・4・5」と「6・6補論」とでぱっくり評価が分かれる結果となりました(以下、それぞれを前者/後者といいます)。
・
前者は、もっぱら運営(厚生労働省)の情報をベースとして記述が構成されています。に対して、後者では運営の情報を前提としつつも、疑問点がある場合はきちんと指摘がされています。
デフォルメして表すと、
前者が、
◯◯は△△しなければならない(法◯条)。
また、◯◯は□□しなければならない(要領◯)。
と法の規律と単なる要項の記述を並列的に扱っているのに対し、
後者では、
◯◯は△△しなければならない(法◯条)。
また、厚生労働省は、◯◯は□□しなければならないとの見解を示しているが(要領◯)、××の点で疑問がある。
と、要項はあくまでも運営の解釈にすぎないことを明記しつつ、疑問点をしっかり指摘しています。
勝手な推測ですが、前者から条文・指針・要領などの記述を排除していったら、地の文がほとんど残らないんじゃないですかね。
・
条文をそのまま引用しているのではなく、その内容を解説をしているはずの箇所で、次のような記述をみると、ものすごい損した気持ちになります。
P.143 (第3章)
職業紹介事業者は、職安法32条の16第3項(法33条4項、38条の2第7項および33条の3第2項において準用する場合を含む。本章第16節2参照)の規定による情報の提供を行うにあたり、その紹介により就職した者のうち期間の定めのない労働契約を締結した者(以下、本項において「無期雇用就職者」という)が職安則24条の8第3項2号(令25条1項、25条の2第6項および25条の3第2項において準用する場合を除く)に規定する者に該当するかどうかを確認するため、当該無期雇用就職者に係る雇用主に対し、必要な調査を行わなければならない(職交指針第6-11(1))。
「職安則24条の8第3項2号(令25条1項、25条の2第6項および25条の3第2項において準用する場合を除く)に規定する」などという記述を地の文にそのまま貼り付けるなんて、正気とは思えません。
これに対して第6章。
法42条の2では法20条を準用するとしているのですが、準用して読み替えた後の記述に置き換えてくれています(P.318)。同じ書籍の中でこんなに親切具合が違うとか、高低差ありすぎでしょう。
なお、本書がサイレント「使えない」呼ばわりしている『実務解説』の記述。
職業紹介事業者は、(1)の情報の提供を行うに当たり、無期雇用就職者が(1)のロに掲げる者に該当するかどうかを確認するため、当該無期雇用就職者に係る雇用主に対し、必要な調査を行わなければなりません(様式例第6号参照)。
法条の部分を(1)、(1)ロとして括りだすことで、だいぶすっきりした記述になっています。
・
職業紹介/募集情報等提供の区分(第3章)、労働者供給/労働者派遣/請負/出向などの区分(第5章)なんて、花形の論点だと思うのですが。
残念ながら、要領中心の記述にとどまってしまっています。要領記載の労働者供給の2類型とか、未だにしっくりこない。
これに対して第6章だと。
「固定残業代」につき、要領だと金額・時間・超過精算すべて明記しなさいとあるが、固定残業代の有効要件以上のものを要求している、といった指摘がされています。
あるいは、要領だと「愛読書」を聞くのは職業差別につながるから避けろと書いてあるが、必ずしもそうではない、といった指摘もされています。
運営の情報をそのまま並べている記述と、きちんと疑問点を指摘している記述とで、どちらが「使える実務書」といえるでしょうか。
その認識は個々の執筆者ごとにお任せしたので、前者と後者とで執筆内容が大きく異なってしまったということでしょうか。
・
さて。第6章補論。
なぜか2段組の細かい文字に圧縮されてしまっていて、一見コラム的な軽いものかと思いきや。
その内容は、企業グループで採用活動する場合にどうすれば「委託募集」にあたらないようにできるか、といった非常に実践的なものとなっています。職安法違反の場合の民事的効力にまで触れているなど、非常に周到な内容になっています。
にも関わらず、これを「補論」扱いにして、しかも文字を圧縮しているというあたりから、本書の方向性を推して知るべきだったのでしょうか。
◯
第7章 個人情報の取扱い ×
個人情報保護法の規律と、職業安定法(というか指針とQA)の規律が平行的に記述されていて、それぞれの内容はよくわかるのですが。
「実務で使える」ようにするためには、2つの規律を別々に走らせておくのではなく、統合したかたちで運用できるのが望ましいわけです。
企業会計/会社法会計/税法会計と3つの会計があるからといって、3つの会計を別々に処理なんかしていられない、というのと同じことです。大きな会社なら企業会計ベースで処理して申告時のみ申告調整、小さな会社ならはじめから税法会計ベースで処理して申告調整を(ほとんど)しない、とか。
