2024年02月12日

消費税法における実質と形式、そして計算へ 〜消費税法の理論構造(種蒔き編45)

 法に定める要件として、しばしば「実質要件/形式要件」などと区別されることがあります。

 たとえば、保証契約においては、意思表示の合致(実質要件)だけでは足りず書面の作成(形式要件)が必要とされる、といったように、実質と形式とを区別して記述されたりします。

 税法においても、同様に実質要件/形式要件の区別が可能です。
 が、それに加えて、税法に特徴的な規定として「計算規定」というものを観念することができます(もちろん、民法でも「相続編」のように計算要素強めな領域もあります)。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その9) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編44)


 《インボイスいらない特例》の究極系と位置づけることができるのが、30条7項但書の「災害その他やむを得ない事情」のやつ(以下、これを「災害」と略することがあります)。
 同条括弧書きの「困難である場合」のような、せせこましい限定列挙モノとはスケールが違います。

消費税法 第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
7 第一項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ、特定課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない。ただし、災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかつたことを当該事業者において証明した場合は、この限りでない。


 ここでいう「災害その他やむを得ない事情」というのが《実質要件》にあたります。で、このような事情があることにより、《形式要件》であるインボイスの保存がなくても税額控除できることになる、という構造になっています。


 さて、この場面における《計算規定》はどうなっているでしょうか。要するに「では控除額いくらだ?」ということです。

 長くなるのですが、該当規定をそのまま貼り付けます。

消費税法施行令 第四十六条(課税仕入れに係る消費税額の計算)
1 法第三十条第一項に規定する政令で定めるところにより計算した金額は、次の各号に掲げる課税仕入れ(特定課税仕入れに該当するものを除く。以下この章において同じ。)の区分に応じ当該各号に定める金額の合計額に百分の七十八を乗じて算出した金額とする。
一 適格請求書(法第五十七条の四第一項に規定する適格請求書をいう。以下同じ。)の交付を受けた課税仕入れ 当該適格請求書に記載されている同項第五号に掲げる消費税額等のうち当該課税仕入れに係る部分の金額
二 適格簡易請求書(法第五十七条の四第二項に規定する適格簡易請求書をいう。以下同じ。)の交付を受けた課税仕入れ 当該適格簡易請求書に記載されている同項第五号に掲げる消費税額等(当該適格簡易請求書に当該消費税額等の記載がないときは、当該消費税額等として第七十条の十に規定する方法に準じて算出した金額)のうち当該課税仕入れに係る部分の金額
三 法第三十条第九項第二号に掲げる電磁的記録(同項に規定する電磁的記録をいう。以下この項、第四十九条及び第五十条において同じ。)の提供を受けた課税仕入れ 当該電磁的記録に記録されている法第五十七条の四第一項第五号又は第二項第五号に掲げる消費税額等のうち当該課税仕入れに係る部分の金額
四 法第三十条第九項第三号に掲げる書類又は当該書類に記載すべき事項に係る電磁的記録を作成した課税仕入れ 当該書類に記載され、又は当該電磁的記録に記録されている第四十九条第四項第六号に掲げる消費税額等のうち当該課税仕入れに係る部分の金額
五 法第三十条第九項第四号に掲げる書類の交付又は当該書類に記載すべき事項に係る電磁的記録の提供を受けた課税仕入れ 当該書類に記載され、又は当該電磁的記録に記録されている第四十九条第六項第五号に掲げる消費税額等のうち当該課税仕入れに係る部分の金額
六 第四十九条第一項第一号イからニまでに掲げる課税仕入れ 課税仕入れに係る支払対価の額(法第三十条第八項第一号ニに規定する課税仕入れに係る支払対価の額をいう。以下この章において同じ。)に百十分の十(当該課税仕入れが他の者から受けた軽減対象課税資産の譲渡等に係るものである場合には、百八分の八)を乗じて算出した金額(当該金額に一円未満の端数が生じたときは、当該端数を切り捨て、又は四捨五入した後の金額)

