消費税法全体を解説したものがまあ少ない。件の教科書はあんな有様ですし。
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
なお、運営のQ&Aが「雨」に相当しますが、解説本のほうは「筍」なんて上等なものとは思えず。各自、雨の後に大量発生する何かでご想像ください。
熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)
本書は令和元年に初版がでてから、もう第4版。いい加減ちゃんと読まないと、と思い立ってどうにか通読しました。
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これだけのボリュームがある法令の実務書だというのに、判決の引用がただの1件もない、というのは、揉め事の領域には触れないという執筆方針なのか。
本書には「ちゃんと条文を読め」的なことが書かれていて、それは仰るとおりなんですが。法律の実務書だというのに「法解釈論」にまでは及んでいない。「文理解釈」一本でどうにか乗り切れ、みたいなことか。
まあ、それはそれで潔いと思います。法解釈論を展開するのは実務家よりも学者が率先してやるべきことですし(だというのに、件の教科書は(以下略))。
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制度に対し批判的に検討しているのも、平成22年改正の旧3年縛りのところだけ。そこだけ裁決まで持ち出してやたらと詳しく検討しています。
それ以外のところは、通達ベースの解説が基本となっています。
個人的には、旧3年縛りをそこまで批判するんだったら、そもそも、なぜ非課税対応の課税仕入が控除対象外となるのか、とか、居住用賃貸建物の課税仕入を全面的に控除対象外としてもよいのか、といった点についても、深掘りしてほしいところでした。
が、残念ながら、控除対象外となることは前提とした上での検討なので、どうにも肩透かし。
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本ブログにおける一連のインボイスの記事、個々の運用よりも、消費税法全体の中でインボイス制度がどのように組み込まれるか、ということに対する関心からスタートしています。
本書を読もうとした動機も、インボイスのみの解説本では分からない、消費税法全体の中におけるインボイス制度の位置づけを知りたいと思ったからです。
が、本書におけるインボイス制度の位置づけ、「第5章 課税標準(対価の額)・税率」と「第7章 税額控除」の間に「第6章 インボイス制度」として挟み込まれているだけで、おおむね同章の中で説明が終わってしまっています。
たとえばですが、「電気通信利用役務の提供」とインボイス制度との関係がどうなるかとか、そういった論点に触れられることもなく。
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法人税法では確定申告期限の延長の制度があるが、消費税法にはない(P690)と書いておきながら、そのすぐ後(P693)に令和2年改正の延長制度の説明があるのは、まあご愛嬌。
というか、令和2年改正ということは「第2版」で反映されたわけで、その後誰も指摘してあげなかったのか。どこかのドマイナーな税理士が書いた本ならともかく、消費税界のスーパースターが書いた本ですら、誰も指摘してあげないとか。なかなか世知辛い感じですね。
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と、批判的な観点からあれこれ論難してますが、私の個人的な関心事が、本書のメイン読者とはズレているというだけでしょう。
個々の制度について、図表や具体的な数字を使って説明してくれているので、とても分かりやすくなっています。私自身も「日常系」の税理士という立場から読めば、オススメできる内容となっています。
変則的な角度からみると、徹底的にイジりの対象となってしまう、というだけの話です。悲しいかな、そういう読み癖がついてしまっている。
ページ数が多いのも、かなり細かいところまで、具体例を使って説明をしてくれているからです。本書を通読しないまでも、他著で理解できなかった箇所を本書で補うという使い方でいいと思います。
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ただ、本書の致命的な欠陥が、具体例で「しか」説明しない箇所がある点です。定義付けがすっ飛ばされている。通常の法律書を読んでいる人間からすると、ものすごい違和感を感じます。
たとえば、特定新規設立法人における「非支配特殊関係法人」については、具体例の中で出てくるだけで(P230)、定義なり規範命題なりが記述されていません。ので、他の事例ではどうか、という応用が全く効かない。
まあ、ちゃんと記述しようとすると、どうしても条文引き写しになってしまうので「自分で条文読んどけや」ということなのかもしれません。が、難解な条文ほど解きほぐしが必要だと思いますが。
このように、レガシーな税制とは違って、今どきの税制は込み入っていて柔らかく表現することが困難になっています。このことが、巷の節税本クリエイターの方々が、今どきの制度を記述しきれていないことの原因でもあります。
昔の感覚で「税法条文読め」と言ってしまうのは、現代っ子にとってはなかなかハードルが高い。
ということで、これだけ分厚い(&お高い)本でありながら、本書1冊では消費税法を理解するには及ばず。やはり、他著の抽象的な記述をイメージ化するための補助デバイスという位置づけがいいのかもしれません。
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なお、最後に、本書に対する故山本守之先生の書評が載せられています。
私には、本書が消費税を「預かり」として説明していることに対して、暗に批判をしているように読めるのですが、そのことへの応答は特になく。そのまま載せている。
以下、本書から離れた余談。
消費税は「預かりもの」だから、ということで「納税なき控除」をインボイスで潰すことには賛成しておきながら、「控除なき納税」に対しては無批判に受け入れていることとか、およそ一貫していないと私は思っています。
消費税法全体をもって、消費者に税負担を転嫁する仕組みだと捉えるならば、賃貸住宅のオーナーが消費税を負担するような制度(居住用賃貸建物の特例)なんて、おかしいはずです。どうやって正当化するというのか。
消費税を「預かりもの」とするかどうかは、所詮決め事の問題なので、立法論レベルの話となるわけですが、「預かりもの」として性質決定したならば、制度全体をそれに沿った設計として構築すべきでしょう。
「(極端な)手形取引の安全保護」という命題から一貫した理論構築がされている『前田手形法理論』の洗礼を受けた法学徒からすると、「消費税は消費者が負担すべき」といいながら、それと矛盾する制度が堂々と組み込まれている消費税法の理論構造には、違和感しかないのですが。
前田庸「手形法・小切手法入門」(有斐閣 1983)
そういった問題意識をもった書籍が現れることを期待しておきます。
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