『消費税は税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』などというのは、「だったらいいな」レベルの与太話であって。実際のところ、インボイスが導入されたにもかかわらず、資産ルールの要件に変更はありません。
【両輪駆動テーゼ批判】
免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)
が、インボイス導入に伴い、あれやこれやの特例・経過措置も導入されたため、それらとの食い合わせがどうなっているか、検討する必要が出てきます。
(用語の使い方として、調整対象固定資産の中に高額特定資産が含まれているわけですが、以下ではそれぞれ排他的なものとして使うこととします。)
【食い合わせ検証】
電気通信利用役務の提供の構造1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編13)
電気通信利用役務の提供の構造2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編14)
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資産ルールとの関係で問題となるのが、免税事業者が「課税事業者選択届出書」(9条4項。以下、単に「選択」と略します)を提出せずに、H28附則44条4項の特例ルートを使って「選択」なしで適格者になった場合に、資産ルールが適用されるのかどうか、という点です(論点1)。
特例ルートならば、還付とった後に免税に逃げ込むことができるでしょうか(厳密には、控除≠還付ですが、互換的に用います)。なお、資産ルール適用の効果として免税制限と簡易制限の2つがありますが、調整対象固定資産と高額特定資産とで簡易制限の内容がズレていますので、免税のみを想定して記述します。
まず、高額特定資産について。
こちらは、本則課税を使った場合に問答無用で規律が及ぶことになっています。それゆえ、どういうルートで適格者となろうが、本則課税を使った以上は3年縛りが発動します。
他方で、調整対象固定資産はどうかというと。
こちらは、「選択」ルートを使ったことが要件となっています。それゆえ、「選択」なしで適格者になった場合には発動しないことになります。
結果、調整対象固定資産につき本則課税を使って仕入税額控除の適用を受けたとしても、翌期に免税の適用を受ける道がひらけます。もちろん、特例ルートの「2年縛り」が発動する場合には、そちらに従うことになりますが。
こういう違いがきちんと条文に明記されていればよいのですが。「あくまでもルールは従前どおりなんだから、良い子のみんなは言わなくても分かるだろ」とばかりに、何かしらの整備規定のようなものは設けられていません。
良い子の我々は、「選択ルートを特例ルートに読み替える規定がどこにも見当たらない」ということから裏読みするしかありません。
◯
と、調整対象固定資産か高額特定資産かによって、規律が異なることになっています。
【論点1の帰結】
・高額特定資産 本則使えば3年縛りあり
・調整対象固定資産 選択して本則使えば3年縛りあり
選択なければ本則使っても3年縛りなし
両制度を「多額の資産を取得して還付とっておきながら、免税に逃げることを防止する制度」と薄ぼんやりとしか理解していないと、安易に、同じじゃないのはおかしいと捉えてしまうかもしれません(「趣旨→条文」テーゼの陥穽)。例によって、立案担当者が条文作成ミスにより、修正パッチを当て忘れただけなんじゃないのかと。
【「趣旨→条文」テーゼ批判】
僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)
【条文作成ミス】
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版
が、おそらくこの点に関しては、意図的に違いを設けたのだと思われます。
調整対象固定資産がイケてない制度であったことから洗練された高額特定資産が導入された、という経緯からすると、メインはやはり高額特定資産のほうであって。調整対象固定資産は、すぐに廃止するわけにも行かないからみっともないけど仕方なく残しているだけ、という程度の位置づけのようにみえます。なので、積極的に適用範囲を広げるつもりもないんだと。
条文の置き場所も、調整対象固定資産は9条の中に組み込まれたサブルールなのに対し、高額特定資産は独立の条数を与えられており。ガワだけみても待遇が違います。
両制度を似たようなものとして横並びでしか理解していないと、その違いに気づきにくいのではないでしょうか。控除したという「結果」の側だけから規制すればすむところを、課税選択したという「行為」の悪辣さに着目して規制しようとしたせいで発動条件が限定されてしまっている、というのが調整対象固定資産の(残念な)特徴です。
