学者の皆さんの関心事は、外国法(学者)の研究か、国内法でも最高裁判決がある特定の論点に終始しがち。個別具体的な条文について、法律・政令・省令・通達等の規律範囲が適切に分配されているかを総点検する、なんて地に足の付いた研究を展開してくれる税法学者なんて、まあ期待できないわけです。
仕方がないので、自分なりに、法30条7項と令49条1項の委任/受任関係について、検討をしてみることにします(以下、単に「法律」、「政令」と省略します)。
なお、旧法では通達に規定されっぱなしだった「やむを得ない理由」が、新法では「困難な場合」として政令・省令で規定することにしたの、旧法における規律分配のままでは不適切、という判断があったからだと思います。ただ、以下では新法における委任/受任の関係のみ検討し、「旧法→新法」での規律分配の変化については触れません。
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編38)
◯
まず法律は、請求書がいらない「場合」について、次の通り規定しています。
法30条7項
(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)
ここで「その他の」とあることから、
1 困難である場合
2 特定課税仕入れに係るものである場合
3 その他の(政令で定める)場合
のすべてについて、政令に委任していることになります。
これを受けた政令の側では、次の通り規定しています。
令49条1項
一 次の課税仕入
イ 船舶、バス、電車・軌道(3万円未満)
ロ 入場券(簡易インボイス回収される)
ハ 下記の者が適格者以外から棚卸資産として買い取った場合
1 古物商 古物
2 質屋営業 質物
3 宅建業 建物
4 再生資源業 再生資源
ニ 請求書を受けることが困難として財務省令で定める場合 →規15の4
ニ 特定課税仕入
(なお、1号ニが、省令に「再委任」していることの適法性についても論点となりますが、こちらは「困難」な場合に限定して再委任しているので、問題ないこととしておきます。)
2号の「特定課税仕入」については、法律との対応関係は明確です。
他方で、1号は「困難である場合」を列挙したものなのか、それとも困難な場合とは別の場合を定めたものなのかがはっきりしません。
◯
(その2)では、1号ニが「イからハまでに掲げるもののほか」として、省令に困難である場合を再委任しているという書きぶりから、イからハも「困難である場合」を定めているものと理解しておきました。
1号ニ
イからハまでに掲げるもののほか、請求書等の交付又は提供を受けることが困難な課税仕入れとして財務省令で定めるもの
このうちロについては、簡易インボイスが一旦発行されているものの回収されてしまうということなので、「交付」を受けるのが困難というよりも「保存」が困難という気がします。が、法律の書きぶりからすると「交付を受けるのが困難だから保存できない」と交付と保存を連動させているように読めるので、「交付」を受けるのが困難と理解してもよいのでしょう。
また、イについては、昨今のICカードの普及具合からすれば、インボイスを要求してもよさそうではあります。他の場合との比較ということでいうと、「ETC」などは全取引についてインボイス必要となっているわけで(案の定、「勝手に緩和Q&A」がでましたが)。
これを正当化するとしたら、まだ「紙の切符」が存在する以上、そちらに合わせて、保存→交付が困難としてインボイス不要にしておく、という説明が可能でしょうか。
問題がハです。
この規定自体はすでに検討ずみです。が、今回は「委任立法」という観点からの検討となります。
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)
◯
旧法では「やむを得ない理由」と言っていたものを、新法で「困難である場合」と言い換えたの、邪推するに、同じ文言のままでは旧通達11-6-3で認められていた「交付請求したが受けられなかった」といった場合を排除しにくいからではないかと思われます。
旧法で「やむを得ない理由」だったものが、新法で「やむを得ない理由」でなくなるなんて不自然でしょう(まあ、法律(定義規定)で書き分けさえすれば、同じ用語でも中身はどうにでもできるところではありますが)。
ところが、せっかく文言を変えて例外ルールを厳格化しようとしたはずなのに、旧通達では例示列挙されていなかった古物商等を「困難である場合」としてわざわざ政令に追加計上しています。旧法で対応するものといえば、「住所省略できる規定」(旧令49条1項→通達11-6-4)の中に「再生資源卸売業+準ずるもの」として挙げられていたに過ぎないものでした。
「準ずるもの」にすぎなかった古物商等が、厳重なインボイス制度下において、名前が与えられて政令に鎮座するなんて、ものすごい出世ですね。
◯
で、ハは「困難である場合」を列挙したものと理解してよいかどうかです。
この点、ハの特例のイカれっぷりを表しているのが、「適格者以外から」という要件を課していることです。「仕入税額控除を厳格化することで益税を撲滅しよう」という流れとは、完全に逆行しています。
そもそも「非適格者」からインボイスをもらうのは「不可能」であって、これを「困難」と呼ぶのは文言上無理があります。というか「非適格者からの仕入」なんて、「困難である場合」に言い換えることによって排除しようとした、ド本命の益税発生源なはずです。
仮に、非適格者からインボイスをもらえないことをもって「困難」だというのならば、次の場合はどうなるのか。
1 免税事業者⇒古物商 古物を買取る ←インボイスもらうの困難です!
