2023年11月27日

国税庁『Q&A』解釈方法論 序説

 いつ頃から流行りだしたのか把握しておりませんが。
 国税庁が公式の「通達」ルートによらずに、単なる情報提供にとどまらない独自の解釈を乗っけた文書を公表することが目立つようになっています。

「定期同額給与」のパンドラ(やめときゃよかった)

 タイトルは様々ですが、本記事では『Q&A』と総称しておきます。要するに、行政手続法の規律が及ばない(と国税庁自身が思っている)ものです。

 《日常系税務》の世界で生きる税理士にとって、『Q&A』をガン無視して業務を進めることは非現実的です。が、そうはいっても、ワナビー達のように『Q&A』に振り回されて仕事をするのもみっともない。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版

 では、どうしたらよいのでしょうか。


 私自身は、『Q&A』を読むにあたって、次のタイプがあることを意識しながら読んでいます。

  ア 法令どおりのことが書いてある
  イ 通達どおりのことが書いてある
  ウ 法令・通達に書いていないが矛盾しない
  エ 法令・通達に書いていないが矛盾する

 本当はもっとグラデーションがかかっていますが、デフォルメ版として。
 少なくとも、『Q&A』をベタ読みで「文言解釈」するなんて所作は、徒労に終わるものと思われます。

【通達の文言解釈(笑)】
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決

 で、これらを見極めるにはどうするかですが。
 外形的には「語尾」「末尾」が一応の目安となります。文末に(法◯◯)とあればア、(通達◯◯)とあればイ、「差し支えありません」とあればウかエ、といった具合に。
 ただ、それはあくまで外形にすぎません。


 たとえば、「8割特例」についての『Q&A』の記述。

インボイス制度に関するQ&A(国税庁)
免税事業者からの仕入れに係る経過措置(P137)

 適格請求書等保存方式の下では、適格請求書発行事業者以外の者(消費者、免税事業者又は登録を受けていない課税事業者)からの課税仕入れについては、仕入税額控除のために保存が必要な請求書等の交付を受けることができないことから、仕入税額控除を行うことができません(新消法30F)。
 ただし、適格請求書等保存方式開始から一定期間は、適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れであっても、仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置が設けられています(28年改正法附則52、53)。


 いずれの文末にも(法◯◯)とあるため、てっきり条文どおりのことが書いてあるのかと思いきや。
 それぞれの条文には「適格請求書発行事業者以外の者」などとは書かれていませんし、そのような限定解釈ができるような書きぶりにもなっていません。

 これは要するに、アに偽装してエを記述しているということです。手口としてはおそらく、附則を無理やり限定したいという下心があり、それにあわせて本法のほうも条文から離れて勝手に書き替えることにしたのでしょう。

 なお、このQ&Aの「実質修正版」では、条数を引用しなくなっています。

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice_faq.htm
お問合せの多いご質問(令和5年11月13日更新) 問F

 『Q&A』の中には、条数が引用されているものとそうでないものがあるのですが。一体どういう基準で振り分けているのかが謎です。


 また、「お問合せの多いご質問(令和5年11月13日更新)」の問Aの(注)には、あたかも偽インボイスでも「災害その他やむを得ない事情」があれば仕入税額控除を受けられるかのような記述があります。

 が、仮に税額控除の対象となったとしても、令46条をみるかぎり、偽インボイスでは控除税額が算出されないことになっています。積上計算ならもちろん割戻計算でも、計算対象となっているのはインボイスが発行された場合と《インボイスいらない特例》を受けた場合だけですので。
 「偽インボイスでも控除対象になる!(ただし控除額は0円な)」なんて物言い、詐欺師の手口じゃねえか。

 納税者有利だからといって鵜呑みにしていると、裁判所で軽く弾かれてしまうような気がします。


 では、このようなデマに惑わされないようにするためにはどうしたらよいのでしょうか。巷の解説書もことごとく『Q&A』コピペで役に立ちません。
 やはり、自分で条文を読むしかないのでしょう。

 で、見極めができたとして。概ね下記のような方針でいきます。

 ア そのまま乗っかる(命令の法律適合性の検討は別途)
 イ そのまま乗っかる(通達の法令適合性の検討は別途)
 ウ 納税者有利ならさしあたり乗っかる、納税者不利なら解釈論展開
 エ 納税者有利でも要検討、納税者不利なら解釈論展開

 もちろん、個別事案に応じて細かく枝分かれしていきますが。


 最終的には身も蓋もない話になってしまうのですが。

 残念ながら、《日常系税務》の領域においても、国税庁の情報を鵜呑みにして業務をすすめるには危うい、というのが現状なのでしょう。組織再編や国際課税といった特定の領域にとどまらず、あらゆる領域で税制が複雑になりすぎている。

 何でもかんでも逐一条文を読んでいられないとしても。情報鵜呑みで省力化する部分と、きっちり検討する部分の見極めができる能力は必要なのだと思います。


 しかしまあ、課税機関(実働部隊)のトップである国税庁から出てくる情報の、劣化具合が酷くなってきていませんかね。

 現場の調査官が税法の細かい規定を把握しきれていない、というのは今さら責める気にはなりません。組織内部のあれやこれやは、外野の人間には分かりませんが。モチベーション的には、頑張って税法を勉強しても報われることのない会計事務所職員とたぶん同等なんじゃないですかね。
 指揮命令によって適切に制御されているのならば、個々の調査官の精度を上げてくれとは、もはや要求いたしません。

 ですが、トップのレベルが劣化してしまったら、そのような制御が働かなってしまうのではないか、と危惧されます。中央の人間まで現場に駆り出されてしまって、リソースが足りていないのかどうか。

 管見によれば、従前の税務調査の主戦場は上記ウだったものと認識しております。ところが、法令と矛盾するような『Q&A』が頻発されるようになると、主戦場がエに移ってしまうのではないかと。
 税理士側が法令に従った主張をしても、調査官としては組織の見解を無下にすることもできず、板挟みになってしまわないか、今から余計な心配をしています。
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