少なくとも、両制度の要件と効果の違いは正確に理解しておくべきものでしょう。
消費税、免税とるって大変よ、という話(2018.1.11現在のルール)。
ちなみに、件の教科書では、どういうわけか片方の規律しか説明しないという、ろくでもない記述となっています。細部に至るまでイミフな記述が散りばめれている、格好のアクティブラーニング教材。
〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)
もしかしてですが、「調整対象固定資産残してるのみっともない」という立案者のお気持ちを汲み取って、正面から取り上げないであげた、ということでしょうか。親切ですね、運営側には。
◯
もう一つ問題となるのが、本則課税で還付をとった後の課税期間で「2割特例」(H28附則51条の2)は使えるのかどうかです(論点2)。
以下、資産ルール以外の要件はクリアしているものと想定して検討します。
結論的には、論点1と同じ規律になるはずですが、これを条文からストレートに導くことができるでしょうか(例によって条文引用はかなり省略入れてます)。
【論点2の帰結】
・高額特定資産 本則使えば2割特例適用できない
・調整対象固定資産 選択して本則使えば2割特例適用できない
選択なければ本則使っても2割特例適用できる
H28附則 第五十一条の二(適格請求書発行事業者となる小規模事業者に係る税額控除に関する経過措置)
1 適格請求書発行事業者()の五年施行日から五年施行日以後三年を経過する日までの日の属する課税期間(法第五十七条の二第一項の登録()、消費税法第九条第四項の規定による届出書の提出(略)がなかったとしたならば消費税を納める義務が免除されることとなる課税期間に限るものとし、次に掲げる課税期間を除く。)については、(略)
二 消費税法第九条第七項に規定する調整対象固定資産の仕入れ等を行った場合に該当する場合における同項に規定する調整対象固定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の翌課税期間から当該調整対象固定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の初日以後三年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間
条文読めば分かるとおり、2割特例も、8割控除と同じく『もしもシリーズ』です(「もしも◯◯がコンビニの店員だったら」などのコントの古典様式)。「もしもインボイス登録も課税選択もなければ免除受けられたか」という、現実に存在しなかった世界線を夢想することで判定するんだと。
あわせて各号では、現実に存在する課税期間を適用除外とすることもしています。これはいわゆる『リアルとファンタジーのハイブリッド課税要件』ですね(以下「R&F要件」と略します)。
各自で思いつくものを想起していただきたいのですが。フィクション物のお話で、現実世界の登場人物と平行世界の登場人物とが、一致する行動をとることで何かが発動する、みたいなアレのことです。
余談ですが、税制ってどこまでいっても「現実世界」のものだと、私は思っていたのですが。「予知」とか「見込み」のような、オカルトというか夢想系の課税要件があちらこちらに紛れ込んでいるんですよね。
【オカルティック租税法】
加算税をめぐる国送法と国税通則法の交錯(平成29年9月1日裁決)
中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)
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で、この条文を高額特定資産にあてはめてみると。
こちらは、本則使った以上問答無用で3年縛り発動なので、インボイス登録・課税選択がなかったと仮定しても免税期間にはなりません。ので、2割特例は使えないことになります。
では、調整対象固定資産はどうか。
もしもインボイス登録も課税選択もなかったならば、3年縛りは発動しないこととなるはずです。そのための備えが、現実要件である本条2号なのでしょう。
2号によれば「調整対象固定資産」絡みの課税期間が除外されているので、こちらで適用不可となるのかと思いきや。が、よくよく読んでみると、単に調整対象固定資産を仕入れた場合とあるのではなく、「消費税法第九条第七項に規定する調整対象固定資産の仕入れ等を行った場合に該当する場合」と、もってまわった言い回しをしています。
おそらくこれは、調整対象固定資産の3年縛りが実際に発動した場合を言いたいのではないでしょうか。
ということで、結論としては、特例ルートで登録された場合には2割特例が使えるということになるかと。
