2023年09月04日

徳田和幸「プレップ破産法 第7版」(弘文堂2019)

 「弘文堂プレップシリーズ」というシリーズもの。
 本ブログでもいくつかご紹介しているとおり、良い本が揃っているという印象をもっていました。
 
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)
森戸英幸「プレップ労働法 第7版」(弘文堂2023)

 が、残念ながら本書をもって、その印象が毀損されることに。

 徳田和幸「プレップ破産法 第7版」(弘文堂2019)

 シリーズのコンセプトとしては"入門の入門"ということのようで。
 実際、私がこれまで読んできたものについては、当該法領域に初めて触れる人がいきなり読んでも理解できるよう、各著者が工夫を凝らした記述となっていました。

 ところが、本書は単なる《セドチン系(制度陳列系)》の概説書どまり。破産法を学ぼうとする人ならある程度の法的知識はあるはずだ、ということを言い訳にしているものの、それにしてもあまりにも工夫がなさすぎる。

 破産法というのは、実体法上の権利を破産処理用に変容させるという「実体法」の側面と、それら処理をどのような手続にのせて実現させるかという「手続法」の側面があるわけですが。そういった全体構造の説明もなく。
 開始から終了までの手続順に、そのまま制度を書き連ねている。

 手続の流れを示したチャートでものせればいいと思うのですが。そういったものもなく。


 一体、この本は誰に向けて書かれたものなのか、記述内容からはさっぱり読み取れない。だというのに、版を重ねているという恐怖。

 法学書にしてはお値段が圧倒的にお安いので、多数の大学で教科書として指定されているということですかね。
 確かに、授業による補足を前提としたレジュメの代わり、という位置づけであれば、納得できる内容です。余計な個性が盛り込まれていないので、どういった使い方も可能なはずです。これを理解しやすくするのは、教える講師が各自で工夫すべきなんだと。
(この対比で、森戸先生の「プレップ労働法」が個性満々で、森戸先生においしいところを持っていかれてしまうのと大違い。)

 私が論難しているのは、これを「プレップシリーズ」として販売しているという点です。「大学レジュメ代わりシリーズ」とでも題して販売してくれていれば、勝手に入門書の役割を期待して買うほうがおかしい、と納得できたところです。

 他の著者が築いてきたシリーズ全体の信頼感に、フリーライドしすぎ。というか編集仕事しろ。著者が指定教科書として使う用に仕上げてきたとして、編集の側で、シリーズのコンセプトに合うように誘導すべきでしょうよ。


 個別にあれこれ論難したいところはいくつかありますが、以下の程度におさめておきます。


 頭から読んでいって、すんなり理解できるような記述になっていない。

 たとえば、ある債権が「財団債権」だとかいった記述が出てくるにもかかわらず、財団債権とは何かといった説明は、はるか後ろの離れたところに出てくるとか。
 説明なしに新規用語を出してくるのは、入門書では禁忌だと思うのですが。

 あるいは「新法」という用語が出てくるのですが、これがいつの改正法のことなのかが明記されていない。もちろん、分かっている人であれば「平成16年改正法」のことだと理解できるわけですが。

 「第3版はしがき」に「新法」って書いてあるから、そこから意味をとれ、とでもいうことなのか。


 とにかく説明不足。たとえば次のような記述。

P12
 「他方、債権者が破産手続開始の申立てをする場合には、その債権の存在と破産手続開始の原因となる事実(破産原因)を疎明しなければならない(18条2項)。」
P15
 「破産手続開始の原因となる事実の存在は、疎明では足りず、証明されなければならない。債権者申立ての場合には、破産手続の債務者に与える影響からみて当然のことであるが、自己彼産申立ての場合も同様である。」
「自己破産申立てに手続開始原因の疎明が不要とされていることは、前述のとおりであるが、」


 破産原因につき、前者では「疎明しなければならない」とあるのに、後者では「疎明では足りず、証明されなければならない」とありますが、これ、すんなり理解できますかね。
 正解は、債権者が申立てをするには疎明で足りるが、裁判所が決定をするには証明が必要、ということを言おうとしているものと思われます。が。これだけの記述でそこまで理解しろというのは無理がある。

 また、「前述のとおりであるが」とありますが、書かれているのは債権者申立ての場合に疎明が必要というだけで、自己破産の場合には疎明すら不要、という記述はありません。
 プロ向けの本ならば、それくらい裏読みしろよ、といえるかもしれません。が、およそ入門者向けにやる所作ではないでしょう。


 破産管財人の法的地位に関する各説を陳列した後のまとめなんですが。

P111
「上のいずれの見解によるかによって具体的な問題についての結論に差異が生じることはほとんどないが、その理論的な妥当性についてはさらに検討してみる必要があるようである。」


 「検討してみる必要があるようである。」って、なんでそんな他人事に他人事を重ねた物言いなんですか。 

 これがたとえば、租税法学者が源泉徴収の絡みで破産管財人の法的地位に触れるのであれば、こういう書きぶりになるのは分かります。破産法学ではそういう議論がされているみたい、という感じで書くのはおかしくない。
 対して本書、なぜに他の法領域の人間みたいな物言いなのか。今どき予備校のテキストだって、もう少し責任感をもった記述をするんじゃないですか(未確認)。


 ということで、プレップシリーズの入門書としては残念側のやつ(もう一冊、残念側だった記憶のものがあるのですが、すでに廃棄ずみで確認ができないので、明言は避けます)。

 教科書に指定されてしまって買わざるをえない人以外で本書を読むとしたら、一通り勉強済みで、最速で知識を整理し直したいという人あたりになるでしょうか。

 初学者で、倒産法全体のイメージを掴みたいのであれば、伊藤眞先生の新書でいいと思います。

 伊藤眞「倒産法入門」(岩波書店2021)

 野村剛司,森智幸「倒産法講義」(日本加除出版2022)


 なお、私個人の体験をいうと、かつて下記書籍を読んで、倒産法学の面白さの一端に触れることができました。「倒産法が実体法上の権利を書き換えてしまう」ことの根拠に関する原理的な考察が展開されているものです。

 水元宏典「倒産法における一般実体法の規制原理」(有斐閣2002)

 もちろん、当時は倒産法なんてほとんど勉強しておらず、内容はほとんど理解できませんでした。が、「面白い議論が展開されている」ということは感じることができました。
 が、同書のせいで以降、読めもしない難解な専門書を買い漁って積む(詰む)、という茨の道に進むことになってしまったので、功罪半ばというところでしょうか。

 ちなみに、「税法」における同書と同じポジションのものが以下の本。

 中里実「タックスシェルター」(有斐閣2002)

 こちらも、たとえ内容が理解できなかったとしても、租税法の教科書レベルでは実感しがたい、租税法学の面白さを感じることができるはずです。

 という感じで、私の思う理想の入門書は、決して《セドチン系》などではなく。当該法領域に興味をもたせて自分から勉強したいと思わせるような内容のものだと思っています。
 ので、ですます調、二色刷り、図表豊富、薄い、などといった小手先の手口を弄する必要もない。
posted by ウロ at 10:12| Comment(0) | 倒産法
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