◯
「文言解釈の原則からしたら当たり前」というような、単純なお話しではなく。
最高裁令和5年11月6日判決
主戦場が「政令」となっているため、政令が法律の委任の趣旨をはみ出していないか、という「委任立法」の問題として論じる必要があります。
【参照:消費税法における委任立法】
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その4) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編39)
「委任立法」の問題として論じる場合、
1 法律の委任の趣旨を明確にし、
2 政令の文言解釈で委任の趣旨をはみ出していなければそのままでOK
3 文言解釈だと委任の趣旨をはみ出すなら、趣旨にそった限定解釈を加える
4 限定解釈のしようがなければ政令を違法とする
という論じ方になります。
で、最高裁は案の定、そのままでよいと結論を出したわけですが(1⇒2までで終了)。いまいち中身が腑に落ちない。
◯
最初に。私が理解したところの、今回の判決のイメージはこんな感じ。CFC税制の制度趣旨に対して、政令(赤枠)がズレている様子を表しています。
本判決を読んでいて、真っ先に引っかかったのが以下の箇所(第2の2(1))。
「@ 本件委任規定は、私法上は特定外国子会社等に帰属する所得を当該特定外国子会社等に係る内国法人の益金の額に合算して課税する内容の規定である。
A これは、内国法人が、法人の所得に対する租税の負担がないか又は著しく低い国又は地域に設立した子会社を利用して経済活動を行い、当該子会社に所得を発生させることによって我が国における租税の負担を回避するような事態を防止し、
B 課税要件の明確性や課税執行面における安定性を確保しつつ、
C 税負担の実質的な公平を図ることを目的とするものと解される。」
丸数字は私が挿入しました。
CFC税制の規定を説明するにあたって、AによってCを実現する、というのはわかるのですが。その間にBが入ってくることに違和感を持ちました。何だよ「しつつ」ってと。
が、このあとに出てくる判示を読んで、わざわざBを挿入したことの意味が分かりました。
このような趣旨に基づく委任を受けて設けられた本件規定は、適用対象金額に乗ずべき請求権勘案保有株式等割合に係る基準時を特定外国子会社等の事業年度終了の時とするものであるところ、本件委任規定において課税要件の明確性や課税執行面における安定性の確保が重視されており、事業年度終了の時という定め方は一義的に明確であること等を考慮すれば、個別具体的な事情にかかわらず上記のように基準時を設けることには合理性があり、そのような内容を定める本件規定が本件委任規定の目的を害するものともいえない。
政令が「いささか精緻さに乏しい」割り切り方をしていることを正当化するために、法律自身もBを目的に含めていると布石を打っておいたのでしょう。Aとは別途独立に、BもCFC税制の目的にねじ込んだおかげで、個別事情を無視した《割り切り》をしてもCFC税制の「目的を害するものとはいえない」ということができるわけです。
が、これでは政令の《割り切り》から逆算して、CFC税制の目的をでっち上げただろと非難されてもおかしくない(ヤラセ疑惑)。
◯
そこで、これだけではヤラセ丸出しだと思ったのでしょうか。「前記事実関係等の下において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱するか否か」などいうことまで検討し始めました(第2の2(2))。
政令が委任の趣旨通りに作られているのであれば、わざわざ個別事案ごとの検討なんていらないはずです。やはり、政令が、CFC税制の本来の制度趣旨であるAからはみ出して規定されていることに対する後ろめたさみたいなものがあったのではないかと、下衆の勘ぐりセンサーが働きます。
上記イメージ図では、これを緑の◯で表現しています。ぎりぎり政令のライン上に収まっているが(三笘の1mmを想定)、本来の制度趣旨(A)から距離があるものを、例外的に救済する余地を残したようにみえます。
が、本件では、草野補足意見で露骨に書かれているように「天下のみずほ様がwwwww、調査不足でしくじるとかwwwww、超ウケるwwwww」という具合で、救済方面の議論は積められることはなく。
ちゃんと調べりゃ回避できただろと言われて一蹴(上記イメージ図のオレンジの◯)。
【一応、補足意見の原文】
被上告人のような我が国を代表する金融機関が本件資金調達手続を立案するに当たっては、当然関係各国の税制を詳細に調査研究し、その内容を知悉することが前提であろうから、被上告人は、我が国のタックス・ヘイブン対策税制についても十分な調査を行い、かつ、(タックス・ヘイブン対策税制は頻繁に改正されるものであることは周知の事実であるから、)必要に応じて、本件資金調達手続の実施後においても最新のタックス・ヘイブン対策税制の内容を調査し、本件資金調達手続によって生み出された会社法や契約法上の権利義務関係に合理的な変更を加えることによって、予期せざる税務上の不利益が発生することがないよう注意を払い続けることを期待され得る立場にあった。
