みんな大好き!倒産防(その5) 〜令和6年度改正法律案
「個人」の場合は、これが所得税法における事業所得の「収入金額/必要経費」に置き換わるわけですが、論ずべきことは法人と同じはずです。
一応、条文と通達を貼り付けておきます。
・所得税法 第二十七条(事業所得)
1 事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。
2 事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。
・所得税法 第三十七条(必要経費)
1 その年分の事業所得の金額(略)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。
・租税特別措置法 第二十八条(特定の基金に対する負担金等の必要経費算入の特例)
1 個人が、各年において、長期間にわたつて使用され、又は運用される基金に係る負担金又は掛金で次に掲げるものを支出した場合には、その支出した金額は、その支出した日の属する年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入する。
二 独立行政法人中小企業基盤整備機構が行う中小企業倒産防止共済法(昭和五十二年法律第八十四号)の規定による中小企業倒産防止共済事業に係る基金に充てるための同法第二条第二項に規定する共済契約に係る掛金
2 前項の規定は、確定申告書に同項に規定する金額の必要経費に関する明細書の添付がない場合には、適用しない。ただし、当該添付がない確定申告書の提出があつた場合においても、その添付がなかつたことにつき税務署長がやむを得ない事情があると認める場合において、当該明細書の提出があつたときは、この限りでない。
・改正法案
第二十八条第二項中「前項」を「第一項」に改め、同項を同条第三項とし、同条第一項の次に次の一項を加える。
2 前項(第二号に係る部分に限る。)の規定は、個人の締結していた同号に規定する共済契約につき解除があつた後同号に規定する共済契約を締結した当該個人がその解除の日から同日以後二年を経過する日までの間に当該共済契約について支出する同号に掲げる掛金については、適用しない。
・改正後措置法 第二十八条
1 個人が、各年において、長期間にわたつて使用され、又は運用される基金に係る負担金又は掛金で次に掲げるものを支出した場合には、その支出した金額は、その支出した日の属する年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入する。
二 独立行政法人中小企業基盤整備機構が行う中小企業倒産防止共済法(昭和五十二年法律第八十四号)の規定による中小企業倒産防止共済事業に係る基金に充てるための同法第二条第二項に規定する共済契約に係る掛金
2 前項(第二号に係る部分に限る。)の規定は、個人の締結していた同号に規定する共済契約につき解除があつた後同号に規定する共済契約を締結した当該個人がその解除の日から同日以後二年を経過する日までの間に当該共済契約について支出する同号に掲げる掛金については、適用しない。
3 第一項の規定は、確定申告書に同項に規定する金額の必要経費に関する明細書の添付がない場合には、適用しない。ただし、当該添付がない確定申告書の提出があつた場合においても、その添付がなかつたことにつき税務署長がやむを得ない事情があると認める場合において、当該明細書の提出があつたときは、この限りでない。
・租税特別措置法に係る所得税の取扱いについて (措置法通達(所得税関係))
第28条((特定の基金に対する負担金等の必要経費算入の特例))関係
28−2(負担金等の必要経費算入時期)
措置法第28条に規定する負担金又は掛金(以下この項において「負担金等」という。)の必要経費算入時期は、個人が当該負担金等を現実に支払った日(財務大臣の指定前に支払ったものについては、その指定のあった日)の属する年分となることに留意する。
28−3(中小企業倒産防止共済事業の前払掛金)
中小企業倒産防止共済法(昭和52年法律第84号)の規定により共済契約を締結した者が独立行政法人中小企業基盤整備機構に前納した共済契約に係る掛金は、前納の期間が1年以内であるものを除き、措置法第28条第1項第2号に掲げる掛金に該当しない。
構造は法人と全く同じで。
通達で前納1年に制限しちゃっていいのかということと、解約手当金は必要経費の裏返しだからといって当然のごとく事業所得の収入金額として扱っていいのか、ということが、やはり問題となるわけです。
この点については、すでに法人について論じたところを参照してもらうとして。
ちなみに、現行の2項にいう「明細書」、今ではオフィシャルなものが出てますが。どういうわけか最近まで決まった書式がありませんでした。
特定の基金に対する負担金等の必要経費算入に関する明細書
◯
法人と同じなのに、わざわざ個人のほうまで持ち出した理由。所得税における節税ライターの皆さんの鉄板ネタ、「小規模企業共済」との対比をするためです。
法人 倒産防(益金/損金)
個人 倒産防(収入金額/必要経費)
個人 小規模共済(一時所得/所得控除)
「解約手当金」の扱いについては省略して、以下「掛金」のほうだけ検討します。
まず、御本尊である「所得控除」の規定から。
・所得税法 第七十五条(小規模企業共済等掛金控除)
1 居住者が、各年において、小規模企業共済等掛金を支払つた場合には、その支払つた金額を、その者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除する。
2 前項に規定する小規模企業共済等掛金とは、次に掲げる掛金をいう。
一 小規模企業共済法(昭和四十年法律第百二号)第二条第二項(定義)に規定する共済契約(政令で定めるものを除く。)に基づく掛金
倒産防と異なり、措置法様に所得マイナスしていただくのではなく。所得税法の中に規定されています。
節税商品としての節操のない使われ方からすれば、倒産防と同じくこちらにも「2年制限」が入ってもおかしくなさそうです、が、その場合は措置法ではなく所得税法本体に改正を入れなければならないことになります。