「足して1」にはできないとしても、2倍までの労力をかけずに、両法の規律を同時に満たせるような運用方法を提示してほしいところ。
個人情報保護法:一般法/職業安定法:特別法という関係にあると思うのですが、せめて、一般法と特別法の規律を溶け込ませてひとつの規律として記述ができないものかどうか。
・
また、法律上は同じ規律であっても、それぞれの立場によって実際に要求される内容は異なってくるはずです。単純な話、自社募集の場合と委託募集の場合でも、個人情報の取扱い方に微妙な違いが出てくると思います。
このあたりの具体的な書き分けをしておいて欲しいところです。
本来なら、第7章で情報保護・総論を展開してから第3〜6章で各論を展開すべきものなんでしょうけども。実際には、第3〜6章では「詳しくは第7章で」とあり、他方で第7章ではどの類型にでも当てはまるような形で記述されています。
・
「リクナビ事件」については、同章でご紹介がされています。
個人的に、本件は結局のところ職業安定法何条に違反していたのか疑問があったのですが、同章では「(法51条の2への違反と思われる)」という当て推量しか書かれていませんでした。
これが51条の間違いなのかどうか知りませんが、具体的なあてはめもなく単なる法条摘示がされているだけなので、何がどう違反していたのかがはっきりしません。
第3章〜第5章からも感じたことですが。
法に違反して違法なのか、単に要領に違反しているだけで望ましくないレベルどまりなのか。これが大きく違うということに、あまり意識が向いていないように感じてしまいました。
これがお役所内部の資料であれば、法令も通達等の内部文書も同格扱いされるのは分かるのですが。
◯
第8章 職安法違反における行政の対応 ×
職業安定法の、行政法としての基本的な性質とか、本書で盛んに引用されている指針・要領の位置づけなど、基礎理論にあたる部分をすっ飛ばして、運営側の対応手法の解説だけされてもなあ、という印象。
どこまでいっても、総論不在が響いてくる。
指導・助言に従わなかったら罰則の適用対象にもなる、みたいなことが書かれているのですが(P405)、指導・助言に従わなかっただけでは罰則の対象にはならないはずです。
指導・助言の対象が法違反行為であってはじめて改善命令→罰則に流れていくのであって(法違反行為がダイレクトに罰則につながるものもあり)。「望ましくない」レベルで実施した指導・助言に従わなかったからといって、罰則が適用されることにはなりません。
このあたりも、法違反/要領違反の違いがあまり意識されていないことから、単なる指導・助言違反も罰すべき、みたいな考えが出てきてしまうのでは、と感じてしまいます。
◯
終 章 雇用仲介規制とこれからの職安法 ◎
「終章」などと位置づけられているので、あまり期待せずに読んだのですが。
とても鋭い分析が展開されており、むしろここから本書を組み立てるべきだったのでは、と思わされました。
たとえば、募集情報等提供事業につき、6つの要素を抽出して類型ごとの理論的分析をしたり。あるいは、「介在度」という概念を使って、職業紹介/募集情報等提供の区分をしたり。
本来であれば、こういった理論的分析を、本書の全面にわたって展開すべきものでしょう。というか、終章とかいって端っこに押し込められているの、非常にもったいない。
本書における終章や第6章補論の窓際的な扱い、私にはよく理解できません。
ちなみに、本章執筆の今野浩一郎先生といえば、下記書籍もとてもよいものでした。
今野浩一郎「同一労働同一賃金を活かす人事管理」(日本経済新聞出版2021)
◯
特に、同じく行為類型を記述している第3章〜第6章補論のクオリティの違いをみて、ふと思ったことですが。
職業安定法について、どのような立場の人間が読むかを捨象して記述するのは、もはや無理があるのではないでしょうか。
自社募集する企業にとって、職業紹介事業の許可申請の手数料がいくらかなんて、どうでもいいことですし。他方で、これから許可申請する企業が本書だけで許可申請できるようにはならないでしょうし。
『逐条解説』モノの場合は別として、特定の立場に特化した形で構成しないと、誰にとっても中途半端ということになりかねない。
・
とはいえ、こんなニッチな分野の実務書、対象読者を絞ってしまったら部数がでなくなってしまうのでしょう。それゆえ、どうしても「職業安定法に関わるすべての人に」みたいな感じで、幅広に設定せざるをえないのかもしれません。
『内定辞退率を勝手に予測されて企業に提供された求職者のための・職業安定法』なんて本、まあ売れませんよね。
本書は、第6章・第6章補論が実践的な、充実した記述であることからすると、自社(グループ含む)で募集をする企業にとっては非常に有益と思われます。
◯
ところで、本書にそこかしこにでてくるフレーズ。
市場における情報流通をめぐる諸問題の解決を目指す法システム―情報法とでもいうべきもの―の一環たる、「シン・職安法」