◯
まあ、一般論レベルで《過剰課税》を許容してしまった以上、個別論レベルで救済されるなんて、ほとんど見込めないように思えます。
下記の判示が象徴的です。
もっとも、前述のとおり、個別具体的な事情にかかわらず基準時を設ける本件規定の内容が合理的である以上、上記のような帰結をもって直ちに、前記事実関係等の下において本件規定を適用することが本件委任規定の委任の範囲を逸脱することとはならないところ、
いかにも《経路依存》な書きぶり。「個別事情は無視していいことにしたので個別事情は無視する」といっているだけ。
私が《ヤラセ》と評価する所以です。
◯
本判決では「課税要件の明確性」「課税執行面における安定性」というマジックワードが出てきたわけですが。
以前検討したムゲンエステート・ADW事件判決においても、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」といったマジックワードをもって、用途区分における《割り切り》が正当化されていて。
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
今後もこの手のマジックワードが頻発するようであれば、しばらく税法判決の理論的発展というものが望めない状況になりはしないかと、不穏な気持ちになります(最高裁判決の《金太郎飴答案》化現象)。
特に、「課税要件の明確性」「課税執行面における安定性」のためなら、本来の制度趣旨から外れた局面においても課税できること(過剰課税)を正面から認めてしまったのは、かなり致命的ではないかと。
これまで税法学の世界では、「租税法律主義」及びここからの派生原則が、教科書の最初のほうでやたらと強調されるのに対して。「じゃあ書いときゃいいんだろ!」に対抗できる原理原則というものの発展が目立ちません。
そのせいかどうか、「課税要件の明確性」という、本来であれば適正課税を導くための《規制原理》として主張されていたはずのものを、過剰課税を正当化するための《拡張原理》として流用(盗用)されてしまっている始末。
「課税執行面における安定性」にしたって、適正な課税を安定的に執行するということを意味するはずで。「抜けがあると嫌だから多めにとっておけ」などというものを正当化できるものではないはずです。
どうすんのこれ?
◯
今後、本判決の表面的な理解だけが独り歩きして。
本来の制度趣旨に「課税要件の明確性」「課税執行面における安定性」をくっつけさえすれば、個別事情を無視して文言解釈だけで突っ走れる、という下級審判決が続出する予感。
さすがに、「通達」までもを文言解釈するなんてイカれた判決は、金輪際出現することはないでしょうが。
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決
本来の制度趣旨からあまりにも外れた内容となっていた場合には、さすがに最高裁だってアウトと判定するんじゃないですかね。一応、救済の余地は辛うじてほんのり残されたわけですし。
◯
なお、草野補足意見の下記推察。
・一般に、我が国の税法は、世界的にも稀有といえるほどに緻密で合理的な条文の集積から成り立っており、
・このことが税制に対する国民の信頼や我が国企業の国際競争力の礎となってきたことは税法の研究や実務に携わる者が均しく首肯するところではないかと推察する。
後半部分はよく分かりませんが、前半部分について。
「緻密」とまでいえるかはともかく、我々税理士が逐一税法条文を読まずとも《日常系税務》の仕事ができちゃっているのは、(通達等が整備されていることもありますが)やはり大元の税法条文が良くできているから、といえるんじゃないですかね。
条文知らずに税務ができちゃうのは、安定的な制度設計がなされているからだといえるのではないかと。パソコンの仕組みを知らずにパソコンが使える、みたいな。
ただ、近時のイタチごっこ改正などで制度が複雑になってきたせいで、そのような素直な評価が通用する場面が減っていっているように思えます。
あるいは、下記で検討したように、立案担当者が当初意図したであろう適用範囲と、実際の条文本体に書かれている適用範囲がズレているという現象も生じており(条文見出しが当初意図の名残り)。
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
今後、条文作成能力の劣化によっても「緻密で合理的な条文の集積」が崩れていくのかもしれません。
みずほCFC事件判決(最高裁令和5年11月6日)と形式的犯罪論
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