まあ、措置法より所得税法のほうが改正しにくい、なんてのは雰囲気だけでしょうから。改正しようと思えばいつでもできてしまうはずです。
◯
では、「前納」についてはどう定められているかというと。
倒産防と同じく、通達で規定されています。
・所得税法基本通達 法第74条《社会保険料控除》及び第75条《小規模企業共済等掛金控除》関係
74・75-1(その年に支払った社会保険料又は小規模企業共済等掛金)
法第74条第1項又は第75条第1項に規定する「支払った金額」については、次による。
(1) 納付期日が到来した社会保険料又は小規模企業共済等掛金(以下74・75-3までにおいてこれらを「社会保険料等」という。)であっても、現実に支払っていないものは含まれない。
(2) 前納した社会保険料等については、次の算式により計算した金額はその年において支払った金額とする。
(算式)
前納した社会保険料等の総額(前納により割引された場合には、その割引後の金額)×(前納した社会保険料等に係るその年中に到来する納付期日の回数)÷(前納した社会保険料等に係る納付期日の総回数)
(注) 前納した社会保険料等とは、各納付期日が到来するごとに社会保険料等に充当するものとしてあらかじめ納付した金額で、まだ充当されない残額があるうちに年金等の給付事由が生じたなどにより社会保険料等の納付を要しないこととなった場合に当該残額に相当する金額が返還されることとなっているものをいう。
74・75-2(前納した社会保険料等の特例)
前納した社会保険料等のうちその前納の期間が1年以内のもの及び法令に一定期間の社会保険料等を前納することができる旨の規定がある場合における当該規定に基づき前納したものについては、その前納をした者がその前納した社会保険料等の全額をその支払った年の社会保険料等として確定申告書又は給与所得者の保険料控除申告書に記載した場合には、74・75-1の(2)にかかわらず、その全額をその年において支払った社会保険料等の金額として差し支えない。
なお、この前納した社会保険料等の特例(以下この項において「特例」という。)を適用せずに確定申告書を提出した場合には、その後において更正の請求をするときにおいても、この特例を適用することはできないことに留意する。
倒産防には対応するものがない、前納した場合の按分算式が、75-1(2)(以下「74・」は省略)に規定されています。要するに、前納した場合は納付期日がきて充当されてはじめて「支払った」ことになるのだと。
「社会保険料」と「小規模共済等」とが抱き合わせ感まる出しで規定されていて。全く同じ扱いでいいのか、という疑問もあるものの、さしあたり正しいものとしておきます。
で、75-1を踏まえたうえで、75-2の『特例』によって、前納1年までなら所得控除しても「差し支えない。」こととしています。
同じく「前納1年にかぎる」というのに、なぜ倒産防とは言い回しを変えてきているのか。何かしらの意図があるのかどうか。
倒産防 「1年以内」以外は掛金に該当しない。
小規模共済 「1年以内」なら所得控除に入れても差し支えない。
◯
所得税法72条以下の一連の「所得控除」を見ていただければ分かるとおり、ここには種々雑多な政策的考慮が煮染められた控除項目が陳列されています。
「益金/損金」「収入金額/必要経費」のような、プラス/マイナスの対概念が想定しがたいところ。
益金⇔損金
収入金額⇔必要経費
????⇔所得控除
倒産防の場合は、費用性が(ほぼ)ないにもかかわらず、政策的な考慮から「損金・必要経費」扱いされているわけです。これと比べても、小規模共済の「所得控除」なんて、より強烈な政策的な考慮が働いているのでしょう。
確かに、所得税法/措置法という置き場所だけから対比すれば、措置法に規定されている倒産防のほうが政策的考慮が強そうにも思えます。が、退職金の積立にすぎない小規模共済掛金全額を、所得からそのまま控除してくれるなんて、倒産防以上の政策的考慮が働いているといえるのではないでしょうか。
◯
倒産防でははっきりしませんでしたが、小規模共済については充当されて所得控除できるという解釈が示されています。
と言ったすぐそばから、前納1年までOKだと勝手に広げてしまっています。通達自身はこれを『特例』だと自称していて、マッチポンプも甚だしい。
倒産防の場合は、措置法で損金算入できるとしたこと自体が、法人税法に対する特例という位置づけだったわけです。
他方で、小規模共済においては、通達で所得税法を狭めて解釈した上で、通達で特別に緩和してあげる、という遣り口となっています。自らのスペシャル感を出したいがために、法律を貶めるきたねえ手口ですね。
そして、法律を勝手に拡張しちゃっただけだから、後から「更正の請求」されても認めてあげられないよと。
これは通常の「当初申告要件」が、当初の適法な申告から適法な申告には直せない(適法申告⇒適法申告)というのとは違っていて。「充当した分」から「前納1年分」に直すのは適法申告から違法申告に直すことだから、当然法律上認めてあげることはできません、ということを言っているわけです。
当初申告なら違法なものも認めるが、更正段階では違法なものは認められない、という謎の中途半端な潔癖ぶりが発揮されています。
納税者有利だから誰も何も文句を言わないものの。《合法性の原則》からすれば、めちゃくちゃな実務運用と評価されるところでしょう。
◯
翻って。
倒産防についても、以上の小規模共済の通達を横流しすれば、「充当されたら必要経費に該当、前納1年は通達が勝手に拡張」といえるところです。
が、措置法通達と所得税通達とで書きぶりが異なっているわけで。単純にパラレルな理解をしてしまってよいものなのかどうか。
そもそもの話、通達にどう書いてあるかは参考にすぎず。法律上の「損金」「必要経費」「所得控除」それぞれの解釈から導き出すのが本筋なのでしょう。
が、例によって心の余裕ないので、ここでは以上の整理整頓までにとどめておきます。
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