規律としては、論点1と同じ遣り口で振り分けをしていることになっています。が、論点1では「何も書かない」ことによって、論点2では「リアル&ファンタジー」によってその規律を表現しています。
結果だけ見ると同じ切り分けになるというのに、条文構造が全く違うということです。
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ここで、上記2つの論点につき、運営の『Q&A』群がどのように記述しているかを見てみましょう。
論点2の2割特例が受けられるかどうかについては書いてあるものの、論点1の特例ルートの場合にそもそも資産ルールが及ぶのかについては、記述が見つけられませんでした。
条文に明記されていないことの穴埋めこそが、『Q&A』の本領が発揮される場面じゃないのかと思うのですが。条文のある2割特例のほうだけしか記述されていないようです。
【2割特例の適用範囲】
インボイス制度に関するQ&A目次一覧(国税庁)
問115 (2割特例の適用ができない課税期間@)
消費税のインボイス制度・軽減税率制度に関する資料(財務省)
インボイス制度の負担軽減措置のよくある質問とその回答
問1.適用対象者を教えてください。
その中身をみてみると、「国税庁Q&A」では選択ルート/特例ルートのいずれかによって規律が異なることが明記されています。に対して、「財務省Q&A」では雑に、調整対象固定資産は全て適用対象外であるかのような書き方になっています。
・国税庁Q&A
D 「課税選択届出書」を提出して課税事業者となった後2年以内に本則課税で調整対象固定資産(注2)の仕入れ等を行った場合において、「消費税課税事業者選択不適用届出書」の提出ができないことにより事業者免税点制度の適用が制限される課税期間(注3)(消法9F)
(注3) 免税事業者に係る登録の経過措置(28年改正法附則44C)の適用を受けて適格請求書発行事業者となった者は、「課税選択届出書」の提出をして課税事業者となっていませんので、これに該当することはありません。
F 本則課税で高額特定資産(注4)の仕入れ等を行った場合(棚卸資産の調整の適用を受けた場合)において事業者免税点制度の適用が制限される課税期間(消法12の4@AB)
・財務省Q&A
調整対象固定資産や高額特定資産を取得して仕入税額控除を行った場合等、インボイス発行事業者の登録と関係なく事業者免税点制度の適用を受けないこととなる場合(略)についても、2割特例の対象となりません。
「インボイス発行事業者の登録と関係なく事業者免税点制度の適用を受けないこととなる場合」という記述を深読みすれば、特例ルートはインボイス登録と関係ありだからここには含まれない、と理解できるのかもしれません。
が、さすがに我々のようなプロの「Q&A裏読み士」にしかできない芸当ではないでしょうか(この対資格が「Q&A鵜呑み士」)。
国税庁『Q&A』解釈方法論 序説
というか、財務省Q&A、本問にかぎらず全体として、法的素養のない人が記述したようなピントのボケた書きぶりになっているように思えます。「ド素人向けにお易しく書いてやったんだから、仕方ねえだろ!」ということなのかどうか。
に対して、国税庁Q&Aのほうは、確かに、上記引用した条文の構造とは大分異なっています。
が、「R&F要件」をそのまま引き写したとして、容易には理解し難いでしょう。「インボイス登録も課税選択もなければ免除受けられた場合です」とだけいわれたところで、なんのこっちゃって感じになるはずです。
そこで、条文上の「空想要件+現実要件」という構成を解体して、類型ごとに再編成してくれた、と好意的に評価することができるのかもしれません。
8割控除のときのような隠し立てはせずに、きちんと特例ルートの説明をしてくれていますし。
【類型論的アプローチ】
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
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上述したH28附則51条の2の読み方が合っているのかどうか、全く自信はありません。現実要件のほうは事実に当てはめるだけだから単純ですが、空想要件のほうは妄想力を働かせなければならないわけで。
が、国税庁『Q&A』様と結論において一致しているので、さしあたりこれで理解しておきます。
なお、消費税法基本通達21−1−1には、特例ルートのH28附則44条4項に関する解釈が開陳されています。
同項の文言をどのように読めばこの通達のいうような解釈(特に(注)の第一段落)を導けるのか、という問題もありますが、それはまた別のお話。
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