【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
7 消費者向け電気通信利用役務の提供者(未登録)
9 消費者向け電気通信利用役務の提供者(登録あり) 登録番号記載なし
旧法において、「消費者向け電気通信利用役務の提供」が仕入税額控除の対象となるかは、次の建付けによっていました。
ア 旧法30条1項 ◯ 控除対象となる
イ H27法附則38条本文 × 控除対象とならない
ウ H27法附則38条但書 ◯ 登録あれば控除対象となる
これがインボイス施行後は次のとおりとなります。イウのルールはアに吸収されて、霧散霧消しました。
ア 新法30条1項 ◯ 登録あれば控除対象となる
このままなら7、9は控除対象外となるところです。
が、H28法附則52条が「もしも旧法30条が今も生きていたならば」などという《復活詠唱》を唱えだしました。復活といってもゾンビ・アンデッドの類として蘇らせるようなものですが(ネクロマンサー的な)。
これを7、9にそのままあてはめると次のとおりとなります。
ア 旧法30条1項 ◯ 控除対象となる
その結果、7、9は「旧30◯⇒新30×」となるため、8割特例が適用されることになってしまいそうです。
これを手当するためでしょう、H30令附則24条があわてて「旧H27法附則38条本文も生きていたならば」などという《追加詠唱》を唱えだしました。
ア 旧法30条1項 ◯ 控除対象となる
イ H27法附則38条本文 × 控除対象とならない
これによれば「旧30+旧附則×⇒新30×」となるため、8割特例は適用されないこととなります。
が、廃止された法を令によって蘇らせるなんて、禁忌の類ではないでしょうか。下級ネクロマンサーが上級ゾンビを蘇らせるようなもので、そんなチート、現行制度の仕様上可能なのでしょうか(やりたい放題のオンラインゲーム運営会社を想起せよ)。
8 課税事業者(適格者) インボイスなし
より問題なのがこちら。
7、9は、H27附則38条をどうにか復活させることで手当をしようとしたわけですが、こちらは旧30条1項がどストレートに適用されてしまいます。どうやってこれを回避するつもりなのでしょうか。
ア 旧法30条1項 ◯ 控除対象となる
旧30条の異常にゆるゆるな控除ルールから、新30条の異常に厳格な控除ルールへ変更したことによって、8割特例の要件である「旧30◯⇒新30×」も広範囲に広がることなります。その結果が、8も適用範囲に入っているように読めてしまうことです。
H28法附則52条をどう読めば8を適用範囲から外せるのか、ご存知の方がいらしたらご教示ください。
・
なお、登録しておいてインボイス発行しないなんて、そんな奴いねえよ、と思われるかもしれません。
が、「言われるがままに登録したはいいけど通知書がどっかいっちゃて番号分からないし、インボイスの書き方もよくわからん」という方が、少なくとも自分の顧問先を買手とする取引先にはいるだろうな、という予感があるわけです。
その場合に、もし8割特例とれるならば、インボイスを発行してもらうためにわざわざ手間をかけることもせず、しばらく様子をみて3年経ってもそのままならフェードアウトする、という判断もありうるわけです。他方で、控除額が0ならば、そのままってわけにはいかないだろうと。
◯
以下、余談。
どなたか、『無益な税実務本』発生史というものを研究していただきたいのですが、その際に発生源として挙げられるのは、前回もあげつらった「Q&A」のほかに、「税制改正大綱」と「税制改正の解説」が対象となるかと思います。
8割特例の適用範囲につきそれぞれ確認してみると、次のような記述になっていました。
税制改正大綱 「免税事業者等」
Q&A 「適格請求書発行事業者以外の者
(消費者、免税事業者又は登録を受けていない課税事業者)」
税制改正の解説「適格請求書発行事業者以外の者」
「改正前の消費税法第30条第1項の規定がなお効力を有するものとした
ならばその適用を受けるもの」
税制改正大綱は「ヒト」、税制改正の解説では最初に「ヒト」で書きつつ、その後に条文通り「モノ」の観点からも記述されています。
もし8割特例の解説として「免税事業者等」と書いてあったとしたら、改正法が成立した後も税制改正大綱の記述のままアップデートされていない、超絶無益改正本として切り捨ててよいと思います。
他方で、「適格請求書発行事業者以外の者」と書いてある場合は、自分で条文を確認せずに、Q&Aまたは税制改正の解説の最初だけを鵜呑みにした無益改正本として、やはり切り捨ててよいと思います(果たして何冊残るでしょうか)。