2 免税事業者⇒古物商 喫茶店で打合せ ←???
対比のために、2も買手をあえて古物商にしてみましたが、別に古物商でなくてもよいです。何の変哲もない「免税事業者からの仕入」であり、インボイス推進派の方々が親の仇のごとく憎しみを向けていたもの、そのものです。
ですが、古物商が免税事業者から古物を買い取る際にインボイスをもらうのが「困難」だと表現するのであれば、古物商が免税事業者の営む喫茶店で打合せをした場合にも、同じようにインボイスをもらうのが「困難」だと言わなければおかしいでしょうよ。
◯
そうだとすると、古物商等特例を正当化するためには、ハは「困難である場合」とは別の「その他の場合」を列挙したものだと言うしか逃げ道はなさそうです。
が、「その他の場合」を「困難である場合」とは別物だと位置づけてしまうと、今度は法律が政令に《白紙委任》したことになってしまいます。
というのも、委任立法が許容される条件として、法律が《個別的・具体的》に委任をしなければなりません。そこで、法律にいう「その他の」の意味を、「困難である場合かあるいはそれに類するもの」といった具合に限定できるのであれば、委任立法は許容されるはずです。
ところが、「その他の」を法律に掲げられた「困難」から切り離してしまうと、法律に「その他の」の中身を限定しうる取っ掛かりが何ひとつ存在しないことになってしまいます。政令が、いかなる場合を請求書不要と定めたとしても、およそ委任の範囲を逸脱することがないことになります。
このような事態は委任立法に関する、特に税法に対しての一般的な理解からは、許されないことになるのではないでしょうか。
◯
あるいは、《インボイスいらない特例》は、請求書必要という制限ルールを解除するいわば《受益ルール》だから、白紙委任でも許されるということでしょうか。
が、「受益ルールはフリーハンド」を許容してしまうと、特定業種のみに受益を付与するようなルールを政令が規定した場合に、それを統制する根拠がないことになってしまいます。たとえば、『建設業許可を受けた建設業者が一人親方に支払う報酬はインボイス不要』みたいなルールを定めても、何の問題もないということになります。
また、請求書必要という原則ルールを無意味にするほど広範な例外ルールを定めたとしたら、それも問題でしょう。現に、インボイス制度は「益税排斥」を旨として、鳴り物入りで導入されたはずなのに、《古物商等特例》によれば、積極的に「非適格者からの仕入」であることを確認した上で控除できることになってしまっています。
『一見白紙委任に見えても、制度全体の趣旨から委任の限度が読み取れればOK』という緩めの見解からしても、「益税排斥」と真っ向からぶつかる特例を許容するのは無理があります。
という次第で、「受益なら委任自由」というわけにはいかないのではないでしょうか。
◯
こういった問題があるにもかかわらず、誰も何も騒ぎ立てることもなく。《インボイスいらない特例》の一味として、何食わぬ顔で並べられています。私が勝手に問題を作り出しているだけで、もはや議論すべきものでも何でもないということでしょうか。
まあ、委任立法として問題があるとしても、受益ルールの場合に誰がどうやって争うのか、という手続法上の問題が残るのですが。
委任立法という観点からしても、正当化しがたい「古物商等特例」。やはり、シンプルに《益税特権》として捉えるしかないのでは。
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その5) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編40)
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