2 事業者が、その課税期間に係る前項各号に掲げる課税仕入れについて、その課税仕入れの都度、課税仕入れに係る支払対価の額に百十分の十(当該課税仕入れが他の者から受けた軽減対象課税資産の譲渡等に係るものである場合には、百八分の八)を乗じて算出した金額(当該金額に一円未満の端数が生じたときは、当該端数を切り捨て、又は四捨五入した後の金額)を法第三十条第七項に規定する帳簿に記載している場合には、前項の規定にかかわらず、当該金額を合計した金額に百分の七十八を乗じて算出した金額を、同条第一項に規定する課税仕入れに係る消費税額とすることができる。

3 その課税期間に係る法第四十五条第一項第二号に掲げる税率の異なるごとに区分した課税標準額に対する消費税額の計算につき、同条第五項の規定の適用を受けない事業者は、第一項の規定にかかわらず、前項の規定の適用を受ける場合を除き、当該課税期間中に国内において行つた課税仕入れのうち第一項各号に掲げるものに係る課税仕入れに係る支払対価の額を税率の異なるごとに区分して合計した金額に、課税資産の譲渡等(特定資産の譲渡等及び軽減対象課税資産の譲渡等に該当するものを除く。)に係る部分については百十分の七・八を、軽減対象課税資産の譲渡等に係る部分については百八分の六・二四をそれぞれ乗じて算出した金額の合計額を、法第三十条第一項に規定する課税仕入れに係る消費税額とすることができる。


 1項が「請求書積上げ」、2項が「帳簿積上げ」、3項が「割戻し」の規定となります。
 売上を「積上げ」で処理した場合は仕入「割戻し」を選択できないわけですが、条文上は3項のような書きぶりで差配しているわけです。


 それはさておき。
 どの処理方法による場合でも、税額控除の対象となるのは、「1項各号」に定める課税仕入れに限定されています。「災害」の場合もそれ用の計算規定が見当たらないため、この規定によって計算することになります。

 では、実際にどのように計算されるでしょうか。

 この点、『インボイスの交付を受けたが災害により紛失。仕入先が連絡不能で再発行不可』というような事案であれば、1号の「適格請求書の交付を受けた課税仕入れ」に該当します。一度「交付」を受けさえすれば「保存」がなくても「交付を受けた」と言えますので。
 ゆえに、インボイスに記載してあったであろう税額をもとに、税額控除することが可能となるはずです。

   交付を受けた ⇒ 災害で紛失した ⇒ 保存できない

 問題は、『インボイスの交付を受ける前に被災。仕入先が連絡不能で発行不可』というような事案です。

   災害で交付を受けられない ⇒ 保存できない

 この場合、「交付」を受けていない以上は1号には該当せず、他の号にも該当しないため、税額控除できないことになりそうです。より正確にいうならば、『法30条7項但書に従い税額控除はできるが、施行令により算出される税額は0円』となるでしょうか。

 いかにも不条理極まりない。

 これに対して、『積上げではなく割戻しならいけるのでは』と思われる方がいるかもしれません。
 が、「割戻し」規定である3項においても、その計算対象は「1項各号」列挙の課税仕入れに限定されてしまっています。なので、やはり控除額は0円となります。


 以前に検討した、自販機特例などのせせこましいほうの《インボイスいらない特例》については、1項6号に専用の計算規定が用意されています。

 「入場券特例」以外は、そもそもインボイスが「交付」されていないことが前提となっています。それゆえ、計算方法は課税仕入れごとの「割戻し」でいくことが同号の中に記載されています。
 「割戻し」というと紛らわしいのですが、3項の割戻しとは違って課税仕入れごとに割戻しをします。

 ちなみに、「入場券特例」の場合は一度「交付」を受けているはずだから1項1号・2号も適用できるのか、という疑問もあります。が、ややこしくなるので深入りしません。

 何にしても、1項6号のような専用の計算規定が「災害」の場合には用意されていないということです。《究極系》のはずなのに、計算規定における待遇が悪すぎる。


 計算規定がこのような状態であることを前提として。

 翻って、法30条7項但書の《実質要件》としての適用範囲が問題となります。
 もし救済を想定しているのが、『交付を受けたが保存できなかった場合』だけなのであれば、現状の計算規定でも問題はないわけです。

  実質要件: 交付を受けたが保存できない場合
  計算規定: 交付を受けた場合

 これに対して『そもそも交付を受けられなかった場合』も救済の対象として想定しているのであれば、現行の計算規定は明らかに足りていないわけです。

  実質要件: 交付を受けたが保存できない場合
       +交付を受けられずに保存できない場合
  計算規定: 交付を受けた場合
        交付を受けていない場合は規定なし(?)