当ブログでは、《条文引き写し系》の法律書を散々批判してきましたが、ここでは条文引き写しすらできていない、より下のレベルの問題だということです。
・
近時、租税法の世界でも「民事要件事実論」の成果を輸入しようなどという動きが一部あるわけですが。
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
酒井克彦「クローズアップ課税要件事実論 第6版」(財経詳報社2023)
そもそも、実体法レベルの要件が何なのか、ということすらまともに分析できていないのではないでしょうか。
ここでも、条文に記載されていない「適格請求書発行事業者以外の者」などというものを、あたかも8割特例の要件であるかのように記述して満足してしまっているの、法律書としての最低限のお作法すら守られていないわけで。
要件事実論を展開するのであれば、その前提として、条文から実体法上の要件を抽出する必要があります。で、それを要件事実として構成する、という手順を踏むことになります。
ところが、この前段すらまともにできていない、というのが私の見立て。
金子宏先生が展開された実体法重視の租税法学というプロジェクト、皆さんすっかり浸透した気になっているのかもしれませんが(ゆえに要件事実論に手を出したがる)。全くそんなことはない、と私は感じています。
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版余滴
◯
平成28年度 税制改正大綱
P.100 (別紙1)消費税の軽減税率制度 (国 税)
四 適格請求書等保存方式 8 免税事業者等からの課税仕入れに係る経過措置
(1)適格請求書等保存方式導入後3年間の経過措置
事業者が平成33年4月1日から平成36年3月31日までの間に国内において免税事業者等から行った課税仕入れについて一定の事項が記載された帳簿及び請求書等を保存している場合には、当該課税仕入れに係る支払対価の額に係る消費税相当額に80%を乗じた額を仕入税額として控除する。
(注)上記の「一定の事項が記載された帳簿及び請求書等」とは、上記三2の「適格請求書等保存方式が導入されるまでの間の措置」において仕入税額控除の要件を満たす帳簿及び請求書等をいい、帳簿にはこの経過措置の適用を受けたものである旨を、あわせて記載するものとする。
平成28年度 税制改正の解説
P.823 消費税法等の改正
三 適格請求書等保存方式の導入 5 仕入税額控除制度の見直し (2) 改正の内容
B 適格請求書発行事業者以外の者から行った課税仕入れに係る税額控除に関する経過措置
@で述べたとおり、平成33年4月1日以後に国内において行った課税仕入れに係る仕入税額控除制度の適用については、原則として、適格請求書等の保存が要件とされますが、適格請求書等保存方式を円滑に導入する観点から、次に掲げる経過措置が講じられています。すなわち、次に掲げる一定期間においては、適格請求書発行事業者以外の者から行う課税仕入れであっても、改正前の消費税法第30条第7項に規定する帳簿及び請求書等が保存されていることを要件として、仕入れに係る消費税額相当額の一定割合(80%又は50%)の控除が認められます。
なお、改正前の仕入税額控除制度における請求書等の記載事項については、複数税率に対応するための読替えが行われています(改正法附則52A、53A)。具体的には、区分記載請求書等保存方式における請求書等の追加記載事項(二3(3)ハ参照)と同様であり、また、当該追加記載事項については、請求書等の交付を受けた事業者による追記が認められています(改正法附則52B、53B)。
イ 適格請求書等保存方式の導入後3年間(平成33年4月1日から平成36年3月31日までの間)は、国内において行った課税仕入れ(改正後の消費税法第30条第1項の規定の適用を受けるものを除きます。)のうち、改正前の消費税法第30条第1項の規定がなお効力を有するものとしたならばその適用を受けるものについては、当該課税仕入れに係る支払対価の額に110分の7.8(当該課税仕入れが軽減対象資産の譲渡等に係るものである場合には、108分の6.24)を乗じた金額の80%を、課税仕入れに係る消費税額とみなして、改正後の消費税法第30条第1項の規定が適用されます(改正法附則52@)。
この場合において、改正前の消費税法第30条第9項に規定する請求書等を、改正後の消費税法第30条第9項に規定する請求書等とみなすこととされています(改正法附則52A)。
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