このような認識が、本書の個別具体的な解釈論に活かされているとか、情報法学の知見を活かした記述になっているとか、そういうことは特になく。
【それぞれ、法学プロパーからすると独特な立ち位置ですが】
林紘一郎「情報法のリーガル・マインド」(勁草書房2017)
小向太郎「情報法入門 第6版」(NTT出版2022)
私も、本書がこんなフレーズを謳っていなければ、なにか特別な期待を持つことはなく。そして勝手に裏切られた気持ちになることもなく。普通の職安法解説書として流していたはずですし、こんなブログ記事を書く羽目にもならなかったはずです。
ここでもやはり、総論不在ゆえ、「総論で議論を敷衍してから各論で具体的に展開する」ということが出来ていないのではないか、というのが私の邪推。
中小企業の社長がいきなり、『うちのCredoは今日から「顧客に寄り添う」になったから!』とだけいって、具体的にどうするかはお前たちで考えろ、とぶん投げる的な。
フレーズが一人歩きしている(や、歩いてすらいない?)のが現状なので、第2版では正面から議論を展開してくれることを期待しています。
が、カタカナで「シン・」とかいうの、いつまで通用するんですかね。
とある古い民法入門書で、わかりやすく記述するためにでしょうが「オープンリール」という単語が出てきたのですが、私にはなんのことやら分かりませんでした。
ので、第2版が出版されるころには、もはや「シン・」なんて通用しなくなっているかもしれません。
◯
一応、擁護的なことを書いておくと。
いわゆる「労働法コンメンタール」シリーズの主要領域うち、雇用保険法と職業安定法は古いまま放置されています(どうせ品切れで買えないかクレイジープライスでしょうから、貼りません)。
六訂新版 労働組合法 労働関係調整法 (労務行政2015)
令和3年版 労働基準法 上巻 (労務行政2022)
令和3年版 労働基準法 下巻 (労務行政2022)
八訂新版 労働者災害補償保険法 (労務行政2022)
改訂2版 労働者派遣法 (労務行政2021)
改訂2版 労働安全衛生法(労務行政2021)
改訂15版 労働保険徴収法(労務行政2024)
それゆえ、同シリーズの役割である「ひたすらお役所の見解を網羅する」ポジションの本が存在しない状態になっています。ので、本書がその役割も兼ねざるをえず、運営の情報をペースとした記述が中心となってしまった、という擁護はできるかもしれません。
ということで、いつかコンメンタールが出版されましたら、本書はその役割から開放されて、より突っ込んだ内容に生まれ変わることを期待しております。
なお、さすがの私でも、同シリーズに対して「運営の情報しか載ってねえじゃんか!」などとクレームをつけることはおよそありません。むしろ、「シン・職安法」などの余事記載を含まずに、純然たる運営の情報を得られる、というのが同シリーズの最大のメリットなわけです。
そして、同書で運営側の手の内を理解した上で、ではどう対応するかを記述するのが、在野の法律実務書の役割となります。
◯
次のような書籍が今度でるらしく。
山本龍彦,大島義則「人事データ保護法入門」(勁草書房2023)
本書が謳っておきながらも不足している、《情報法》としての側面を補うような内容になっていると期待してもよろしいでしょうか。ただ、法学書でタイトルに『入門』て入っている書籍には警戒的にならざるを得ません。
というのも、法学書で『入門』とタイトルが入っている書籍、
1 正しい意味での初学者向けの入門書
2 単なるセドチン(制度陳列)系の言い訳として
3 ガチ勢が読むほどのレベルじゃありませんよ、という後ろ向きの趣旨
などなど(あくまで一例)、実際に読んで見るまでどういう意味合いで使っているかが分からないからです。出版社の宣伝文句は当然として、「まえがき」に書いてある自己規定も当てにならず、中身を読むまでは判断ができないものです。
ということで、同書も中身がわかるまでは様子見です。
というか、本記事は「シン・職安法」などというフレーズに飛びついて予約購入してしまった自分への戒め文でもあります。宣伝文句に警戒的だったはずなのに、今度こそはと飛びついてしまったわけです。
もちろん、上記評価一覧のとおり、とても良かった箇所もあったわけで。本書からの学びの一つは、「共著は一部執筆者だけで判断してはいけない。」ということです。
ネット上でも「試し読み」が提供されていることがありますが、本当に一部分だけ。なので、共著の場合には正当な購入可否の判断ができません。
なかには、共著にもかかわらず悪い方向で記述レベルが統一されている、という書籍もあったりますが。
「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)
極めてレアケースでしょうよ。
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