 法令上の規定がこのような構造であることを知ってか知らずか、運営の「よくあるお問い合わせ」では、《偽インボイス》を掴まされた場合も税額控除の適用を受けることが可能、という見解が開陳されています。

お問合せの多いご質問(令和6年1月26日更新)
【令和5年11月13日公表分】
問A (適格請求書発行事業者公表サイトの検索結果とレシート表記が異なる場合)

(注) 売手が適格請求書発行事業者以外の者であるにもかかわらず、自らの登録番号と誤認されるような英数字が記載されているような場合には、当該請求書等は適格請求書等に該当しないこととなりますが、適格請求書発行事業者以外の者がそうした適格請求書又は適格簡易請求書であると誤認されるおそれのある表示をした書類を交付することや、適格請求書発行事業者が偽りの記載をした適格請求書又は適格簡易請求書を交付すること、それらの書類の記載事項に係る電磁的記録を提供することは禁止されており、罰則(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)の適用対象となります。
 また、そうした書類や電磁的記録を受領した事業者において、災害その他やむを得ない事情により、請求書等の保存をすることができなかったことを証明した場合には、帳簿や請求書等の保存がなくとも仕入税額控除の適用を受けることが可能です。


 「偽インボイス記載の消費税額を控除してもよい」なんて計算規定は存在しないわけで。仕入税額控除の適用を受けたとて、偽インボイスからどうやって控除税額を算出するつもりなのでしょうか。

 確かに、税額控除を受けることができると書いてあるだけで、控除税額がいくらとまでは書いていない。ので間違ったことは書いていない、と嘯くことは可能です。
 が、当然のことながら、そんな物言いはただの詭弁でしょう。

 そもそも、「非適格者」ならば、災害があろうがなかろうがインボイスを交付すること自体がはじめから不可能であって。《実質要件》レベルの問題として、このような場合まで、法30条7項但書がカバーしていると解釈できるのでしょうか。
 もしかしてですが、『もしも非適格者が災害前に登録していてくれたならば』なんて妄想をベースにするってことですか。そうだとしても、租税法律主義の建前を遵守するならば、2割特例や8割控除のごとく『もしもシリーズ』の系譜にあることを明記すべきでしょう。

【もしもシリーズ】
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版余滴
調整対象固定資産と高額特定資産とインボイスと


 以上、法令上の文言をベースに読み取れたことを記述しているだけで、何らの裏付けを取っているものではありません。運営の見解とは真っ向から対立していますし。

 ではありますが、実質/形式要件とは区別して「計算規定」を独自に検討することが、税法解釈上重要である、という限りでは間違いないものと思います。
 「税額控除できる」だけで満足するのではなく、「ではいくら控除できるか」までフォローすべきだろうと。

 にもかかわらず、学者先生の中には、「数式ではなく息吹」(租税息吹主義かよ!?)「仕入税額控除は計算要素でなく請求権」などという感じで、計算規定を軽視する傾向が見受けられるところです。

三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)

 この点、民法学者が『効果を度外視して要件論だけ論じている。』とか『実体法レベルの議論に終始していて、その実現まで考えてない。』みたいな傾向、おそらくだいぶ昔に払拭されたもののはずです。税法学の世界ではそこまで及んでいないということなのかどうか。
 一方で、課税要件レベルの議論が十分詰められているかといえば。税法分野での「要件事実論」の展開を見る限り、「う〜ん」て感じですよね。

伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

 何にしても、一方で学者先生の計算軽視があり、他方で実務家の法解釈論軽視がある、という税法≒税務世界の不幸な取り合わせ、いい加減どうにかならないものでしょうか。

【税務本における法解釈のゼロ展開】
熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)
posted by ウロ at 11:38| Comment(0) | 消費税法
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