前回は、「特定課税仕入」についての《インボイスいらない特例》の条文構造を検討しました。通常の課税仕入とは違って、条文構造上は特に問題はないと。
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その5) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編40)
今回は、ではなぜ「特定課税仕入」の場合にインボイスがいらないとされているか、について検討します。
【電気通信利用役務の提供とインボイス】
電気通信利用役務の提供の構造1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編13)
電気通信利用役務の提供の構造2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編14)
偽装リバースチャージとしてのインボイス制度 〜消費税法の理論構造(種蒔き編15)
◯
前回述べたとおり、そもそも「特定資産の譲渡」を行っても、売手にはインボイスを発行する権利も義務もありません。
仮に、売手が「消費者向け」も提供しているということでたまたま「適格者」になっていたとしても、です。「事業者向け」を提供する際には、インボイスを発行する義務がないどころか、親切心でインボイスみたいな何かを発行することもできません。
買手に対して「テメエで納付しろや!」と通知する義務があるだけ。
ゆえに、インボイスを発行する/しないという選択肢がそもそも存在しません。
「形式論」としてはここでお終いなのですが、以下、もう少し実質に踏み込んで検討してみましょう。
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国内仕入に関する厳格形式主義に鑑みれば、特定課税仕入についても、インボイスの代わりに何かしらの「控除証明書」を発行する義務を売手に課す、ということも考えられます。
が、買手にとって、売手の代わりに「課税」させられるのに、売手から証明書をもらえないせいで「控除」のほうはできないとしたら、さすがに理不尽だとバレてしまいます。
【悪魔合体(リバースチャージ+インボイス制度)】
売上:国外事業者の代わりにお前が納付しろよ
仕入:インボイスをもらえなければ控除はさせないよ
なので、「特定課税仕入」については何らの書類を要せずに控除できることとしたのでしょう。インボイスがなくても、控除する買手自身が課税されているのであって、《課税=控除》は確保されていることになります。
【真正(神聖)リバースチャージ】
売上:問答無用の仕入課税
仕入:問答無用の仕入控除
課税と控除が一致する、美しい世界線が実現されています。
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このことが正当化できるというならば、国内仕入において「非適格者である課税事業者」(以下、「非適格者(課税)」といいます)からの仕入が税額控除できないのは、なぜなのでしょうか(「適格者」がインボイスを発行してくれないとか間違ったインボイスを発行する場合も同じです)。
【売手:非適格者(課税)×買手:課税事業者(本則)】
売上:問答無用の譲渡課税
仕入:インボイスがないから控除不可
この場面でも、売手:非適格者(課税)は譲渡課税されています。のに、買手側は税額控除できません。課税/控除の主体が分属されているだけで、控除できないと「損税」が発生してしまう、という損益状況は「特定課税仕入」の場合と全く一緒です。
損益状況が全く同じなのに、主体が別人になった途端、《許せる損税》になってしまうという不可思議現象。
免税事業者の益税 ←絶許!!!!
特定課税仕入による損税 ←よくないよね。
非適格者(課税)による損税 ←(無言)・・。
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リバースチャージにおいては、譲渡にかかる税額も仕入にかかる税額も、「買手」側で計算することになっています。
インボイス推進派の方々の中には、インボイス制度を説明するにあたって『売手だけが正しい税額を計算することができる、インボイスは「控除証明書」である、なので買手が勝手に書き換えることは許されない。』というような感じのことを宣わっている方もいます。
が、リバースチャージでは「買手」が税額計算をすることになっているわけで、そのような前提は存在しません。
そもそも、売手がインボイスの税率や税額を間違えて記載していた場合には、買手が税務処理の修正を余儀なくされます。買手は、売手作成のインボイスを鵜呑みにして自社の処理をすることが許されていません。
法令 = 売手のインボイス = 買手の税務処理 ←控除できる
の場合だけ、めでたく税額控除ができ、
法令 ≠ 売手のインボイス = 買手の税務処理 ←控除できない
と、売手の間違ったインボイスを鵜呑みにして買手が処理した場合には、控除ができないことになっています。売手作成のインボイス記載事項は、買手にとって単なる参考事項にすぎず、その内容が正しいかどうかは自分で判断しなければなりません。
民法でいうところの《公信力》や行政法でいうところの《公定力》みたいなものは、インボイスには備わっていないということです。
買手はインボイスの記載を信じて処理してよい、間違いがあった場合は売手と課税庁との問題として処理する、というような制度にはなっていないのであって。とてもじゃないが「控除証明書」なんてご立派なものではない。
「課税と控除が両輪駆動する」とか「重低音がバクチクする」みたいな、現代なら「※イメージです。実際の商品とは異なります。」と注意書きが挿入される感じの宣伝文句。
◯
という具合で、「リバースチャージ」だけが、現行消費税法の中で純粋に《課税=控除》を実現できる唯一絶対の領域だ、と思ったのですが。
残念ながら「用途区分」という貧乏神(from桃鉄)の存在により、リバースチャージですら、控除額が削られることになっています。
【悪魔合体(リバースチャージ+用途区分)】
仕入:国外事業者の代わりにお前が納付しろよ
仕入:非課税対応なら控除させないよ
上記でリバースチャージに「真正(神聖)」という修飾を加えたのは、「用途区分」に侵食されない綺麗な状態に限り、という限定を加える趣旨からです。
もはや、現行消費税法の中に、混じり気のない《課税=控除》が実現できる理想郷は存在しないのかもしれません。
「輸入消費税」は無事か?、とも一瞬考えたのですが、これも「用途区分」の支配下にありました。輸入消費税として直接お国にお納めしているにもかかわらず、非課税対応分は控除できないことになっています。
【悪魔合体(輸入消費税+用途区分)】
仕入:問答無用の輸入課税
仕入:非課税対応なら控除させないよ
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その7) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編42)
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